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時計屋の物語
りんご
『記憶を売る時計店』
街の片隅に、不思議な時計店がありました。そこでは時間は売っていませんが、代わりに「記憶」を売り買いしています。
ある日、一人の青年が店を訪れました。「嫌な記憶をすべて消したいんだ。昨日の失敗も、去っていったあの人のことも」
店の奥から現れたのは、真鍮の体を持った自動人形の店主でした。店主は、青年の頭から「冷たい青色」をした霧のような記憶を吸い出し、小さな懐中時計に閉じ込めました。「これで君は自由だ。でも、代償として『一番幸せだった記憶』をひとつ置いていってもらうよ」
青年は承諾しました。記憶を消した瞬間、彼の心は羽のように軽くなりました。
しかし、店を出た青年は、自分がなぜ笑っていたのか、なぜこの街にいるのかさえ分からなくなっていました。幸せな記憶が、彼の「自分らしさ」を支える芯だったからです。
青年は慌てて店に戻りました。「やっぱり返してくれ! 苦しい記憶も、あの幸せな時間を守るための影だったんだ」
店主は静かに微笑み、懐中時計の蓋を開けました。
「忘れることは救いですが、覚えていることは強さですよ」
青年の胸に、青い霧と温かい光が戻ってきました。彼は少しだけ泣きそうな顔をして、でも確かな足取りで街へと消えていきました。
この青年は、私のおじいさんです。おじいさんにも夢か現実かはわからなかったそうです。