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またいつか
月
「お待たせ」重い扉を押し開けて、小春が屋上へ踏み出す。「全然待ってないよ」翼がフェンスに寄りかかったまま、屈託のない笑顔でひらひらと手を振った。その隣で、床に座って参考書を広げていた蒼が、顔は上げずに視線だけを小春に向ける。「……おそい」「ごめんって、先生に捕まっちゃって」小春が苦笑いしながら二人の輪に入ると冬の風が、3人の間をすり抜けていった。「・・・」沈黙が続く。「ねえ、二人とも。志望校、もう決めた?」沈黙を破ったのは、翼だった。いつもの明るい声だけど、どこか遠くを見ている。「……俺は、東京の方に行くことにした」小春の心臓が、ドクンと跳ねた。「そっか。……私も、たぶん県外。翼とは、反対の方向だけど」精一杯の明るい声を出そうとしたけれど、最後に「卒業しても、またこうやって集まれるよね?」と付け加えた瞬間、声が震えてしまった。小春は、二人の顔を見ることができなくて、足元のコンクリートに視線を落とした。隣で座っていた蒼は、何も言わなかった。ただ、開いていた参考書を握る指先に、ぎゅっと力が入る。蒼はうつむいたまま、自分の影をじっと見つめていた。今の「3人の時間」が、砂時計のように指の間からこぼれ落ちていくのを、誰よりも分かっていたのは蒼だった。「卒業までもう3か月だしな…」小春の震える声が、冷たい風に混じって消えていく。その時、沈黙を破ったのは、立ち上がって制服の砂を払った翼だった。「……ねえ。約束、しようよ」翼はポケットから、使い古された小さなクッキーの空き缶を取り出した。「約束?」小春が顔を上げると、翼はいつもの悪戯(いたずら)っぽい笑みを浮かべていた。「タイムカプセル。この中に、今の俺たちの『一番大切なもの』を入れて、校庭の隅に埋めるんだ。卒業式の前の日にさ」うつむいていた蒼が、ゆっくりと顔を上げた。その瞳は、まだ少し揺れている。「……タイムカプセルなんて、子供っぽいだろ」「いいじゃん、子供っぽくても」翼が缶を二人の前に差し出す。「十数年後、またここで。全員揃ってこれを掘り返すまで、俺たちは『三人組』のままだ」十数年後。その時、自分たちがどこで何をしているかなんて想像もつかない。誰かが誰かと結ばれているかもしれないし、もう連絡すら取っていないかもしれない。でも――。「……いいね、それ」小春が小さく笑うと、蒼も「……勝手にしろよ」とぶっきらぼうに、でも少しだけ口角を上げて言った。「よし、決まり。中に入れるものは、明日までに考えてくること!」翼の声に、空の色が少しだけ明るくなった気がした。秘密の屋上に、冬の足音と一緒に、新しい「約束」が刻まれた瞬間だった。
今日は卒業式だ。卒業式の前の日3人はいつもの場所に集合した。「ついに来たね。」こはるが言う。3人ともうつむく。「よし。2人とも早く埋めようぜ。」盛り上げるかのように翼が言った。校庭の隅にタイムカプセルを埋め終えたとき、春の風がさっと吹き抜けた。それは、あの日屋上で感じた冬の風よりもずっと柔らかくて、でも、どこか寂しい匂いがした。
10年後
「……本当にあるかな」少し低くなった声で笑う翼の手には、泥のついた小さなスコップがある。「俺が埋めたんだ。場所は間違いない」スーツの袖を捲りながら、蒼が真剣な顔で土を見つめている。十年の月日は、みんなを少しだけ変えていた。翼は東京で忙しく働き、蒼は地元で静かに自分の道を歩んでいる。そして小春も、あの頃には想像もできなかった場所で自分の足で立っていた。「あ、あった!」小春の声が響き、土の中から錆びついたクッキーの缶が現れる。蓋を開けると、そこにはあの日屋上で感じた風の匂いが、そのまま閉じ込められている気がした。中に入っていた不器用な自撮り写真。そこに写る自分たちは、今の自分たちをどんな目で見つめているだろう。「……ねえ、二人とも。次はまた十年後?」小春の問いに、翼が吹き出し、蒼が静かに微笑む。あの冬、誰も選ばなかった。恋人にはならなかったけれど、そのおかげで今日、私たちはこうして笑い合っている。不意に、強い春の風が吹き抜けた。桜の花びらを巻き上げ、私たちの間を通り過ぎていくその風は、あの日屋上で感じた冷たさはもうどこにもなく、ただ優しく背中を押してくれるようだった。