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gradation
世界にはたくさんの色がある。
見える環境があれば、750万色、少なくとも日常の中で180万
色の色を
見ていると言われる。私の人生はどんな色だろうか。
ーpale blueー
中学時代、私には親友がいた。毎日のように笑い合っていた。
あの時はまだ、気づいていなかった。あんなことが起こるとは
思ってもいなかったんだ。
「|陽菜《ひな》、明日私の家でゲームしようよ」
「いいね!」
楽しかった。明日は何をしよう。新しくできた雑貨屋行きたい
な。
「ねえ、明日はどうする?」
「ごめん、明日は無理」
「そうなんだ!」
それからも一緒に遊んでいたけど、毎日ではなくなった。
元気が無いのかな。少し痩せた?そんなことないか。
陽菜はいつも通りだし。
「楽しかったね~」
「そうだね」
「明日はどうする?」
「ごめん、明日は無理、明後日も、ごめんね」
「そうなんだ、いいよいいよ、気にしないで」
「ありがとう」
最近忙しいのかな、全然遊べなくなったし。まあ、中学生だし
な。
陽菜は私なんかと違ってちゃんと勉強しているんだろう。
「遊ぶの久しぶりだね。」
「うん。」
「なんか顔色悪くない?大丈夫?」
「えっ、全然そんなことないよ。」
「そう・・・」
陽菜どうしたんだろう。全然学校に来ないな。
私まだスマホ買ってもらえないから連絡できないんだよな。
まあ、大丈夫だろう。
「ねえ、陽菜のことなんか知ってる?」
「え、陽菜?知らない」
陽菜が学校に来なくなってからもうすぐ1ヶ月が経つ。
どうしたんだろう。陽菜になにかあった?嫌な予感がする。
陽菜の家に向かって走った。インターホンをならす。
「あのー陽菜いませんかー?」
ガチャ。陽菜か!
「ごめんねー今いないのよ」
「えっそうなんですか?じゃあどこにいるんですか?」
「たぶんどこかに遊びに行ってると思うけどね」
「そうですか、ありがとうございました」
公園かな?いない。図書館?いない。
学校にはいるわけない。どこだ?
何をこんなに心配しているんだろう。ここはまあまあ都会
なんだから遊べるところいっぱいあるし。どこかで遊んでるん
だ。
帰ろう、お母さんに5時に帰ると言っちゃったし。
その2日後だった。陽菜が夜に学校の屋上から飛び降りて
亡くなった。突然すぎる。えっ・・・なんで?分からない、
どうして?陽菜のお母さんから伝えられ、私は泣き崩れた。
立ってはいられなかった。なんで私に相談してくれなかったの?
陽菜、どうして?教えてよ。私のせいだ。私が気づかなかった
からだ、いじめられていることに。きっとひどいことをされて
いたのだろう。でも陽菜は私には言わなかった。私が心配しない
ように。家に帰るとポストに手紙があった。陽菜からだ。
私のことは気にせずに幸せな人生を送ってほしいと書いてあっ
た。
自分が死ぬ前まで私のことを気にしていたのだ。
それなのに、それなのに。私はちっとも陽菜のことを気にして
いなかった。ごめんね、陽菜。ごめんね。
あの日からもう20年経つ。あの時陽菜が亡くなって
いなかったら、33歳。きっとあの陽菜のことだ。職場でも
みんなから好かれ、いい人と結婚して。幸せな人生を送って
いただろう。自分を恨まない日はない。それでも、陽菜が
私の幸せを望んでいるのなら、それを叶えなければならない。
今まで陽菜にできなかったことを、少しでも、報いることが
できるなら。
ーbrilliant yellowー
高校は部活のバレーボールに夢中だった。青春というやつ
だろうか。とにかく楽しかった。部員のみんなも優しかった。
高1夏
インターハイ。3年生はこの大会で引退する。
毎年県ベスト8に進出する強豪校なので部員も多く、ベンチは
みんな2、3年生だった。私は応援するだけだったけど、
会場の熱が伝わってきた。神奈川県大会準々決勝。相手は
全国進出経験が多い超強豪、私立横浜御橋高等学校。この試合
に勝てばベスト4に入れる。第1セットが始まった。
今は20対16、勝てる!先輩たちの鋭い攻防から目が離せな
い。
2点とられた。あと2点で追いつかれる。大丈夫。いける
「ナイッサー!」
先輩たちに疲れが見えてきた。でも相手には疲れが見えない。
それより、勢いが増している。点数は?
20対23、あと一点で相手のセットポイント。
それから先輩のシュートが決まることはなく、20対25で第1セットを終えた。
「これからこれから」
「切り替えていこー」
先輩たちは声を掛け合っている。まだ第1セットながら先輩たちの
疲れは
マックスにきている。笛の音とともに第2セットが始まった。
早速相手にサーブで先制点をとられた。全国に出場するところはや
はり違う。
「切り替え切り替え、1点とろう!」
キャプテンの常盤先輩がチームの士気を上げる。
先輩はみんなから慕われていて、キャプテンを決めるときはみんな
の意見で
すぐに決まったらしい。チームの前では暗い顔を見せない。
やっと1点とったときには相手はもう6点、その後もこっちに
点を取らせてはくれなかった。そして、16対25、第2セットで
試合を終えた。
「ありがとうございました!」
そう言いながら先輩たちは泣いていた。
「帰るよ」
と常盤先輩は部員に声をかけていた。
学校の体育館に戻り、引退する3年生14人が順番に一言ずつ話し
ていった。
最後まで試合に出られなかった先輩もいる。
最後はキャプテンの言葉だった。
「とりあえずめちゃくちゃ悔しい全力を出せたから悔いはない。み
んなにも
悔いがない試合をしてほしい。1、2年生は一回一回の試合を大切
にしてね。
今までありがとう。これからも頑張ってね」
そう言い、部活を去っていった。こんな先輩になりたい。
そう思って毎日の練習に励んだ。そして2年生になりベンチ入りを
果たした。
「頑張れー!」
「もう1本!」
そうして2年生、迎えた春の高校バレー。
「キャプテンを決めるぞー」
私にキャプテンは無理だ。でも常盤先輩のようになりたい。
「どうやって決める?」
「あの、私やりたいです!」
「どうだ、キャプテンやりたい人が他にいないなら朝倉でいい
か?」
みんなが拍手をしてくれた。
3年生、引退試合。インターハイ神奈川県予選準決勝。
相手はあの時の相手、横浜御橋。私はスタメンで出場している。
仲間の掛け声とともに最初のサーブを打つ。
さすがに点は取れないか。接戦を繰り返し、第1セット23対19
で勝っている。
でも気は抜けない。横御が怖いのはここからだ。
やっぱり今までと違う。たぶん前半は体力を残し、後半から追い上
げる作戦
なんだろう。でも。
「このセットとろう!」
2年生エース沙智がブロックで点を取り、次は私が点を取った。
24対21、セットポイント。
「いけーー!」
仲間の応援が聞こえる。
「朝倉さん!」
セッター眞由美からボールが来る。私が決める。キャプテンとし
て。
ピイイイイ、やった、横御から1セットとった!
「気を抜かずに!もう1セットとろう!」
第2セットは横御に取られてしまった。第3セットは接戦になるも
23対25で敗北。悔しい、でも楽しかった。悔いはない。
学校に戻るとき、自然と涙が溢れてきた。
あの時はずっと必死だった。あんな先輩になりたいと思い、とにかく
がむしゃらに。毎日練習は辛かったけど楽しかった。
高校時代だけで私は幸せな人生だったといえるだろう。いや、
そんなこともないか。陽菜は見てくれていただろうか。
ーpink beigeー
大学時代の私は恋愛に染まっていた。大学生で初めて彼氏ができた
からうれしくて楽しかった。自分で言うのもなんだけど、私は
ブサイクというわけでも美人というわけでもない、普通の顔だ。
そんな私を好きだといってくれたのがあの人だった。
大学のお笑いサークルで出会った最初の彼氏が晴斗だ。
「ねえ、何か好きなものとかあるの?」
「うーんあんまり、何かに興味をもったことが全然ないの」
「へーじゃあなんでお笑いサークル入ったの」
「まあ漫才とか見るのは好きだったからなんとなく」
「俺は芸人になりたくて、ほんとは高校出たら養成所入りたかった
んだけど親に大学は入れっていわれて」
そんなにお笑いに情熱があるとは。
「2年になったら入ろうと思ってるんだ」
「そうなんだ、すごいね」
「ねえ、今度一緒にお笑いライブ見に行かない?」
「う、うん。いく」
初めて男の人と遊びに行ったので緊張して単純にお笑いを楽しめ
なかったけれど楽しかった。
「今日は楽しかったね」
「うん」
「また行こう」
「うん」
この人と付き合ってみたい。1ヶ月後、思い切って声を出した。
「あの、私と付き合ってください」
「よろしくお願いします」
それから私の幸せな生活が始まった。映画に行って、遊園地に
行って、毎日楽しかった。学園祭で漫才をすることになって
晴斗と組んでネタは書いてもらった。結構ウケて良かった。
「ウケて良かったな」
「またあったら組もう」
「うん、楽しかった」
その後5年経ち彼は賞レースの準々決勝まで進むようになった。
まだ付き合ってはいたけど会えるのは少なくなっていった。
「香奈芽のこと好きだよ」
「でも、今日は言いたいことがあって、俺、先輩の薦めで大阪に
行くことになったんだ」
えっ、私は東京で仕事してるから、もう付き合えなくなるってこ
と?
そんなのいやだ。
「いつから行くの?」
「来年の4月から」
「そっか、分かった、じゃあそれまでは一緒にいよう」
「ほんとにごめん」
「ううん、しょうがないよ」
「絶対売れるから、見てて」
「うん、楽しみにしてる」
彼は今じゃテレビでよく見るようになった売れっ子。
約束通り売れたのだ。本当にすごい人だ。
結局私にとって最初で最後の彼氏だった。
また会いたい。でももう連絡もつかない。
忙しいだろうし、ましてや私がこんな状態だと知ったら
悲しんでしまうだろう。だからこれでいい。
ーtransparent whiteー
私は|神経膠芽腫《グリオーマ》という病気だ。今はグレード4で
余命は1年ほどだと言われてからもう10ヶ月が経つ。
毎日入院生活で、両親は私の前では笑顔を作るけど、
病室から出たら泣いているのを知っていた。
最近さらに病状が悪化しているらしい。
両親は相変わらず泣いてくれるけど、
「私悲しくないから、泣かないで」
私は悲しくなかったのに、なぜか急に悲しくなってくる。
それからまた医者に余命1ヶ月だと宣告された。
たぶんその通りになるだろう。
その日が訪れたのは宣告の28日後だった。
幸せな人生だったと思う。
悲しいこともいっぱいだったけれど、楽しいことも
いっぱいだった。陽菜、私のことを覚えていますか。
覚えていてくれたら嬉しいな。
部活のみんなは今何をしているだろう。仲が良かった
同級生は空港で働いていると言っていたが、他のみんなは
どうだろう。晴斗は大阪のテレビによく出ているから
会っていないけど身近な感じがする。
私のこの23年という人生で、特に大きなことはこれくらい
しかなかった。でも、毎日楽しくて楽しくて仕方なかった。
だから悔いはない。
だんだん意識が遠のいてきた。周りの声も聞こえない。
精一杯口を開けて声を出した。
「本当にありがとう」
聞こえただろうか。自分で声が出た感覚が分からない。
声が出てなくても、きっと伝わっただろう。
今までありがとう。
私の人生はどんな色だっただろうか。
どんな色でも良いけれど、何が良いかと言われたら
白がいいと答えるかもしれない。
どんな色にも染まれる。始まりの白。