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第3話:叔父様と、勘違いの特効薬
禪院家に来て一ヶ月。
直哉様は相変わらず「離れるな」「俺の視界におれ」と私を振り回しているけれど、今日はその直哉様が急な任務で不在だった。
そんな日に限って、私は少しだけ体調が優れなかった。
女の子特有の、お腹がずんと重くなるような、あの痛み。
(……うぅ、少し横になりたいけれど。お部屋まで戻るのが遠いわ……)
ふらふらと廊下を歩いていると、偶然にも扇様の部屋の前を通りかかった。
厳格で知られる扇様は、直哉様も少し苦手にしているお方。けれど、私にはいつもどこか視線が柔らかい気がしていた。
「……失礼します、扇様。……うぅ、少しだけ、休ませてください……」
襖を開けると、刀を研いでいた扇様が驚いたように顔を上げた。
「紬か。……どうした、顔色が悪いぞ。もしや、直哉の奴……」
扇様がスッと立ち上がり、私の肩を支える。その目が、一瞬で鋭い殺気を帯びた。
「貴様、腹でも殴られたか。あのアホめ、加減というものを教えねばならんようだな」
「……えっ!? い、いえ、違います扇様! 殴られてなどいません!」
私は慌てて首を振った。扇様の中では「腹痛=物理攻撃」という図式ができあがっているらしい。
「……違うのか? 隠さなくてよい。あやつが貴様に暴力を振るったのなら、私が叩き斬ってやる」
「そうではないのです……! その、女の子の……身体現象と言いますか。周期的な、その……」
真っ赤になって説明すると、扇様は一瞬、石像のように固まった。
研いでいた刀を置き、バツが悪そうに視線を泳がせる。
「……。…………。あぁ、……そっちか」
あの厳格な扇様の耳が、みるみるうちに赤くなっていく。
気まずい沈黙が流れる中、扇様は「……座れ」と短く命じると、部屋の奥から小さな小瓶を取り出した。
「……これを飲め。それと、これを腹に当てておけ。冷やすなと言われておる」
差し出されたのは、どこで手に入れたのか分からない高級な薬湯と、温石。
どうやら、実の娘たちにはしてやれなかった「父親らしいこと」を、私に対して無意識にやってくださっているようだった。
「ありがとうございます、扇様。……お優しいのですね」
「……。……勘違いするな。紬に倒れられては、直哉が騒いでうるさいだけだ」
ぶっきらぼうな言葉。けれど、扇様が淹れてくれたお茶は、驚くほど熱くて優しかった。
その時――。
「おい! 叔父貴! 紬に何飲ませとんねん!」
任務から爆速で帰ってきた直哉様が、勢いよく襖を開けた。
私の姿を見るなり、直哉様は駆け寄ってきて、私の肩を抱き寄せた。
「自分、腹痛いんやろ!? 使用人から聞いたぞ! 叔父貴、紬に変な術式かけんといてください!」
「やかましい、直哉。貴様が紬を放っておくから、私が介抱していたのだ」
「……っ、俺が一番に介抱するはずやったのに……! 紬、行くぞ。俺の部屋で寝かせたる!」
「あ、直哉様、引っ張らないでください……! 扇様、ありがとうございました!」
扇様の少しだけ寂しそうで、けれど満足げな微笑みを背中に受けながら、私は直哉様に抱きかかえられるようにして部屋を後にした。
(……この家の方々は、皆、不器用で愛おしい)
私のお腹の痛みは、直哉様の温かい手のひらと、扇様の薬のおかげで、いつの間にか消え去っていた。
🔚