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【自主企画参加小説】 22:00の境界線
ホラーです
ある事情により、遠い県に引っ越して一人暮らしを始めた。
「この鍵が、302号室の鍵ね。もし鍵を無くしたら私に言ってくれたらいいよ」
大家さんに部屋の鍵をもらい、早速部屋に入る。
このアパートには謎なルールがあった。
“夜中22時になると、ドアを開け閉めしてはならない“
そういうルールがある。
まだ引っ越してきてばかりだから22時頃に帰ってきたり外に出たことはない。
引っ越しから1週間後、残業で帰宅が22時5分前になってしまった。
焦ってアパートの階段を駆け上がり、302号室の鍵を開けて滑り込み、ドアを閉めた瞬間にスマホの時計が「22:00」を告げる。
セーフ、と胸をなでおろした直後。
カチャ……
隣の303号室のドアが開く音が響いた。
ルールを破った者がいる。直後、廊下から「ベチャッ、ベチャッ」と濡れた肉塊が這うような音が聞こえ、303号室の中に消えていく。そして聞こえてくる、住人の短い悲鳴。
翌朝、何事もなかったかのように現れた大家さんが、笑顔で303号室の「新しい鍵」を磨いているのを見て、私は背筋が凍りついた。あのルールは、住人を縛るものではなく、夜中に外からやってくる「何か」を部屋に入れないための防衛策だったのだ。
大家さんの笑顔と、その手の中で鈍く光る「新しい鍵」に、私はかろうじて挨拶を返し、逃げるようにアパートを後にした。
その日、仕事は全く手につかなかった。
頭の中を支配しているのは、あの這いずるような「ベチャッ、ベチャッ」という生々しい音と、303号室の住人があげた短い悲鳴。そして、入居時に渡された、薄汚れたあの【入居規約】の紙切れだ。
私は単に、深夜の騒音トラブルを防ぐための厳格なルールだとばかり思っていた。
だが違った。あれは、22時を過ぎると「あの部屋」の鍵が開けられ、外からやってくる「何か」の通り道になるという意味だったのだ。
そして、締め出された住人は、その「何か」の餌食になる。
「……待てよ」
デスクの前で、私は冷や汗が止まらなくなる。
昨夜、私がドアを閉めた瞬間にスマホの時計は「22:00」を指した。
本当に、セーフだったのだろうか。
もし、私のスマホの時計が、実際の時間より1分でも遅れていたとしたら?
私が鍵を開けた時、すでに302号室は「通り道」になっていたのではないか。
その日の残業をすべて断り、私は18時にはアパートの前に戻ってきた。
薄暗くなり始めた3階を見上げると、303号室のドアには、すでに新しい住人のものらしき、真新しいネームプレートが掲げられている。大家の行動の早さが、逆に異常性を際立たせていた。
恐る恐る階段を上がり、自分の302号室の前へ立つ。
鍵を差し込もうとした、その時だった。
ドアノブのすぐ下に、べっとりと付着した、乾きかけの「黒い粘液」が目に入った。
それは、昨夜廊下で聞いた、あの濡れた肉塊が残していったものと同質のものに思えた。
さらに、私の部屋のドアの隙間に、1枚の小さなメモが挟まれているのに気づく。
大家の丸っこい文字で、こう書かれていた。
『302号室の方へ。
夕べは少し、賑やかな足音が聞こえましたね。
ところで、うちのアパートの時計は、電波時計で統一されています。
あなたのスマホの時計、本当に合っていますか?
念のため、今夜は21時50分には鍵を閉めておくことをお勧めします。
……お部屋の中に、"先客"がいなければの話ですが。』
ガタ、と内側からドアノブが微かに震えた。
まだ、外は明るい18時15分。
しかし、302号室の鍵は、内側からゆっくりと回され、静かに解錠された。