公開中
また明日
私は桜。中学3年生。
そんな私には大事な人がいて。
名前は蓮。
そんな蓮と私は幼馴染で、私は蓮のことが好きだった。
言葉にできないまま時が経ち、今ではもう7年間もの片思いを続けている。
いつか、いつかこの気持ちを伝えたい。
明日こそは、と今日も呟く私は、後の悲劇をまだ知らなくて――
---
翌朝。
悲劇が、起こった日。
蓮から、ある一言が発せられた。
「実は俺さ、寿命が後3ヶ月なんだ。」
え‥‥‥?
嘘だよね、冗談だよね?
「本当なの…?」
「ああ。」
「嫌だよ…」
私の口から溢れるのは、そんなありきたりな言葉ばかりで。
悲しそうに目を伏せる蓮に、かけられる言葉は何もなかった。
そんな私に、何も言葉はいらないと思ったのだろう。
「また明日。」
と言って、蓮は去っていった。
家に帰って、ぐちゃぐちゃになった気持ちが溢れ出す。
もっと一緒に居たかった。
好きですって、気持ちを伝えたかった。
遊んだりしたかった。
打つのが遅くてもどかしいメッセージのやり取りも好きで。
いろんな瞬間を、一緒に経験したかった。
手だって繋いでみたかった。
その冷たそうな手から溢れ出すのは、どんな感情なんだろう。
涙で滲む視界に、映るのは。
今も昔も、君ひとり。
---
次の日、土曜日。
私は失望感に苛まれながらも、蓮に会いに行った。
だって、会わないと、会わないと。
蓮がどこかに行ってしまうような気がして…
「おはよう、桜。」
この一言で、私の涙腺が緩んでしまう。
駄目だなぁ、私。
それでも、なんとか言葉を絞り出す。
「お、おはよう蓮。
体調とか、大丈夫なの?」
「うん。なんか色々分からないことが多い病気らしくて。」
寿命は分かるくせにね、と蓮は物悲しげに微笑んだ。
儚い姿はまるで―――そう、冬に舞う、仄かな淡雪のようだった。
やめて。
そんな顔しないでよ。
ぐしゃり、と顔を崩して。
蓮の手を、強く握る。
絶対に、離さないよって、示すように。
「え、桜…?」
戸惑ったような蓮の声。
もう駄目、
--- 好きです。 ---
貴方が、どうしようもなく。
ただ一緒に居たいのが、貴方なの。
だから、だから。
「私、蓮のことが好き…」
ぽろっと、私の7年間の思いが告げられる。
涙の炭酸が弾ける時、私は何を思ったのか。
あの時は、蓮の返事しか覚えていない。
蓮が、真っ赤に染まった顔を近づけながら私に言ったのは。
囁くような『俺も』という言葉だった。
---
その夜の月はとても綺麗だった。
月を眺めながら私は “ 夜が過ぎていく “ ことへの恐怖へ慄いていた。
ああ、私はあと、何回蓮と話ができるのかな。
もしも、神様が居るのなら。
どうかどうか、
--- 蓮を私から、離さないでください ---
煌々とした輝きを放つ月に、私は密かに願ったのだった。
---
それからの私達は、時間という時間が憎らしくなるほど遊んだ。
カフェにも行ってみたし、カラオケで思いっきり歌ってみたりした。
プラネタリウムで寝てしまった私を、君が起こしてくれたのも思い出。
クリスマスも一緒に過ごした。
彼氏彼女という関係の、最初で最後のクリスマス。
別れ際、神様は何を思ったのか、、雪が降り始めた。
「珍しいな、雪じゃん。」
「そうだね!ホワイトクリスマス!」
「……俺は、後何回見れるのかな。」
寂しげな君の横顔。
「‥‥‥‥‥‥来年。来年も一緒に見よう。絶対、絶対!」
ぽろっと、取ってつけたような約束が溢れる。
それは私自身が満足するためだったのかもしれないけど。
「桜は優しいな。
わかった、来年な。」
じゃあ、また明日。と言って、君はその場を立ち去った。
そうしてる間にも、君の “ 残り時間 “ を、時計は残酷に奪っていく。
一緒に過ごすたび、離れたくないという気持ちが強まる。
ねぇ、あとどのくらい、君は私の名前を呼んでくれるのかな。
---
そうやって過ごすうちに、気づけば蓮の寿命はあと一週間……
いよいよ病状が悪化したらしく、蓮は入院生活を送っている。
もっと一緒に居たいのに。
3ヶ月なんて全然足りない。
もう自分が暴走しそうで、蓮に迷惑をかける気がして。
私はどうすればいいのかな。
そう思いながらも、私は病室へと向かう。
「蓮、おはよう。」
「おはよう、桜。元気?」
低めの、耳に優しい声。
「昨日会ったじゃん、私は元気だよ。
それより、蓮が……」
震えている、私の声。
あと2日で、蓮の声が聞けなくなってしまう。
儚く脆い、一瞬の美しさを保つ桜のように。
私の恋も散るのかな。
(未来は、考えたくない)
ゆるゆると首を横に振り、あふれる涙を堪える。
「桜…?」
泣いている私を不思議に思ったのか、蓮が私の名前を呼ぶ。
「蓮、蓮っ…!!」
どこにも行かないでって、蓮を抱きしめる。
抑えきれなくなった感情を。
貴方とはんぶんこしたいんです。
そんな私達を、桜のつぼみが優しく見守っている。
いっそ、残酷なほどに。
---
「あと、1日かぁ…なんか実感湧かないな。」
くしゃっと犬みたいに笑う蓮。
でも、私は知っているよ。
右眉が少し下がる時は、強がってるときの笑顔。
私のこと、笑わせようとしてくれてるんでしょ?
視界が滲む。
それでも、砂時計は止まらない。
刻一刻と、蓮の時間は短くなっていく。
『最後』という言葉が、嫌でも私の脳を駆ける。
「ねぇ、蓮。」
「ん?どうした?」
「蓮はさ、彼女が私で‥‥‥‥一緒に過ごすのが私で、よかった?」
泣き笑いのような顔をしながらでごめんね。
こうでもしないと、私が壊れそうだから。
「っ‥‥‥‥‥‥‥ 他に誰が居るんだよ」
いつだって君は、私が一番欲しい言葉をくれるよね
「ありがとう、蓮。大好き。」
「俺も、桜のこと好きだよ。大好きだ。」
それを最後に、蓮は。
私の腕の中で――動かなくなっていた。
綺麗で儚い、花のように。
美しい笑顔で。
最期まで君は、私を恋に落とすんだね。
---
後日、担当していた看護師さんから、手紙を渡された。
「おそらく桜さん宛だと思うのですが…」
話を聞くと、病院の引き出しから見つかったそうだ。
「ありがとうございます、開けてみますね。」
蓮が、私に手紙?
どうしたんだろう…?
そう思って私は、手紙の封を切った。
---
桜へ。
手紙なんて初めてだな、笑
何書けばいいのかわかんないな…
だから、思い出と俺の気持ちを書きます。
初めて会った時、桜めちゃくちゃびびってたよね。
あの時から、実は桜のことが好きだった。
多分これ見て、「嘘!?」とか言ってるんじゃないかな…想像できる…
でも多分、俺が本格的に恋に落ちたのは一緒に花見に行った時。
あのときの桜の表情が本当に綺麗で、可愛くて。
思い出をくれて、ありがとう桜。
桜が告白してくれた時は、本当にびっくりしたし嬉しかった。
俺からするつもりだったんだけどな〜、先、越されたみたいだな。
今更そんなこと言っても、桜を悲しませるだけだろうからやめとくよ。
そんな桜は、自分をしっかり持っていて、周りを見ることが出来て、優しくて明るくて、いつも笑顔で居てくれた。
俺には勿体ないくらいの人だよ。
だから、俺のことは気にしないで、新しく好きな人を見つけて幸せになってな。
桜だったら、すぐ恋人ができるよ。
本当は、俺がもっと『また明日。』って言ってあげたかったけど、それも無理そうだから。
咲いている桜は綺麗だけど、散った花弁はそうじゃない。
俺はもう散ったから、だから。
どうか幸せに暮らしてな、桜。
蓮より。
---
その手紙に、涙の雫が落ちる。
最期の最期まで、私のことを。
優しい蓮らしい手紙だった。
「蓮以上に好きになれる人なんて、いないよ‥‥」
私の呟きは、風に流されるように小さくなって。
でもね蓮、一つだけ約束、守れないみたい。
私が生涯恋をするのは、君だけだから。
笑顔の蓮が、頭に浮かんだ。
---
それから毎年、蕾が実る時期。
私は桃色の花たちを見るたび、そこに蓮の面影を探す。
今度は私が、「また明日。」の約束をする番。
桜の花弁に向かって、私は。
「じゃあね、また明日。」
と囁くの。
--- 風に乗って、蓮の声と姿が浮かんでくるようだった。 ---
3493文字…