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あの日、あの人と見た花火
「──……あそこからなら、花火、綺麗に見えるかな」
花火大会の会場であり、近所で一番大きな学校で苺シロップのかかったかき氷を食べていた少女は、ふとそう呟いた。
会場では、花火師のおじさん達が花火玉や火薬を運んでいる。それを見て慌ててかき氷を平らげた少女は、二匹の金魚が泳ぐ袋を少し慎重に手からぶら下げて、目的の場所へ走った。
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急な石の階段を駆け上っている間にも、打ち上げ花火の音は幾つも響いている。さっき休憩したのに、また休まないといけないかも……と少女が思った時、石の階段の終わりが見えてきた。
それを見据えた少女は、身体を奮い立たせて一気に階段を上った。
歴史はあるらしいけれど、殆ど使われていない神社の境内。少し小さめの山の頂上に建つこの神社からは、山から離れた所の花火大会の会場も、よく見える。そこから打ち上がる花火も、びっくりする程綺麗に、目に映る。
息を整えながら、辺りを見回す。セミロングの髪が風に吹かれる。
この神社には、基本人がいない。少女は、この静けさが大好きだった。物音のしない、けれどどこか安心する静けさ。いつもなら、この静けさを独占出来るのだけれども。
……今日に関しては、そうはいかないようだった。
つい先程まで一人だけだった神社の境内で、花火を見ている少年がいた。夜空に次々と咲き乱れる花火を、穴が空きそうな程見つめている。目を輝かせて、少女の存在にも気づかずに。
少年に気付かれないようにそっと彼の後ろを通り、段差に腰掛ける。
ふぅっと息を吐きながら、狂い咲く花火を見上げた。一輪、二輪、三輪。次々と花火が咲き上がる。
「──……綺麗」
溜息と共に吐き出した声は、よく通る声だったのか。少女の少し大きかったその声に、立ち尽くして花火を見つめていた少年はオーバーリアクションに飛び上がった。
「っ……い、いつからいたんだよ!」
先程まで閑静だった神社に、少年の大声が響く。
「ついさっき来たところ。一緒に見る?」
「……ああ」
少女は、横に置いていた金魚たちを膝上に乗せる。少年は、金魚がいた所に座った。
二人で、食い入るように花火を見つめる。もうラストスパートなのか、幾つも連続で花火が上がる。
最後に、一際大きな花火が上がる。その花火が散ると、神社に影が差した。
「……花火って良いよね」
「……花火って良いよな」
同時に呟いた二人は、顔を見合わせて笑い合った。
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ピピピピ、ピピピピ……。目覚まし時計の音が、部屋に響く。少女は、手探りでアラームを止める。
「うぅ……今日から学校か……」
口で呟いていても、考えていることは、さっきまで見ていた夢のことだ。
あの後、少年と、色んなことを話し合った。名前。何歳か。どこの学校なのか。
『来年も、ここで花火見ようぜ!』
そう言っていたのも彼だった。けれど、二人で見ることは叶わなかった。
彼が、引っ越したのだ。
住所を伝え合っていて、彼から手紙が来た時は、紙を握る手に力が入らないようだったのを覚えている。
あれから十年近く。夏になると、必ずあの日のことを夢に見る。
あの彼は、今はどこで暮らしているのだろうか。そう考えると気分が沈むけれど、もう過ぎてしまったことなのだ。いつまでも引きずっていたって仕方が無い。
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学校に着いて、前の席の親友と挨拶を交わして。
担任の連絡の声を、ぼんやりと聞く。どうやら、クラスに転校生が来るらしい。
教室に入って来た少年を見て、微かに感じていた眠気が吹き飛んだ。
あの日、一緒に花火を見た彼。声も身長も変わっているけれど、どことなく彼の面影が浮かぶ。
自己紹介で話している名前も、記憶の中の名前と同じ。その彼は、窓際の一番端の席に向かった。
──……あの日、あの人と花火を見ていたんだ。
そう思いながら、少年に目が釘付けになっていた。
席に座った彼が、こちらに向かってほんの少し笑いかけたような気がした。