公開中
[序章]黒花の紋様、奇病の始まり
「くっ、はぁっ、はぁっ、」
「ねぇ、どこまで行くの?」
息を切らしながら、彼女の手を引いて走り続ける。
手足や衣服は土で薄汚れ、額には汗がびっしり浮き出ていた。
薄暗い森の中を、行く当てもなく彷徨う。村の人間は誰も手を差し伸べてくれない。
─当たり前だ。
今自分が手を引いている彼女は、その村の「生贄」となる筈の人間だからだ。
始まりは数日前─
黒樹李人は都会から気分転換に、森の奥にあるとある村へと引っ越してきた。
村の住人は皆、李人を暖かく迎え入れ、衣食住を提供してくれた。
小さな村だったが、自然に囲まれているからか、食物は新鮮な野菜や果物が多い。
料理が得意な李人は、それを使って村人達に良く手作りのスープやデザートを作って配っていた。
その李人の料理を特に気に入り、褒めてくれていたのが彼女、「美花麗姫」だった。
李人も彼女の温かい心に惹かれ、二人は仲を深めていった。
時に李人は自分の家に彼女を招き、都会の遊びや本を彼女に教えてあげていた。
驚き、興味津々で話を聞く彼女の反応が李人は好きだった。
だが、ある日突然彼女の身に異変が起こった。
胸、鎖骨辺りに、黒百合の様な奇妙な紋様が浮かび上がったのだ。
その日から彼女は物忘れが多く、それは次第に悪化していった。
村人達に相談してみると、村人達は皆顔を合わせ、
「もう"あれ"の時期か…。」
「予定より早いぞ…仕方ない、彼女を"隔離する"しか…。」
李人はその言葉を聞くと、嫌な予感がしてすぐさまその場を離れ、彼女が居る家へと駆け込んだ。
「ここから出よう!村人達は君を隔離する気だ!そうなれば、2度と会えない!」
李人はドアの縁に手をかけ、必死に彼女に説明した。
記憶が朧げな彼女は首を傾げながらも、李人の思いを、状況を理解して、李人が差し出した手を掴んだ。
村人達は麗姫を隔離するのは「明日」と言っていた。
だから、李人は村人達が寝静まった時間・深夜に麗姫を連れ出し、村から脱走した。
そして現在─
数日間殆ど走り続けたせいか、足が痺れ、二人の息は絶え絶えだった。
「はぁっ、くっ、クソ…。」
木にもたれかかり、その場に足を伸ばして座り込む。
「はぁ、はぁ、だ、大丈夫…?」
李人のその様子を見て、彼女自身も疲れ切っているだろうに、彼女は李人を心配した。
「あぁ、大、丈夫だ……。」
足の痛みに顔を顰めるも、心配ないと言う様にフッと笑って見せた。
彼女は李人が無理しているという事に気付きながらも、どうすれば良いか分からず、眉を下げた。
ガサガサ……
誰かがこちらへと向かってくる音が聞こえる。
二人はハッとして顔を上げ、李人は麗姫の手を引き、彼女を自身の後ろへ隠す。
麗姫は李人の服の裾を掴み、李人の肩越しに覗き込んだ。
人影が見え、懐中電灯の光が二人を照らす。
「誰だ。」
李人がそう声をかけると、現れたのはメガネをかけ、白衣を羽織った男性だった。
服装からして村人ではなさそうだ。
だが、警戒心は緩めず、鋭い目つきでその男を睨みつける。
「あ…?誰だ、お前ら。ガキがこんなところで何してやがる。」
白衣の男はメガネのブリッジを押し上げ、頭を掻く。
二人のボロボロな様子を見て眉を顰め、膝を折って二人の前へと屈んだ。
「ったく、どんな事情があるかは知らんが……。」
自分を睨みつける李人の視線など構わない様子で二人をじっと見つめた後、立ち上がって背中を向ける。
「死にたくなきゃついて来い。」
白衣の男はそう言って歩き始める。
二人は暫く考え、迷っていたが、頷くと立ち上がり、その男の後を追った。