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27 魔族1
**グシャッ―――。**
私の後ろで絶対に聞きたくなかった音がした。
「うぐっ……」
「「「ネオ!!!」」」
私、ルシア、リリの声が一斉に響く。
ネオは何が何かわかっていないような顔だった。
ほんの数秒前までネオは結界の後ろにいた。
敵は前。
なのに――なぜ後ろから攻撃が?
「後ろ……?」
ルシアが声を震わせる。
「ありえない……影憑きは本体ひとつのはず……!」
リリがすぐにネオの身体を支え、傷に触れないよう抱え起こす。
「ネオ! 意識は!? しっかり……!」
「だ、大丈夫……っ……」
言った瞬間、ネオは顔をしかめ、言葉が潰れた。
「大丈夫じゃないでしょ!!」
ルシアが涙目で叫ぶ。
影憑きは前方なのにネオは背中を裂かれている。
私はゆっくり後ろを振り返った。
さっきまでの軽さが一切消えていた。
私は、心の底から怒っている。
「……そういうことね」
低い声だった。
影憑きの気配が、前方と後方で同時に揺れる。
「影分身……?」
ルシアが震える。
「違う。地面からだ。私が地面の方に結界を張っていなかったから。ごめん、ネオ」
「……ミリアーナ、謝らないで……」
ネオが、苦しいはずなのにその顔を私に向けた。
その目が揺れる。
痛み、混乱。
その瞬間、私は心のどこかがぷつんと切れる音を聞いた。
「……悪いのは……あいつだから……」
「ネオ、もう、話さないで。止血して」
私はネオの言葉をそっと遮った。
ネオが話すたびに、血がひどく滲む。
呼吸のたび、苦しそうに喉が震える。
その姿を見るだけで、胸がぎゅっと締めつけられた。
(痛い思いをさせたのは、私。あんたじゃない)
だから――
「ネオは黙って休んで。あとは、全部私がやるから」
私は手をひと振りし、ネオの背中に薄青い魔力の膜を張った。
応急の止血と痛覚遮断。
完璧な治癒じゃないけど、これで動くのは不可能になる。
もう戦わせない。
ルシアが小さく息を呑む。
「ミリアーナ……その魔法……」
「今は黙ってて、ルシア」
私自身、声が震えてるのが分かる。
怒りすぎて、逆に氷みたいに冷たくなっていた。
魔物の気配が、地面下と正面で揺れる。
明らかに狙いはネオだ。
「死にたくないなら、魔力を動かさないで」
私はなるべく冷静に敵に問いかける。
『……』
相手は無言で攻撃を始める。
足元の大地を、手のひらで軽く叩く。
バチンッ!!
空気が反転したような衝撃。
地面の影という影が一斉にめくれあがり、根こそぎ裂ける。
「えっ……ミリアーナ、地面ごと……!?」
ルシアの声が裏返った。
地面に落ちている影は、全部影憑きの潜り道だ。
その入口を、まとめて消した。
でも。
ヒュッ……!
頭上の木の影から、影が伸びる。
「影ならどこでも入口になるってことね。厄介」
私は瞬きひとつの間に跳躍し、ネオたちの前に立った。
黒い腕が振り下ろされる。
「だから言ったでしょ」
私はその腕を空中でつかみ、
バキィッ!!
指の一本から先に砕いた。
「ネオの影に触れたら、殺すって」
影憑きは、影なのに、わずかに怯んだ。
リリが後方から声を上げる。
「お嬢様、冷静にっ……!」
「冷静だよ。いつも以上に」
(私の仲間に手を出した。それだけで十分な理由)
地面が再び揺れる。
影憑きが本気で来るつもりなのがわかった。
『■■■■■■■■ッ!!』
空気が切り裂かれるような、無機質な咆哮。
次の瞬間。
あらゆる方向の影が、こちらをめがけて一斉に伸びた。
木の根元。
折れた枝の影。
布の影。
リリの足元の影。
ルシアの髪の影。
そしてネオ自身の影までも――。
全部が黒い刃になって伸びてくる。
「ネオ、動かないでね!」
私は一歩、前に出る。
影が私たちを飲み込むつもりで襲いかかる。
ルシアが悲鳴をあげる。
「ミリアーナ! 全部は防げない!!」
「全部? 防がないよ」
私は両手を軽く広げた。
「……壊すの」
ボンッ!!
私を中心に、青白い魔力の衝撃が弾けた。
影が消える。
影憑きの伸ばした手が、撃ち抜かれるように吹き飛ぶ。
私は静かに言った。
「影ごと、まとめて焼き切る魔法。本当は使いたくなかったんだけどね」
「……かっこいいですね。不本意です」
「まだ皮肉言ってる」
私は、影憑きを睨んだまま小さく笑った。
リリの皮肉はいつものことだが、今はそれが逆に、私の怒りを少しだけ冷ましてくれる。
(……でも落ち着いてる場合じゃない)
影憑きはまだ動ける。
さっきの一撃で影を焼いたとはいえ、本体は無傷だ。
ルシアが息を飲んだ。
「……ミリアーナ、あれ……!」
影憑きの身体が、ゆっくりと立ち上がった。
黒い影がねじれ、再構築される。
焼き切ったはずの腕も、影から再生されていく。
「……再生能力つき……? 嘘でしょ……!」
ルシアの声が震えた。
(番人クラスだもんね。これくらい備えてるか)
私も内心、うっとうしいと思ったが、表情には絶対出さない。
ネオはまだ地面に倒れたまま。
止血の膜を張ったとはいえ、少しでも魔力を揺らせば苦しむ。
(絶対にこれ以上傷つけさせない)
話してみようかとも思いはしたが、開きかけて、やめた。
彼らの言葉はすべてが「虚無」みたいなもの。
「ルシア」
「……何?」
「ルシアが倒して」
私たちの間に沈黙が流れる。
「……みんなを守れないかもしれない」
「大丈夫。ルシアなら」
ルシアが唇を噛みしめていた。
手が震えているのが見える。
ルシアは強い。
でも、戦闘が本職じゃない。
普段の明るさの裏で、責任感が強すぎるくらいある。
だからこそこんなとき、自分を責める。
私はルシアに背を向けず、真正面から言った。
「大丈夫。ルシアならできるよ」
「……どうしてそんな自信あるの……?」
震え声で、すがるように聞いてくる。
私は迷いなく答えた。
「ここにいる誰より、全部が強いから」
ルシアが目を丸くした。
敵は、さっきより、確実に強い。
それを見ても、私は振り返らない。
ルシアの手にそっと自分の手を重ねる。
「守りたいって気持ちが強いほど、輝く魔力なの。依存型だけど、その分、爆発力は一番」
「わ、わかんないよそんなの……!」
涙目のルシアが叫んだ。
「全部強いってなんだよ! 人間味がない! それに、私、光魔法得意でもないし! ……ミリアーナみたいに全部はできない! リリみたいに判断もできない! ネオは……ネオは……!」
ネオは痛みに耐えながら、小さく首を横に振った。
「ルシア……無理しないで……」
ルシアは同年齢の女の子とは思えないほど本気で泣いていた。
心の底から、泣いていた。