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苺の赤は、幸せの赤。*3 君が泣いた悪魔の姿で
今朝と同じ横断歩道で、流星は静かに立っていた。
道行く車を、感情の冷めきった、赤い瞳で見つめていた。
アルビノの瞳はいつもは白なのだが、光の角度によって、血管で赤く染まって見えることがある。
「流星」
「……あ」
死んだときでさえ私より小柄だった流星は、今や15cmは私より小さい。
「消えてた。言ってたのって、きっと、このことだよね」
「……うん。やっぱり、消えてたんだ」
「どういうことなの?」
「え……っと……」
流星は、少し言葉に詰まった。
「最近、僕の“存在”が薄れかけてたんだけど、その時にお姉ちゃんが、僕に会いたいって強く願いすぎたから、その世界中の“存在”がお姉ちゃんの僕に対する“存在”ちょうど1人分だった……らしい」
「らしい?」
「僕も、いまいち分かってない」
そう言って、目を伏せて、呟いた。
「お父さんも、僕がいなくなったから、捕まってないんだよね」
そんなことを言う流星を見て、私は心臓を縛られる感覚がした。
あぁ、この子は……あんな父親でさえ心配している。優しすぎるんだ。
「元」お父さんは、とある宗教を信仰していた。熱心すぎるほどに。
そんなお父さんが海外に出張している間に、私たちは産まれた。
その妊娠期間に、ちょっとだけお母さんとお父さんの間でいざこざがあって、お母さんが勢いで「帰ってくるまで子供は見せない」って言ったらしい。
それでも、帰ってくる数週間前にふたりは和解して、産まれて初めて写真を送った。
お父さんの帰宅は、それで2、3日遅れた。
私は当時3歳だったが、その日のことは鮮明に、いや鮮明すぎるほど覚えている。
その黒光りする銃口を。
裂けるような叫び声を。
真っ赤に染まる流星の耳と手を。
お父さんの狂ったような目を。
……お父さんはそのあと、逮捕された。
流星は、右耳の聴力を失った。歪な形になった耳をガーゼで保護して帰ってきた。
その時は、その事件の動機は誰も分からなかった。けれど、警察の調べで、3年前に発覚した。
私はそれを受けて、お父さんの部屋を探して、その宗教の本を見つけた。
『人間の世界に生まれ出でし天使と悪魔』
そう書かれた章には、このように書かれていた。
『人間の子として生まれる天使は、美しい顔立ちで、純白の身体をしており、羽が生え、光輪が輝く。その御子は、幸をもたらすため、愛される。しかし稀に、愛に飢えた悪魔が、天使の御子になりすまし生まれる。その子は幸どころか、不幸を呼び込む。天使になりすます悪魔は、似たるのは美しい純白の身体だけである。』
これだ。
お父さんが殺そうとしたのは、悪魔だった。
でも、悪魔なんて、いなかった。
記述の通りの、真っ白な身体。
陽の光にも当たれない弱い肌は、もう光を透かしている。
「……星が見たい」
顔を俯かせたまま、流星が言った。
「今日、お母さん、仕事だって。……ねぇ、あの公園に行こうよ」
私は言った。
流星は、静かに私を見た。
「……行く」
そう、掠れるような声で、呟いた。
文法=難しい。