公開中
あなたにバースデーソングを
Knraさんのお誕生日記念小説です。夢やカプ的な要素はありません。
カプではありませんが、Knraさん家のGUMIちゃんがメインで出てきます。苦手な方はブラウザバックをしていただきますよう、よろしくお願いいたします。
歌姫は、誰のために歌うのだろうか。歌姫は、誰の曲を歌うのだろうか。
この問いに、答えや正解なんて物はないのかもしれない。だが、ある一台のパソコンに眠る歌姫は、その日、一人の男のために歌っていた。その姫は、いつもはその男が作った曲を歌っていた。
歌姫は、ボーカロイドだった。正確に言えばボカロでは無いのだが、広義のボカロに当てはまる存在、といった感じだった。彼女の名前を、GUMIと言った。日本語ではなく、英語を話す、通称「English GUMI」と呼ばれる存在だった。
このパソコンに眠るGUMIには、明確な一人のマスターが居た。彼の名前はKanaria。彼はいつも、英語しか話せないGUMIに、どうこうして日本語を歌わせる、そんなボカロPだった。
Kanariaは、その荒業的な調声などの技術もあってか、それとも、周りより低く若い年齢への注目度もあってか、一躍、人気の作曲家になっていった。果てには、自分で歌い出したり、配信活動まで始めた。それも評判は悪くなかった。
そうやって、名前の通り鳥のように羽ばたくKanariaを、彼のパソコンに眠るGUMIは、いつだって祝福していた。彼の歌を、世界で最初に歌う事ができる自分に、彼女は誇りを持っていた。彼のパソコンの中で、歌姫で居られる自分が、彼女は大好きだった。
「マスター、また私にも歌わせてね」
そのマスターには聞こえない音で、彼女はいつだってそう謳う。五十二ヘルツのクジラのように、誰にも聞こえない声のまま、GUMはいつだって、パソコンの中で謳っていたのだろう。
--- *** ---
五月三十日。今日は、Kanariaの誕生日だ。彼のファンは今日という日を祝い、本人も、いつもより浮かれた気分で過ごしている事だろう。Kanariaの姿を、GUMIの方から見る事はできないので、彼女はそう想像して、少しにこにこと笑っていた。
「ふふっ、マスターも、ちょっと浮かれちゃってたり、するかな?」
そうだったら可愛いな、と口を開いた。思わず、些細な笑みが彼女からこぼれた。柔らかに上がるGUMIの口角は、マスターの事を考え、想っているのが分かるような、そんな表情を形作っていた。
パソコンの中、たった一人の世界で、GUMIはこう言った。
「あ、そうだ。お誕生日の歌でも、少し歌っていようかな」
ハッピーバースデートゥーユー。世界で最も歌われた曲ともされている、誰かの誕生日を祝うためだけに生まれた、そんな曲だ。歌の練習にもなるし、少し歌っていようと、彼女はそう思った。
誰にも聞こえない、誰にも聞こえさせない、静かな世界の中で、GUMIは歌った。知られる事もない、マスターへのかろうじてのお祝いだった。音声だけの存在である彼女には、これくらいしか、できる事も無かった。
ハッピーバースデートゥーユー。やけに発音の良い祝いの歌は、データに残る事も無く、本人に聞こえる事も無く、ただ、静かな世界に響いた。これが、彼女の祝い方だった。