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〖笛の音が消えた町〗
昔々、ドイツの町ハーメルンは鼠の害に苦しんでいた。穀物は食い荒らされ、病が広まり、町は滅びかけていた。
そこに一人の男が現れた。長い外套を纏い、奇妙な笛を持つその男は、町の人々に告げた。
「この笛で鼠を追い払ってやろう。ただし、報酬を頂く」
人々は約束した。
「金貨を山ほど払おう。町を救ってくれ」
男が笛を吹くと、不思議な旋律が響き渡り、町中の鼠がうねりをなして集まった。川へと誘われた鼠たちは次々に溺れ、町は一夜にして清められた。
だが──町の人々は約束を破った。
「ただの笛吹きに大金を払うものか」
彼らは男を嘲り、門前払いにした。
男の瞳に冷たい光が宿った。
数日後、再び笛の音が響いた。だが今度は鼠ではなく、町の子供たちが目を輝かせ、男の後を追った。笛の旋律に酔いしれた子供たちは、笑いながら町を出ていった。
「やめてくれ!」
親たちは叫んだが、子供たちの耳には届かない。笛の音は甘く、抗えぬほど魅惑的だった。
やがて男と子供たちは山の中へ消えた。
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山の洞窟で笛の音が止むと、子供たちは我に返った。そこは出口のない闇だった。子供たちは泣き叫び、壁を叩いたが、笛吹き男はただ冷たく微笑んでいた。
「約束を破ったのは、大人たちだ。だが代償を払うのは──お前たちだ」
闇の奥から、かつて溺れたはずの鼠たちが群れをなして現れた。飢えた牙が子供たちに食らいつき、泣き声は絶望の悲鳴へと変わった。
やがて洞窟には静寂だけが残った。笛吹き男は再び笛を吹き、何事もなかったかのように町を遠ざかった。
ハーメルンには子供の笑い声が二度と戻らず、大人たちは朝も夜も沈黙の中で暮らした。
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風が吹く度、遠くから笛の音が響いた。それは約束を破った者の耳にだけ届く、呪いの旋律だった。