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    1-6「異変」
    
    
    
     天津さんはぐるりと辺りを見回し、一人の男子生徒に狙いを定めた。
「やっほー! 十五くん!」
 既に彼女は持ち前の人懐っこさを使い、クラスのメンバーとの仲を深めている。
 故に警戒されることなく声を掛けることができた。
「すっごい暇そうだけど、どうしたの?」
 確かに、水の入ったペットボトルを持ち、木に背を預けて座っているその姿は暇そうに見える。
「ん? ああ、レクリエーション終わったんだよ。次どうしろって指示もないから、こうして暇してるところ」
「へぇ、ならおしゃべりしない? 多少は暇つぶしになると思うよ」
「天津が良いなら」
 二人の話は天気の話から始まり、趣味や特技、果てには自分が持つ異能についての話に至るまで、とにかく多岐に渡る話題を経て、ついに天津さんが僕らにとっての本題を切り出す。
「そーいやーさ、十五くんはレクリエーションでどんなことしたの?」
 これまでの雑談で口が緩んだ十五は気がつかない。
 一応、これが先生により禁止されたことだということに。
「うーん、そうだな……」
 十五が考え込む。
 話を盛り上げる内容のものを選んでいるのか。
「俺のところでは、早口言葉三番勝負なんてのがあったな」
「早口言葉?」
「ああ。『生麦生米生卵』みたいな早口言葉を三回連続、互いに言い合うんだ。それで、どちらが速く正確に言えたかを競う。三回やって、多く勝った方が最終的に勝ち」
「へー、そんなのがあったんだ」
 天津さんが適当に相槌を打ちながら話を進めていく。
「結局、どっちが勝ったの?」
「ん、俺だ」
「すごいね」
 もう聞きたいことは聞けたからか、天津さんはだんだん話を終わらせる方向に持っていき始める。
 と、ここで天津さんと目が合った。
 そろそろ話を切り上げたいと目で訴えかけてくる。
 それじゃあ、少々強引だがこの方法で。
 今天津さんを見つけたようによそおい。
「天津さーん! ちょっと班で話したいことがあるから来てくれるー?」
 大声で天津さんを呼ぶ。
「うん! 分かった! ……それじゃあ、十五くん、またね」
「おう。ありがとな、暇つぶしに付き合ってくれて」
「こっちこそありがとね」
 手を振りながら十五と別れる天津さん。
「……と、待たせてごめんね。それと、ありがと、九十九くん」
「全然待ってないから大丈夫だよ。先生に言いに行こう?」
 班長の森川さんに先導される形で成瀬先生のもとへ向かい、そして。
「うむ、それは確かに十五の所属する六班の課題の内容だ。おめでとう。君たち八班は班別異能レクリエーションをクリアした」
 成瀬先生に確認してもらい、見事クリア。
 三十分後。
「さて、全員揃っているな? 今から宿泊施設に戻り、荷物の整理や必要なものを取ってきてもらったりするぞ」
 整列した僕たちの前に立つ成瀬先生の指示により、僕たちは建物の中に入る。
 急いで置いたからだろうか。
 部屋には、メンバーのかばんが散乱していた。
 取り敢えず端に寄せて、とある男子生徒が一言。
「なあ、ベッドどうするよ?」
 そう、ここのベッドは二段ベッドだったのだ!
 僕らは拳を握りしめ。
「最初はグー、じゃんけん」
「「「ポイ」」」
 グー、グー、グー、チョキ、パー、パー……あいこだ。
「あいこで」
「「「しょ」」」
 パー、パー、チョキ、グー……またあいこ。
 そんなことが十回は続いた後。
 誰かが呟いた。
「これって、適当に二人でじゃんけんして勝った方が上、負けた方が下を取れば収まるんじゃあ……」
 僕たちの行動は素早かった。
 見知らぬ男子と向き合い、拳を握る。
「じゃーんけーん――」
 僕の手はパー。
 相手の手はチョキ。
 僕の負けだ。
 だが。
 むしろ、下の方が動きやすいのではないか。
 もし上だったなら、下の人のことを気にしながらベッドを使わなければならない。
 見れば、他のところもベッドが決まったようで。
「あ、やっべぇ、シーツ取ってくるの忘れてた」
 と、まあ、こんな感じでトラブルもあったが。
「ふぅ……」
 無事にシーツも敷き終わり、ほっと一息。
 ふと時計を見ると、後二十分で風呂だった。
 かばんから風呂セットを取り出し、自分のベッドの上に置いておく。
 こうすることで、時間が近づいて慌てて準備することがなくなる。
 しばらく布団の上でぼーっとして。
 風呂の時間の十分前になったことを確認すると、道具を持って大浴場に歩き始めた。
「あー、さっぱりしたー」
 今は、髪を乾かしながらまったりしているところだ。
 あ、夕食まで後四十分だ。
 あまりのんびりはしていられないな。
 今日の夕食の様子については何も語らないが、一つだけ言わせてもらおう。
 量、多くない?
 夕食後、たくさん時間があるからトランプでも……とはならなかった。
「今日の班別異能レクリエーションでも異能を使ったと思うが、これを強化する方法があると言ったらどうなる?」
 僕たちが集められた大広間にて、成瀬先生はそう言った。
 クラスがざわつく。
「静かに。話の続きだが、そう難しいことじゃない。今、異能概論で学んでいる『エネルギー』を圧縮して使うんだ。異能の発動回数や継続時間は短くなるが、一回一回の威力は高まる」
 圧縮……ねぇ。
 試しに指先に集めてぎゅっと押してみる。
 指先に集まったエネルギーの濃度が少し高くなった気がした。
「ほんとだ。探知範囲も広がってるし」
 誰かがそう呟いたのを耳にする。
 探知系の異能なら探知範囲も広がるのか。
「ここは広いし、今なら軽く異能を使ってもらってもかまわない」
 部屋中で異能が発動される。
 さすがに炎や水などの異能の所持者は指の先に出すなどかなり控えめだったが。
 炎の異能で出した炎は青い炎になっているし、ありえないレベルの身体能力で動き回っている人もいる。
 ……これ、異能なしで対等な関係、築けるかなぁ……
「あれ、九十九くんは異能使わないの?」
 天津さんが声をかけてくれた。
「うん。自己紹介の通り、使えないんだ」
 宿泊研修を通して、いつの間にか僕の敬語は崩れていた。
 これが終わったら後は寝るだけだ。
「やはり、本当に使えないのか」
 誰かの呟きは、喧騒に遮られ聞こえなかった。
 その夜。
 がさり、と音を立てて。
 影を固めた狼のようなモノが、現れた。