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やっぱり愛する君のそばでいい
「ユキオ~!聞いて聞いて!」
呼ばれて振りかえると、満面の笑みを浮かべた"ゆな"が走ってきた。
「私ね、結婚する!」
何!?ケッコンだと!?
「前さ、この家に遊びにきた男の人いるでしょ?その人が相手なの!」
アア~そんなヒトが来てたような来てないような‥‥
「今日ね、プロポーズされたの!しかも夕焼けの海で!もぉ~ロマンチックすぎるでしょ!?」
オレならもっと君が喜ぶような場所知ってるんだけどな~。そんなことを思いながら、アタマをゆなの腕に擦り付ける。
「あははっ!ユキオはマイペースだなぁ」
そう言うと、ゆなは思いっきり抱き締めてくれた。いつもよりも力が強い。興奮状態にあるためか。
「ユキオも|婚約者《ともき》と仲良くするんだよ~」
なんだそれ!聞いてないゾ!ま、まあ‥ゆなの頼みだからな。しょうがない。その、ともきとやらとも仲良くしてやろうか。
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それからしばらく経った。
来週には結婚式をあげる予定だそうだ。
この前ゆなとオレは、ともきの家に引っ越し、同居生活を始めた。ともきの家は前の家より広くて落ち着かない。2人がイチャコラしてるところに居合わせるとこっちが恥ずかしくなってくる。ゆなとの二人きりの時間が減ったのが少し寂しい。だから最近寝てる時間がすごく増えた。
今日はともきは仕事で家を留守にしている。ゆなは仕事が休みで、リビングのソファーでお昼寝タイムだ。そしてゆなの隣で添い寝しているのがオレだ。
ともきがいない時間は貴重に使うようにしている。こんなオレでも気を遣っているのだ。もっと感謝して欲しいよ。だからご褒美に煮干しを‥‥なんて別にいいけど。
暖かな日差しが窓から差し込む。部屋が明るく照らされ、ゆなの顔には陰影がはっきりと浮き上がる。改めて見ると綺麗な顔立ちだ。オレも生まれ変わったらゆなと結婚したいなぁ。こうしてるだけで幸せだ。
すると、太陽に雲が重なったのか、突然暗くなっていく。なぜか不安になったので、ゆなの懐にもぐり込む。嵐の前のような怖いくらいの静けさに、胸騒ぎがした。
ふいに、玄関のドアの開く音がした。ともきが帰ってきたのだろう。オレがゆなと過ごす時間は終わりを告げたようだ。仕方がない、迎えに行ってやるか。
しかしオレが玄関に続く廊下で出会ったのはともきではない2人の男たちだった。一瞬、ゆなの浮気相手か不倫相手かと思ったが、それはあり得ないなと、その考えはすぐに消去された。だって、手に鋭利な刃物を持っているんだもの。
「カネを出せ!!カネがあんのは知ってんぞ!おとなしく出さねえと殺すぞォ」
コイツらは強盗だ。ゆなが危険だ。こんな非力なオレでもどうにかできるだろうか。いや無理だ。せめて時間稼ぎを。いや‥‥警察を呼んだ方がいいのか?
「なに~?騒がしいわね何かあったの~?」
ゆなの間の抜けた高い声がリビングの方から聞こえる。
しまった!まずい!さっきの強盗の大声でゆなが起きてしまった。
オレは必死で状況を伝えようとしたが、その努力は無意味だった。
そして、いよいよ強盗とゆなが鉢合わせしてしまった。
1人の男がゆなのところへ一直線に向かう。
「オラァ!この家にカネがあんのは調べ済みだぞぉ!さっさとカネを出せ!!」
「え‥‥お金?私、知りませんよ!私の財布なら‥‥」
「ハァ!?ざけんなよ!オイお前、コイツを縛れ!」
男がもう1人の男に指図する。
ふざけんな!!ゆなに手を出すな!!ゆなはもうすぐ式を挙げるんだぞ!!
憤りに、オレはゆなを縛ろうとする男の足にありったけの力で噛みついた。
「いてぇなオラァ!貴様さっきからちょこまかと邪魔くせぇんだよ!!」
「ッ!?ユキオ逃げて!!」
ゆなの声が聞こえる。
その直後、全身に鈍い痛みが走った。どうやら蹴られた衝撃で壁に身体を打ち付けてしまったようだ。
クソ!!立てない‥‥ッ!!ゆなは!?ゆなはどうなった!?
視線をゆなの方にめぐらすと、ゆなは全身にガムテープを巻き付けれていた。
ゆなは、悲鳴をあげながら、床の上で、もぞもぞののたうち回っていた。
その間に2人の男は家を荒らし、金目のものを見つけては袋にいれていた。
オレは重い体を動かし、男たちのもとへ駆け寄る。だが、先程と同じように蹴り飛ばされてしまう。
クソォ‥‥こんなピンチのときに大事な人さえも守れないのかよ!
男たちには叶わないと思い、ゆなのスマホで110にかけようと思ったがどうやらゆなは指紋認証にしているそうで、使うことができなかった。通報も諦め、ゆなのもとへ駆け寄る。
「ユキオ‥‥こんなに傷だらけになって‥‥ごめんね、守ってあげられなくて‥‥でも、ありがとね。私のために勇敢に立ち向かってくれて。おとなしくしてようね。」
守ってあげられなくてごめんだってさ。オレとおんなじこと考えてんじょねぇかよ。ゆなに、こんなこと言わせたくなかった。おとなしくなんてしてらんないよ‥‥。だけど、ゆなが言ってるんだ。仕方がないよ‥‥。
色々考える度、アイツらに対する憎悪に、はらわたが煮えくり返った。とにかくアイツらを許せなかった。さっきまで幸せだったのが信じられなかった。ともきが帰ってくるまでにはまだ時間がある。オレにはどうすることもできなかった。
せめてゆなの身体に巻き付いているガムテープを取ってあげようと試みたが、うまくいかない。
すると、
「世話んなったな!(笑)」
と、一言だけ残して2人の男たちは去っていった。
しばらくの間、ゆなとオレの間に沈黙が続いた。沈黙を破ったのは、ゆなだった。
「ユキオ!やったぞ!生きたぞ!‥‥はぁ死ぬかと思ったぁ‥‥」
ゆなのその声に気が緩んだのか、オレはいつの間にか眠りについていた。
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《結婚式当日》
花嫁姿のゆなは、とても綺麗だ。
改めてゆなは美人だなと思った。
ともきもオレには負けるがなかなかにかっこいい。
お似合いだ。
まあゆなにはオレが一番だがな。
ただ、この場にオレがいないということになっているのが納得いかない。
まあ、どうやらオレはあの時死んだらしく成仏できないままでいる。
いくらゆなにスリスリしても反応がない。
どんなに寝ているともきの顔に張り付いても、"苦しい"とか、"重い"とか、一切ない。
寂しいくらいに。
理解するまで少し時間がかかった。
でも、自由な身なので生前行きたかった場所にも行ってみたりした。
ゆながプロポーズされたという海にも行ってみたりした。
悔しいけどなかなかにいい場所だったよ、うん。
今こうやって幸せそうなゆなを見てると、オレも幸せになる。
だから、ずっと見ていたい。
ゆながおばあちゃんになるまで。
当分の間、成仏する気はないよ。
やっぱり大好きなゆなのそばにいたいなぁ。
天国か地獄。どっちに行かされるか分かんないけど、ゆなのそばじゃないと満たされない。
あわよくば嫁にしたいな‥‥なーんて。