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売バイト
リクエスト小説です。言葉遊びが楽しい、素敵な案をありがとうございました!
最後の方、少し過激なシーンがございます。ホラーです。
「でさあ、あの子オレにメロメロになっちってよ!オレもうどっちの子を取ったらいいのか分かんなくてよお!」
今日もつまらない先輩の飲み会に着いていく。口を開けば金か女。頭が悪そうな話しかしない。三流大学だからしょうがないか?
「それでな、最近うまい話を聞いたんだよな。」
同じ三流大学に通っているのが恥ずかしくなる。受験当日に熱さえ出さなければ第一志望校に通えたってのに。どうして僕は運が悪いのだろう。
「おい、聞いてるのかお前。」
「あー、ちょっと酔ってきちゃいました。」
「まったく、お前は本当に酔いやすいんだな!」
お前だって酔ってるよ、と呂律が回らなくなってきている先輩をこっそり睨みつける。
「オレな、新しくバイト始めるんだ。がっぽり稼げるらしいぜ!」
「そうなんですか。」
イライラする。こんな輩が金儲けできる世界なんて間違っている。絶対に。
ちょっとうまい話について探ったって、バチは当たらないだろう。
「なんだこれ。オレ頼んだ記憶ないけどな。」
「いいじゃないですか。明日は大学ありませんし、ぱーっと飲みましょうよ。」
「ま、オレは3日後超稼いで帰ってくるからな!」
「どこで見つけたんですか、そんなバイト……。」
X駅のコインロッカー、016番。そこに案内の紙が入っている、らしい。
僕は自宅から数十分程度で来られるX駅に到着した。早朝だったので、人の姿はまばらだ。
コインロッカーの小さな穴に、100円硬貨を投入する。かちゃり、と静寂を一瞬壊す金属音。はやる気持ちを抑えて、丁寧に扉を開けた。
中には、紙切れが一枚。開いて無言で読む。
「所持金|倍《バイ》も夢じゃない!|売買《バイバイ》トの世界へようこそ。これから指定の場所に向かってください。ガイダンスを受けてもらいます。この紙は入場券として使用いたしますので、必ず持っていくように。」
カラフルな兎のイラストが指さしているのは、地図だった。
ここからそう遠くない雑居ビルの5階へと導く地図である。ここに行けば、先輩と同じように大金を得ることができるのか。
ポケットに紙切れを突っ込んで、駅から飛び出して。
朝の冷たい空気を切って走る。輝く朝日が、僕を応援してくれているような気がした。
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雑居ビルの5階にて。呼び鈴を鳴らすと、若い男がやってきた。僕を見つけるなり、胡散臭いセールスマンのような笑顔を浮かべた。
紙切れを見せる。
「いらっしゃい。今日は登録だけだよ。でも、五万円あげちゃう!」
「ご、五万円!?」
「いいのいいの。これから頑張ってくれればいいの!朝早かったし。」
男は僕が差し出した紙切れを受け取った。
「じゃ、身分証明書を出してくれる?」
心臓が大きく跳ねる。身分証明書を出せ、なんて言われていない。
「免許証でいいですか。」
「もちろんOK!顔写真とかもらっとかないと、登録が出来ないからね。これから俺たちの仲間として、お仕事してもらうんだから。」
僕が免許証を差し出すと、男はそれを確認して部屋から出た。
僕だけが残される。殺風景な白い壁紙の部屋で大人しく待つこと数分、男が戻ってきた。
「ありがとうね!はい、これお給料。開けていいよ。」
袋を開けてみると、確かに偉人の顔が刷られた紙が5枚。もちろん、千円札でも五千円札でもない。
「これからよろしく!」
にこりと笑って、男は勝手に僕の手を掴んで握手した。
「よろしくお願いします。」
僕が大金を稼ぐことができたら。
アルバイト先で怒られてストレスを感じることもなくなる。高くなり続ける物価を恨めしく思うけどもなくなる。美味しいものをもっと食べることができる。地方に住む母さんや父さんに金を送ることだってできる。可愛いあの子とお近づきになることだって……。
夢が詰まったその茶封筒。そっと撫でて、小さなカバンの中にしまった。
こんなうまい話にありつけるなんて。ようやく運が上向いてきたのかもしれない。
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それからというもの、僕はあの男に指示されたことをこなし続けていた。
「売買ト」という名称通り、何かの売買をネット上ですることが一番多かった。
他にも、とある製薬会社が作った錠剤を病人のもとに輸送したり、孤独な老人と電話越しに会話したり、保冷バッグをあの男に運搬したりした。怯えた少女を「保護」して送り届けたことだってある。
しかし、全て苦にならなかった。シール張りよりも、接客よりもずっと簡単。
仕事内容だけでなく、集合場所だってまちまちだった。あの雑居ビル以外にも「仕事場」がたくさんあるようだ。
疑問に思ったが、報酬をたんまりともらっていたので、僕が文句を言うことはなかった。
それに、貧しい少女を「保護」した仕事は社会貢献にも繋がっている。少女からのお礼の手紙だって届いたのだ。
社会貢献をしつつ、たくさんの金をもらえる夢のような仕事。それがこのバイトだった。
最近不作だと嘆いていた農家の父さん、母さん。僕の仕送りを喜んでくれた。
「あんた、無理しなくていいのよ。」
「大丈夫だって。僕が頑張って母さんたちの生活が楽になるなら、それでいいんだよ。」
思い出した。一流大学に行きたかったのも、有名企業に入って金を稼いで、母さんたちの暮らしを豊かにしたかったからだった。
それなのに、僕は優秀だというレッテルばかり欲しがって。周りの人間を見下して。この仕事を教えてくれた先輩にも優しくしなくては。
そう思って先輩に声をかけようとしたのだが、僕を見るなり先輩は逃げ出してしまった。顔を青くして、唇を歪めて走り去っていく先輩。熱でもあったのだろうか。
その3日後、先輩はサークルに来なくなった。ついには授業にも来なくなった。
もしかしたら、この仕事だけをすることにしたのかもしれない。ちまちま授業を受けて就活するよりも、この仕事に集中することにしたのだろう。
この仕事で、生活がいい方向に変わる。精神的に余裕ができた。ボロアパートから脱出できた。挙げればキリがない。
……そして今日も、この仕事で生活をよりよくするのだ!
「今日は特別な仕事を紹介するね。」
アプリ越しに、いつもの男と会話する。「いつもの男」と心の中で呼んでいるが、名前も好物も家族構成も、何も僕は知らなかった。
「期間限定だから、逃したらもう二度と紹介できないかも。報酬はいつもの十倍以上が確実なんだ!君は指定の場所に行くだけでいいんだ。最初の時みたいに。勝手に売れるさ。やるよね?ねえ?」
「勝手に売れるさ」というのはどういう意味なのだろう。それに、最後の一言に圧を感じる。
気になったとしても、絶対に理由を訊いてはいけない。それが、暗黙の了解だから。僕はずっと、疑問に思ったことだって押さえ込んで、甘い蜜を吸ってきただろう?
でも、絶対に何かが違う。
僕の本能が、赤信号を出していた。
「もちろんです!」
無視する。おかしくないと言い聞かせる。
「お、さすがだね。今から場所を教えるから、アプリ見てて。」
情報漏洩を防ぐために、匿名性の高いメールアプリで僕たちは会話していた。
「随分と遠いんですね。」
「文句あるのか、お前?受けるって言ったよな?」
一気に声が冷たくなった。
「そんなわけありませんよ!今から向かいますね!」
「ああ、よろしく。」
男の声がいつもの朗らかなものに戻って、一安心する。通話を切る赤いボタンをタップして、僕は地図を見ながら電車を検索した。
いつもの十倍以上。つまり、一回で百万円は超えるのだろう。運が良ければ、もっと高くなる。
鼻歌を歌いながら、電車に乗り込んだ。
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指定の場所に向かうためには、どうしても暗く細い路地を通る必要があった。
人々が行き交う大通りから隔絶された静かな世界。僕が地面を叩く音だけが聞こえる世界。異臭がする世界。
悪寒がする。背筋が寒くなる。腹が猛烈に痛くなる。
帰りたくなった。
どうしてだろう。こんなことが頭の中を埋め尽くすのは初めてだった。
やはり帰ろう。あの人には謝って、許してもらおう。立ち止まったその瞬間。
何かに射抜かれた。
埃と僕の頬が触れる。衝撃が加わる。
重要な仕事なのに、どうして僕は倒れてしまったんだ。
ああ。つくづく、運が悪い。
意識は闇の中に溶け込んでいった。
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「パッとしない学生ね。」
どこにでもいそうなその学生を舐め回すように見る若い女は、そうこぼした。
「こいつ、本当に《《売れる》》の?」
若い女が問いを投げかけられた背の高い男は、けらけらと笑いながらその学生を袋に詰める。
中身が透けない袋だった。慣れた手つきでパッキングしていく。
「金持ち舐めんなよ。いつも足りてないんだよ、供給が。こんな男でも、欲しがる奴なんてごまんといる。」
「美男美女じゃなくても?可愛い幼女じゃなくても?」
「売れるに決まってるだろ。」
「あたしは欲しくないなあ。この前『保護』したあの子みたいな可愛い子がいいなあ。」
転がっていた缶を蹴り飛ばしながら、若い女は返事をした。この若い女が顔面至上主義であることは周知の事実だ。
「お前の意見なんてどうでもいい。ほら、早く車まで運ぶぞ。」
男は学生が詰められた袋を叩いた。乾いた音が路地裏に響く。
「あいあいさー!」
若い女は元気よく返事をして、先ほどよりも確かに質量が大きくなった袋を運搬し始める。
「臓器には使い道がたくさんあるんだ。」
「臓器移植とか?」
「そうだな。食材になることもある。金持ちのコレクションにだってできるぞ。」
「うげえ、やっぱり悪趣味。あたし、この仕事辞めようかな。」
「お望み通り、辞めさせてやるよ。いろいろ抜き取らせてもらうけど。」
「冗談だってば!」
今更仕事を辞めることなんて、この男にもできなかった。
「協力店」に止めてある愛車までたどり着いた。袋を積み込んで、背の高い男はコンビニで購入したコーヒーを一口啜る。
「さて、もうひと頑張りだ。こいつの売買が終わったら、今日の仕事はおしまい。」
自分を鼓舞するように背の高い男は呟いて、積み込んだ袋を見つめた。
この哀れな学生にも、お金をかけたいことがあって、家族がいるのだろう。うまく売買している気になっているが、実は自分の大切なものを売っているだけなのだ。
そして、それを悪しき金持ちが手に入れる。|buy《バイ》して、莫大な金を動かす。
「|売買《バイバイ》だな。かわいそうな学生さん。」
男がエンジンをかけると、学生を積んだ車は走り出した。
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都市に蔓延るそれを一度始めたら、命をバイバイするまでやめられない。
その名も、|売《バイ》バイト。