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青い号哭
目が覚めると、身体中からボキボキと音が鳴る。
あぁ。今回もまた、随分と寝ていたらしい。
骨が鳴るのはあまり良くないらしいが、気にしない。
軋むように骨が未だに鳴りつつ、軽く伸びをする。
手を前に伸ばすと、自分の爪が目に入った。
長い間寝ていたため、もちろんのことながら爪は乾いていた。
けれど、それは優しく乾いている。いつもみたいな酷く乾燥しているわけではない。
そんなことを考えていた時、あぁそれと、と思い出した僕はベッドの向かいにある本棚に足を進める。
本が見事に埋め尽くされている本棚は、見ていて気分がいい。
それに、本棚を掃除する時が一番心地いい瞬間だ。
本がいくつもあって、読むときにどれを読もうか迷ってしまう。
けれど、なぜだろう。一番読みたい本があったはずなのに、思い出せない。
読みたいものが、大切なものがあったような。
それは大事なもので、愛おしいものだったはずだ。
考えていくうちに、僕は一つの結論に辿り着く。
思い出せないわけじゃない。ただ、心の奥底にしまい込んでいるだけだ。
だから、忘れたフリして覚えているだけなんだ。
それがまた僕の前に現れることを待って。
そうだ。今日も、あの頃に戻ってみよう。
目の前にあったあの時に、また。
シワがついたおでこの奥の、その頃の記憶を呼び覚ましてみようか。
戻るたび、無性に腹がどす黒く感じてしまう。
あぁ、あの頃に戻りたい。まだ何も知らなかった、あの頃に。
なんでこんな早く大人になってしまうんだろう。
あの頃なんて、夜が綺麗だとか、夏の幽霊とか、ぼやけたものばかり綺麗に見えていたはずなのに。
今となってはそんなもの綺麗に見えない。なんでそんなものが綺麗に見えていたんだ。
過去に戻れず、今に僕は取り残されている。
息を呑んでしまう。本当に、嫌だな。
そんな時、ふと鼻に桜の匂いが流れてくる。
匂いがした方を向くと、窓が開いて網戸の状態だった。
網戸に桜の花びらが寄り添っている。
外から、流れてきたようだ。
しかし、窓の外は怖い。ずっと中にいた僕にとっては。
こんなどうしようもないことをしながら、僕の全部は終わってくんだろうな。
別に何か気に留めるようなこともないから、どうでもいいんだよな。
何か思い残したことはあっただろうか。
……いや、本当は後悔しかないんだ。
でも、今の僕ではもう戻れないだろう。
窓の桜が舞う春も、もうすぐ終わってしまうから。
あぁ、なんでこんな早く大人になってしまうんだ。
何も知らないあの頃に、戻ってしまいたい。
星が綺麗とか海が眩しいとか、単純なことが今になって愛おしいんだ。
なんでこんなことになったんだろうか。
脳の奥で、ずっと何かが鳴り響く。
あの頃の青い号哭が、今の自分にずっと鳴り響く。
目標も夢もなくて、ただやりたいことだけやって、今の僕になってしまった。
そんな僕に誰かはずっと言ってくる。批判だとか、いろいろ。
けれど僕は、批判されても馬鹿にされても、何一つ変わらなかった。変わろうと、努力しなかった。
あの日の、雨の音。秋の夕暮れ。冬の雪化粧。昼下がりの石油ストーブ。
全てが鮮明に、頭に思い浮かぶ。
けれどもう、あの頃に戻れない。
ただ過ぎ去っていく。記憶が流れていく。
なんでこんな早く大人になってしまうんだ。
あの頃なんて、青く染まった空の奥に世界があると思ってた。
今のような日々が続くと、思ってた。
けど、そんなことを思ってたって、心の奥ではずっと怖かった。
どうしようもない大人になるのが、怖かったんだ。
でも、そんな大人になっちゃったんだよ。
どうしようもない大人に、僕はなってしまったんだ。
夜が綺麗とか、夏の幽霊とか、星が綺麗とか、海が眩しいとか。
そんな全部が、あの頃にはあったんだ。
今なんて、そんなことを感じる余裕がなくなっていた。
けれど、あの頃なんて、それが全てだったんだ。
別に、目標も夢もなくても、それだけでよかったんだ。
そこまで考えた僕は、桜の花びらが寄り添う窓を開ける。
もう、どうしようもない僕はいない。
さよならだ。
そして迎え入れよう。あの頃の、春の匂いを。