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プロローグ
Side|乃愛《のあ》
「お前、大丈夫か?」
誰かの声が、遠くから聞こえた。頭の中がぼんやりとしていて、視界も霞んでいる。辛うじて目を開けると、目の前には一人の青年が立っていて、心配そうにこちらを覗き込んでいた。
乃愛はかろうじてその青年を見上げるが、体が重く、声が出せない。息も荒く、胸が締め付けられるような感覚があった。それでも何とかして声を絞り出す。とっさに出てきたのは、ただの本心だった。
「________________」
その言葉を言うので、精一杯だった。青年は一瞬、息を飲み、茫然としていた。乃愛の目の前がだんだんと暗くなっていく。呼吸は一層荒くなり、今にでも倒れてしまいそうなほどの目眩に襲われる。
そこでやっと青年が我に返り、乃愛の小さな体を支える。
「おい!大丈夫か?…ぉ…!」
視界がシャットアウトする直前、視界の端に遠くから追っ手の影がかすかに見えた。もうだめだ…。そう思いながらも乃愛は完全に意識を手放した。
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Side????
任務終わりの帰り道、自分よりもまだ幼いような少年が倒れていた。最初はただの通行人かと思ったが、近づいてみると、少年の呼吸が荒く、様子がおかしい。
「こいつ死んでるんじゃないだろうな…?」そんなことがあってたまるかと、心の中で思いながら少年に声をかける。
「お前、大丈夫か?」
少年はゆっくりとこちらを見上げるが、言葉は出ない。荒く息を吐きながら、何とか口を開けている。そして、言葉を紡いだ。
「________________」
その言葉を聞いた瞬間、驚いて声も出なかった、ただ茫然と立ち尽くしていた。
少年の口から出たその言葉に、言葉を失う。自分よりも幼いであろうこの少年が、一体何を抱えているのか。
驚き、疑問、そして不安が一気に湧き上がり、やり場のない怒りに変わり、やがてそれすらも無力感に変わる。その間にも少年の呼吸は一層荒くなり、今にでも倒れてしまいそうだった。そこでやっと我に返り、少年の小さな体を支える。
「おい!大丈夫か?…おい!」
直後、何者かの足音が聞こえた。急いで少年をつれ、物陰に隠れた。
足音の主は、焦って誰かを探しているようだがその姿に心配している様子は見当たらない。その姿は探すというよりかは《《誰か》》を捕えようとしている様子だった。
…まぁ誰かと言っても見当はついていた。……十中八九、目の前で気絶しているこの少年だ。
「お前は…一体何を抱えてきたんだ?」
答えが返ってくるはずもない問いを少年にかけながら、少年を物陰に隠し、足音が遠ざかるのを確認すると、迷わず走り出す。幸いにも、今は黒いローブを身につけている。そのおかげでこの姿では何をしても周囲に自分の素性がバレることもないだろう。
………本当はあまり目立ったことはしてはいけないんだが、そんなことを気にしている場合ではない。
狭い路地を疾走し、敵の背後に周り、素早く対処する。相手が何かを言っていたが、耳を貸さず、急いで少年のもとに戻る。この少年に何も許可を取らないで申し訳ないが……、このままでは放って置けない。
…代表はなんていうだろうか。少し気が遠くなりながらも、少年を抱え、自分の組織へ向かって走り出す。その途中、また追っ手のようなものに遭遇する。
「チッ急いでるっていうのに数が多いな…!」
1人1人対処している暇もないので、そのまま真ん中を突っ切る。流石に、何人かには気づかれ、追ってこようとしたが構わず、その場を後にする。少し振り返ると、追っ手が追ってこないことを確認し、息をついた。
「ふぅ〜、なんとか振り払えたか…?」
再度周りを確認するが追っ手が来る気配はもうなかった。再び少年に目を向ける。少年は相変わらず気絶している。
「…お前に何の事情があろうと、俺には関係のないことかもしれない。__ただ、今目の前にいるお前を、俺は絶対に見捨てない。」
『何があろうと俺がお前を守る。だから__もう大丈夫。』
その言葉には、特に深い意味はない。その言葉がこの少年に届くことはきっとないだろう。しかし、意味がなくても伝えたかったのだ。否、伝えておかなければいけない気がした。それは今、この瞬間の感情に過ぎないかもしれない。でも無意識にそう言わずにはいられなかった。
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___その言葉は妙に聞き馴染みのある言葉だった。
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