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ふたり
2026/03/14 ふたり
「ミオちゃんって、3年のユイカちゃんの妹なんでしょ?」
私がそう問うと、ミオちゃんは可愛らしい顔を珍しく歪めた。「なんで? 知らない。」不機嫌そうに言って視線を床に落とし、掃除を再開する彼女に、私はもっと追求したくなった。ホウキを動かしながらミオちゃんに近づいて囁くように話しかける。
「ねー、ユイカちゃんってちょっと変なんでしょ。」
音楽室には私とミオちゃん以外だれもいない。教室から離れているから、廊下で騒ぐ生徒ももちろんゼロだ。
「みんな、噂してるよ。」
ミオちゃんは俯いたまま私を睨むように目を鋭くした。初めて見る顔だった。クラスに友達がいなくてどこか浮いてる、孤立しているクラスメイトのそういう表情は、話題のネタに抜群だ。明日友達に話そうっと。
「ミオちゃんもぼっちだから、似てるよね。」
やめてよ、とミオちゃんは顔をまた俯かせた。少し長い髪の毛が重力に従って落ちていく。横からだと彼女の表情がわからなくなる。
「ユイカちゃんって、学校の中でも迷子になるって聞いたけど、ほんと? ミオちゃんも迷子になったりするの? ねえねえ。」
彼女の顔を覗き込もうとすると、ミオちゃんはさっきより大きくやめてと言った。それに思わず驚いてしまって、覗き込むことはできなかった。ミオちゃんは肩を震わせた。
「わたし、ユイカちゃんのこと、嫌いだから、やめてっ。」
音楽室に頼りないミオちゃんの声が響いた。言ったあと、彼女は私から離れて、音楽室の隅に歩いた。その肩はもう震えていなかった。あるいは、最初から震えてなんていなくて、私の気のせいだったのかもしれない。わざわざ隅まで行ってなにするんだろう、と眺めたが、彼女はただホウキで床を掃くだけだった。
私は時計に視線をやって、そろそろ掃除の時間が終わることを確認すると、ロッカーからちりとりを取り出した。
ミオちゃんが集めたゴミを回収してゴミ箱に捨てた時、ちょうどチャイムが鳴った。ロッカーに掃除道具をしまって、ミオちゃんから音楽室を出た。
ミオちゃんはずっと下を向いていた。なにも言わなかった。だから私は彼女の表情も、考えてることも、全然理解できなかった。
ミオちゃんの後ろを歩いていると、ふいに目の前の足が止まった。「ちょっと、なに?」
彼女の視線が向いている方を見ると、長い髪の毛の女の子がいた。ゴミ箱を胸に抱えている。ゴミ捨てに行く途中なんだろう。上靴の緑から、3年生だとわかる。
その3年生はきょろきょろと不安げに顔を動かしていた。そして、こちらに気づくと、安堵したように口に力を入れた。
「み、みおちゃん。」
駆け寄ってくる3年生はミオちゃんの名前を呼んだ。
そこで私は、ようやく気づいた。この3年生はたぶん、ユイカちゃんだ。ミオちゃんの姉だ。この空っぽな瞳に、普通じゃないと感じる理由が詰まっていた。
ユイカちゃんと思われる彼女は、あのね、あのね、と声を出した。
「ごみって、どこで捨てたらいいのお。」
「……1階。…ついてきて。」ミオちゃんが静かにどこか冷たく答えて歩き出す。私もなんとなくついていく。やけにゆっくりとしているミオちゃんに、もっと早く歩けばいいのに、と思った。けれどこのスピードでも精一杯そうなユイカちゃんを見て、思い直すほかなかった。
ユイカちゃんはゴミ捨て場でなんとかゴミを捨てた後、「ユイちゃんの教室って、どこ。」と泣きそうな表情で言った。ああ、呆れる。こんな子にゴミ捨てを押し付ける、彼女のクラスメイトに対しても。
ユイカちゃんを送っていくらしいミオちゃんを、私は内心で笑った。
同時に、明日友達に話すのはやめよう、と決めた。だってこんなの、なんにも面白くない。
私は目の前の2人を追い抜いて、自分の教室への階段をさっさと上がった。