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#1 初配信の日
白い蛍光灯の明かりが、六畳一間の部屋を淡く照らしていた。壁紙は少し黄ばんで、窓際には半分ほど開けかけのカーテン。狭い机の上には中古で買ったパソコンと、見よう見まねで揃えた配信機材。マイクは少し安っぽく、ウェブカメラの画質も最高とは言えない。だが、そこに座る少女の胸は、今までにない高鳴りに満ちていた。
──白坂凛音。十八歳。
高校を卒業してまもなく、進学も就職もせずに、彼女が選んだのは「VTuberになること」だった。
きっかけは些細なものだった。中学の頃からアニメや歌に親しみ、配信文化にも触れていた凛音は、画面越しに笑うVTuberたちを見て、「自分もこんな風に人を楽しませたい」と思った。だが、その夢を誰にも打ち明けることなく過ごしてきた。友人には言えなかった。家族には尚更言えなかった。現実的ではないと笑われるのが怖かったからだ。
けれど──。ある日、勇気を振り絞ってオーディションに応募した。地方の小さなVTuber事務所「LUMINA PROJECT」。大手に比べれば知名度は低い。だが、彼女には十分だった。幸運にも合格通知を受け取り、夢は現実へと転がり始める。
今日がその第一歩。「白坂凛音」ではなく、VTuberとしての新しい名前──「リオナ・シエル」としてデビューする日だ。
パソコンの前に座りながら、凛音は震える指で配信ソフトを確認する。マイクの音量、BGMの設定、コメント表示のウィンドウ。全て問題なし。画面の端に映るのは、青銀色の髪と澄んだ瞳を持つアバター。自分の表情と動きに合わせて滑らかに口が動き、笑みを浮かべている。
「…すごい。本当に、私が…。」
夢に描いた自分が、モニターの向こうで生きている。その事実に、胸の奥が熱くなる。
時計の針は夜の八時を指していた。配信予定時刻まであと五分。凛音は深く息を吸い込んだ。
(大丈夫。緊張してるのは皆同じ。初配信で完璧なんて無理だから、ただ──楽しもう。)
震える手で配信開始ボタンを押した瞬間、カウントダウンが始まった。
5、4、3、2、1──。
モニターの隅に「LIVE」の赤い文字が灯る。ついに、彼女の物語が幕を開けた。
「…こん、こんばんはっ!えっと、初めまして!今日から配信を始めます、リオナ・シエルですっ!」
声が少し裏返ってしまった。だが、それすらも今は愛嬌だと自分に言い聞かせる。しばらくは無人のチャット欄。だが、数十秒後、ぽつりと文字が流れた。
〈こんばんは!〉
〈新しい子だ!〉
凛音の胸が跳ねた。見知らぬ誰かが、自分の声に返事をくれた。たったそれだけのことが、志を震わせるほど嬉しい。
「き、来てくれてありがとう…!あの、今日は自己紹介から始めようと思ってます!」
ぎこちなく言葉を紡ぎながらも、凛音は必死に笑顔を保つ。自分が考えてきたプロフィールを話す。好きなアニメ、得意な歌、苦手な食べ物。チャット欄はまだまばらだが、それでも確かに反応がある。〈かわいい!〉〈がんばれ!〉といったコメントが流れる度、胸の奥がじんわり温まる。
配信を始めて20分。最大同接数は20人にも満たなかった。それでも、凛音にとっては宝物のような時間だった。最後に歌を一曲披露し、声を震わせながら締めの挨拶をする。
「…今日は来てくれて本当にありがとう!まだまだ未熟だけど、これからもっともっと頑張って、たくさんの人に楽しんでもらえるように活動していきます!だから、これからも──応援、よろしくお願いします!」
配信を切ったあと、凛音は机に突っ伏した。疲労と緊張で全身が重い。けれど、胸の奥には確かな熱があった。
──夢はここから始まる。
彼女はそう信じていた。だが、その夢がいつしか「呪縛」となり、彼女を蝕んでいくことを、まだ知る由もなかった。
初の連作シリーズです。
今まで書いたものよりも長文なのでクオリティが少し下がっているかもしれません。
面白さは一切保証できませんよ((
〖誤字脱字訂正〗
8月31日
・配信文化にも振れていた→配信文化にも触れていた
失礼しました。