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第5話:二人きりのご褒美と、忍び寄る氷結の影
「……はぁ……僕、本当に見張ってればいいんですよね……?」
木の下で、ライルは真っ赤な顔をして周囲を警戒していた。
数メートル上、生い茂る葉の影からは、時折「ちゅっ」という甘い音や、イゾルデの抑えきれない吐息が漏れ聞こえてくる。
「……ん、ソーレ……もう、ライルが見てるわよ……」
「いいじゃん、あいつは身内だ。……それより、さっきの『|隠密《スカウト》』、上手くいったな」
ソーレは太い枝に背を預け、膝の上のイゾルデをさらに深く抱きしめた。
彼の手は、彼女の細い腰をなぞり、最高級マントの下にある柔らかな体温を確かめる。
「……ご褒美。……ソーレが、そうれ……してくれたから、私からも……」
イゾルデが自分からソーレの首に手を回し、唇を重ねた。
学園の「氷の令嬢」が、自分から「おねだり」をする。その事実に、ソーレの独占欲は限界まで膨れ上がった。
「……っ、お前……そんな顔、外ですんなよ。俺以外に見せたら、その場でそいつを凍らせてやるからな」
「あら、凍らせるのは私の専売特許よ。……ソーレは、私だけを『熱く』してくれればいいの」
二人の空気は、昼休みの終わりを告げる鐘の音さえも遠ざけるほどに濃密だった。
しかし、そんな二人の甘い「生存確認」に、冷や水を浴びせるような影が忍び寄っていた。
「――ほう。体育教師と魔法薬学教師が、こんなところで不純異性交遊とは。王立学園の風紀も地に落ちたものだな」
冷徹で、金属的な声。
木の下で震えていたライルが、「ひっ……!」と短い悲鳴を上げた。
「教頭、先生……!」
そこに立っていたのは、銀縁眼鏡を光らせた、学園の風紀担当・教頭のゼノスだった。
彼はイゾルデと同じ「氷結魔法」の使い手であり、次期学園長の座を狙う野心家として知られている。
一瞬で、木の上の空気が凍りついた。
だが、イゾルデは焦らなかった。彼女はソーレの腕の中で、ゆっくりと「氷の令嬢」の仮面を被り直した。
「……お聞き苦しいわね、ゼノス教頭」
イゾルデはソーレの膝から軽やかに飛び降り、ライルの前に立ちはだかった。
その瞳は、先ほどまでの熱を完全に失い、絶対零度の輝きを放っている。
「私たちは、この生徒――ライル君の『特別補習』を行っていただけよ。……そうよね、ソーレ先生?」
「ああ。こいつ、身体強化の才能がありそうだからな。木の上でバランス感覚を養ってたんだよ」
ソーレもまた、不敵な笑みを浮かべて飛び降りた。
ゼノス教頭は疑わしげに鼻を鳴らす。
「ふん。補習か。ならば、なぜイゾルデ先生の髪がそんなに乱れている? なぜ、ソーレ先生のローブに水色の髪が付着しているのだ?」
絶体絶命。
だが、ここでイゾルデの「末っ子らしい機転」と「ダジャレ」が炸裂する。
「……ソーレが、そうれ……、魔法薬の実験中に爆発して、髪がボサボサになった私を、ソーレ先生が『身体強化』で助けてくれただけですわ。……文句、ありますかしら?」
苦し紛れにも程がある言い訳。
しかし、イゾルデが放つ威圧感――「文句を言ったら、あなたの実家の不正、暴くわよ」という無言の脅しが、ゼノスを沈黙させた。
「……チッ。精々、尻尾を出さないことだ。……ライル君、君もあまりこの二人に関わらない方がいい」
ゼノスが去っていく。
その背中を見送りながら、ソーレは低く呟いた。
「……あいつ、俺たちの『裏の顔』に気づき始めてやがるな」
18歳の教師夫婦。
彼らの愛と平和を脅かす存在が、ついにその牙を剥き始めた。
🔚