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神の気紛れ 〜舞踏会準備編・壱〜
「|美津羽《みつは》様。お客様がお見えになられました」
凛とした女性の声が、扉の向こうから聞こえてくる。
「そう。入れて頂戴」
客人が誰か確認もしないまま、入室の許可を出す。
「失礼します」
入ってきたのは、紺色に統一された落ち着いた雰囲気の着物に身を包む、背の高い女性。綺麗な灰色の髪を腰より少し上の辺りで切り揃えていて、強い意志を宿した瞳は真紅に輝いている。
彼女に続いて入ってきたのは、綺麗な灰色の髪と、真紅の瞳。派手で優雅な鮮やかな朱色の着物を着た、小柄な女性。
美津羽は朱色の着物を身に付ける女性を見て、驚いた。けれどそれは、決して表には見せない。
「どうなさいましたか。お母様」
そう、二番目に入ってきたのは実の母親。
「何も無いけど?」
のんびりとした口調に騙されそうになるが、彼女はふらりと出歩いて良い訳がない。例え、屋敷の中だとしても。
それに対しての注意を込めて、睨む。
我ながら、実の母親に対して何やってんだ。と突っ込みたくなるが、やめておこう。
「何よぅ。用事がないときちゃ駄目なの? それと、その目はやめて。黒の瞳は本能が危険を感じちゃう」
妖の証である真紅の瞳。そして、狐の妖である証の、灰色の髪。
私はそのどちらも、持ってはいない。
幼い頃に亡くなった父が人間で、私は父の血を濃く受け継いでいる。らしい。
黒色の髪と瞳。この屋敷では、結構浮く容姿だ。何せ、皆が灰色の髪と真紅の瞳を持つのだから、その中に黒色が混ざれば嫌でも目立つ。
「何も無いのでは、お帰り下さいませ。貴方様もやるべきことがおありでしょう」
この会話だけを見れば、本当に母娘の会話かと疑うだろう。けれど、親子なのは間違いない。
「冷た〜。雪女より冷たいじゃん」
拗ねるような仕草をする母親を一瞥してから、机の上に視線を落とす。そこには、暗号のびっしり書かれた一枚の紙が載っていた。今は、この暗号に書かれた内容に対する解決策を考えたい。
すると、その視線に気付いたのか母親も紙を覗こうとした。それに気付き、慌てて参考書で隠す。
「なんなの? その紙」
好奇心から尋ねてくるが、素気無く返す。
「仕事を書き出した紙ですよ。次の仕事への影響が出ないか、考えているところなので」
「へぇ〜。えらいね」
「そう思われるのであれば、お仕事に戻られては如何でしょうか」
えぇ〜、と不満そうな顔をする母親を横目に見ながら、先に入ってきた方の女性と視線を交わす。
「|夕那《ゆうな》」
その一言で、言いたいことが伝わったらしく、彼女は頷くと母親に話しかけた。
「すみませんが|汐梨《しおり》様。美津羽様はこの後に外せない用事が控えておりますので、この辺りで切り上げてもらわねば、準備が整いません」
屋敷の主人に対して堂々と嘘をつくその姿に、心からの拍手を送った。心の中でだけれど。
「そうなの? なら帰ろうかしら。残念ねぇ」
夕那の言葉に素直に従ったが、不満そうな顔だった。
手を振りながら、部屋から出ていく。
扉が閉まったのを確認してから、美津羽は深い溜め息を吐いた。
「有り難う。夕那」
「主人の命は一番ですので」
即答する夕那に向かってにこりと微笑みかける。
「ところで、奏から何か連絡は来ていない?」
話題を変えた主人に、夕那はすかさず答えを返す。
「いいえ。あれから、連絡はないです」
それを聞いて、少し気分が沈む。
「そう。有り難うね」
まだ連絡はない。
返信は早く来ないだろうか。
明後日、人と妖、そして神の親睦を深める為、盛大な舞踏会が開かれる。
今年の会場となるのはここ、|狐河《こが》一族の屋敷。
奏は、人として招待されたお客様の一人。しかし、まだ出席の返信が来ていないのだ。
人と妖と神。三者の仲を深めるためとは言っているけれど、実際のところ人と妖のみしか出ていないに等しい。
なので、人と妖の人数を細かく調整しなければ、争いに発展しかねない。
妖からは、頂点に立つ鬼の一族と、我が妖狐の一族。
人からは、|龍桜蔭《りゅうおういん》の一族と、上流貴族のお客様。
神からは、神賀谷の次期当主。それと神宮司の姫の|一神《ひとり》。
神は唯一、最高権力を持つ一族ではなく、分家の者が参加する。それも、当主ではなく、次期当主が。
それだけ、人と妖が舐められているのか。それとも、ただ来ないだけなのか。
神は、滅多にその姿を見せない。神の頂点ともなれば、それは顕著だろう。
今手に持っている暗号は、神に関係する物だ。
普段、神からの参加は神賀谷家だけだ。だが、神賀谷の者に紛れて|夜神《やがみ》家のものが来ると書いてあった。
夜神家は、神賀谷家より、本筋である|神宮司《じんぐうじ》に近い。ならば、神宮司の放った刺客と考えてもいいかもしれない。
しかし、そのことに対しての葛藤が彼女の中にあった。
神族に、美津羽は知り合いが居た。
その名も、|闇御津羽神《くらみつはの神》。
自身の名前の美津羽は、彼女から加護を受けている事が関係している。
加護を受けている。だから、知り合いなのだ。
彼女は、本筋の神宮司に近い。神宮司を告発するとなれば、彼女も巻き込まれてしまう。
溜め息を吐いてから、美津羽は明後日に行われる舞踏会の準備を進めた。
無かったですね。神要素。ほんの少ししか。
このお話は、美津羽が主人公となります。
話が進めば、神も気紛れもきちんとありますので。
ではでは、また第二話で。