公開中
〖沈黙の国会〗
※実際の政治情勢とは一切関係ありません。
かつて、青年は夢を抱いていた。大学で政治学を学び、理想を胸に「国を変える」と誓った。弱者に寄り添い、声なき声を拾い上げる政治家になるのだと。
初当選の日、彼は歓声に迎えられた。街頭で握手を求める人々の目は輝いていた。
「あなたなら変えられる」
「私たちの声を届けてください」
その言葉を胸に、議場の椅子に座ったときの高揚感は今も忘れられない。
---
だが、現実は冷たかった。
委員会では与党も野党も同じだった。罵声と揶揄が飛び交い、政策の是非よりも「どちらの政党が得をするか」が議論の軸となる。法案の文言を修正する代わりに、他の案件で譲歩を迫られる。会食で耳打ちされ、匿名の封筒に脅迫じみた言葉が滑り込む。青年が「理想」を語れば、先輩議員たちは笑った。
「君の正義感は立派だがね、国会は夢を語る場所じゃない」
「選挙に勝ち続けること、それがまず第一だ」
彼は抗おうとした。だが、孤立は早かった。地元組織は資金を引き揚げ、メディアは「苦手の暴走」と揶揄した。
やがて、青年の周囲には誰も寄りつかなくなった。
次の選挙、彼は落選した。応援に来てくれた人々は、もうそこにはいなかった。生活に追われる有権者にとって、理想を掲げて敗れた政治家など、忘れられる存在にすぎない。
疲れ果てた彼は、最後の演説をした。
「私は正義を貫こうとしました。しかし、それは何の結果も生まれなかった。声を上げても、この国は変わらない」
その映像は一瞬だけSNSで話題になり、やがて埋もれた。
---
国会は今日も続き、笑顔で握手を交わす議員たちの影で、青年の言葉は消えていった。
─そして、国は少しずつ蝕まれていく。誰もが気づきながら、見ないふりをした。声なき声は再び沈黙し、理想を語る者は誰もいなくなった。
やがて、この国は静かに衰退していく。青年の夢と共に。
〖誤字脱字訂正〗
8月29日
・生活に終われる→生活に追われる
失礼しました。