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わたしのやさしいつくもがみ 三話
いばれいじ
さっきまで書庫だったであろう不気味な空間に立つ男の子。
澄んだ大きな目で私を見上げている。その子の足元を見ると影がなかった。
背筋が凍ったような気がした。すぐに踵を返して逃げたいところだが、鉛を溶かし込まれたのかと思うくらい私の足は動かなかった。
「しずくちゃん、こんにちは」
「あ、貴方は誰?なんで私の名前を…?ここはどこなの?」
そう問いかけるだけで精一杯だった。
「あー…驚かせちゃった?全部あのクソ司書のせいだよー」
く、クソ司書?潮路さんのこと…?この子は潮路さんを知っているの?
「ここはね、忘れられたり、無様に捨てられたり、居場所を失ったモノ達が行き着く世界だよ」
「え…そん…な世界に私は…来ちゃったの?なんで…?」
まさか学校での「居場所」がない故にここに…?脚ががくがくと震える。
「まあまあ落ち着けって?雫ちゃんは別に忘れられたモノっていう訳じゃない。雫ちゃん『が』忘れたモノを探して貰うためにここに呼んだわけだよ。心当たりない?雫ちゃんが忘れたり失くしたりしたモノ」
それなら心当たりがある。
「人との付き合い方と青春と居場所なら忘れたり失くしました」
「変なところでボケないでよ…やっぱり本当に思い出せないみたいだね…ここに行き着くモノとは概念じゃなくてちゃんと個体として存在するモノだからそれは無いと思うよ」
つまり、この子の言うことを信じれば、私は例えばボールや本など形あるものを失くしてしまっているようだ。しかし未だにピンとこない。私はどうすることも出来ずに黙ってしまった。
「まあ、ここにくる人はみんなその見当がついていないからね。そんな人と一緒に忘れ物を探すのが僕の役目だよ〜申し遅れたけど僕は九十九《つくも》。よろしくね!さっさと雫ちゃんの忘れ物を見つけて元の世界に帰ろう!」
あ、見つけるまで帰れませんタイプなのね…
既に話の展開に追いつけなくなっているので特に絶望はしなかった。
それよりも早くこんな世界から出て行ってやるという気持ちが芽生えた。もう今までの受け身で優柔不断で暗い私とはおさらばだ。これを機に何か自分を変えることができればー。
私は九十九の後を追って沈み行く異常なほど大きい太陽に向かって歩いた。
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どれほど歩いただろう。錆びまくった路地裏をひたすら歩く。歪んだ送電塔、朽ちた螺旋階段が夕陽に向かって立っている。路地裏の小道沿いには古い三輪車やぬいぐるみ、ビール箱などが眠っている。
「この子達も今でも持ち主の帰りを待っているのかしら」
俗世でならレトロでエモいと話題になりそうな品々だが私には寂しそうに見えた。
「んーどうだろうね必ずしも持ち主みんなが此処に来れるとは限らないしんだ。一部の人間は酷いものでどんどん平気にモノを捨てるから…迎えに来てくれないモノ達が圧倒的に多いよ」
そんな…
「俗世で愛されたり永く使われたモノほど強い意志が宿っているんだ。早く持ち主に迎えに来てほしいがあまりに暴走したり人の姿になってここを抜け出したり、いきなり喋り出したり、何が起こるか分からないんだよ」
九十九はしゃがみ込んで道端の三輪車をそっと撫でた。
「あーこの子はだいぶ愛されていたんだね…今でも持ち主の優子ちゃんって子に会いたがってる」
どうして触っただけでそこまでわかるねんネタか?と思った直後だった。その三輪車は前輪を左右に動かしたのだ。
まるで九十九の言葉に反応するように…
「そっか、三輪車は子供が大きくなったらもうそこでお別れだもんね…寂しかったんだね…」
私はその光景に胸を打たれた。
物々は話せないだけでいつでも私たちを支えてくれていることに気付かされた。
きっと九十九はこうやってこの世界のモノ達を優しく包み込む仕事もしているんだなぁ
「私もこの子達のために出来ることはないのかな…」
無意識のうちにそんな言葉が零れた。
「雫ちゃん…そんな風に思ってくれていたんだね」
彼はにっこり笑った。
さっきまで不気味で早く逃げたいと思っていた歪な世界が急に温もりで溢れ出した。
もうすぐこの世界の「太陽」が沈む。闇が迫ってくる。