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Ep.3 仕事
「・・・俺は、出来るよ。今回の仕事、教えて」
|宵宮影《よいみやえい》。燈の二歳下の弟で、俺の幼馴染。
「っ影、お前またっ」
肩を掴むがどこ吹く風。ハイライトを灯さないその目に俺の顔が映る。
「・・・組を思えば仕方のないことでしょう?それに、梅雨の時期になったら俺たちは動けなくなるから」
「・・・」
影のいうことが事実だとしても、癪に障る。俺たちが|こいつ《燈》に従う必要なんて、これっぽちもないのに。
「・・・管轄も何もかも違うのに、それでもこき使うってのか」
「別に理にかなってないわけじゃないだろ?お前たちは現代表の直属情報班。なら、将来は俺の物になるんだしさ。ちょっと早まっただけじゃん」
いや、お前には既に情報班がついてるから俺らが就くことはないんだけどな。それに、お前のもとに就くのなんてこちらから願い下げだ。俺たちが今までどんだけお前に迷惑かけられていたと思ってる?
「去年の騒動。どこぞの《《次期》》代表が他地域で起こした一方的攻撃による暴力沙汰。誰が納めたんだっけ?」
「お前らの情報統制だろ?組の将来を任す奴に不始末を任せるのは間違ってないじゃん」
首をかしげながら本気で自分は悪くないと思ってるこいつを見て、空を仰いだ。こいつは本物の馬鹿だ。
本来なら、その役目はお前の直属の情報班が担うべき仕事。そいつらが事件の情報が入っても知らんふりして呑気に飯食ってやがるから、俺らが代表から直々に指令を受けて事件詳細をもみ消したんだ。なぜそれすら何一つわかってない。
うがぁ、と燈に威嚇していたら、背後から声がかかる。
「・・・潮。早く、仕事聞こう。不満があるなら、後で話そう」
「・・・影はそれでいいのか」
「いい。だって、燈が俺たちを直接呼ぶときは、組の為なことが多いから」
・・・。
「よくわかってるな影。取り合えず、そこ座れ」
既に敷かれていた座布団を指さし、部屋の隅の勉強机から書類の束を持ってきた。仕方なしに横並びに胡坐をかくと、燈が目の前にドスンと音を立てて座る。
「先に書類に目を通してくれ。それから事の経緯を説明する」
俺たちに一つずつ束を手渡され、本人は缶ジュースを開けている。仕事中に何してんだお前。
隣では、影が既にページをめくっている。俺も馬鹿にいちいち物を申す気にはならないので、紙に目を移した。
一枚目に、大きく顔写真が張り付けられている。茶髪のサイドテール、無駄に整った顔。整形をしたのであろう痕跡が見受けられる。名前は|西園寺リリカ《さいおんじりりか》。
西園寺と言えば、西園寺グループでおなじみの財閥。いくつもの製薬会社を傘下に持っていたはずだ。
同い年の早生まれ、現在の年齢は15歳。最近湖水に単身引っ越してきたらしく、俺と影、燈も通う水鏡高校に編入するらしい。
そして二枚目。そこから先は、怪しいもの満載な写真と行動履歴の宝庫だった。
どこぞの不良グループと接触している写真。南寄りの場所にある繁華街でのアタッシュケースの取引。繁華街での写真の中には、何かの錠剤を渡している姿も見受けられる。
怪しい薬は湖水では御法度。宵闇組が掲げるルールの一つだ。おそらく、それに抵触したから俺たちにこの件が回ってきたのだろう。燈の情報班の人員五人がかりでも、この内容は手に余る。
一通り目を通し終わり、顔を上げる。影も既に読み終わっていたようで、その様子を確認した燈は缶ジュースを口から離した。
「読んだ通りだ。ドラッグに手を出した時点でそいつとその周りへの宵宮からの制裁は確定してる。ただな、ぱぱっと制裁しちまうと困ったことが一つあってなー。どこだっけ、街の端の方だったよな?そのグループ」
宵宮に反感を持つものは一定数いる。それに加え、中高の思春期をこじらせた年頃の頭の悪い奴らは、そういう所謂暴走族じみたものに集まり、時折街を騒がせる原因になる。はっきり言って面倒。
「そこ、最近いきなり規模がでかくなっててさ。うちの情報班に探らせたら数の差で滅多打ちにされたわけ。まぁそいつらも雑魚だったんだけどさ」
・・・それか。こいつが俺らにこの話を振ってきた原因は。
「そろそろ目障りだし潰そうか否か迷ってたんだよ。若者たちが発散する場所も必要だしどうしようかなと。そしたら、こいつの情報が入ってきた」
燈がとん、と缶ジュースを床に置く。もう飲み終わったようだ。
「西園寺って、表じゃいかにもホワイト企業を装ってるけど、裏じゃ悪い噂絶えねえじゃん?だから、ちょっと怪しい気がするなと思ってうちの傘下グループに後つけさせたら、この様よ。製薬会社がドラッグ作るとか世も末だな」
元任侠団体が一地域を治めている実態も世の末だと思うが。まあそれは置いておいて。
「そのドラッグの詳細はわかってない。けれども、最近南の繁華街は治安が終わってるぜって聞いてる。お前らには、こいつの裏と、ドラッグの作用、現在の状況を調べてほしい」
燈の目が赤く光る。火のように揺らめくその瞳は、組の大多数を引っ張っていけるようなカリスマ性を持っているのだろう。・・・|頭《おつむ》の出来は別として。
影が資料を読み直している。現時点での不足がないかを見ているのだろう。なら、俺はこれからの段取り。
現状を調べるのなら、繁華街に赴くのは必要不可欠。別の奴に使いに行かせるのもいいが、そのまま行方知らずとかなったら仕事が増えてめんどくさい。だからと言って、もしも喧嘩が起こった時に動けない俺と影の二人きりで行くのは論外。誰かつけるべきだな。
「パソコンだけで調べるのは難しい。外に出るときは誰を付ければいい?」
「えー、日葵とか?仲いいだろ?ついでに|日向《ひなた》も連れてっていいぞ。他に欲しいのいたら、うちからは無理だから『|黒豹《くろひょう》』の奴らに頼めば?」
「やだあいつら、元気すぎてうるさい・・・日葵も一緒か」
遠い目をしながら、先ほどの日葵の様子を思い出す。あいつも、ハイテンションで日々をお送りしている人種だ。煩い時は普通に煩い。その時は日向に黙らせよう。
「なんかかわいそうだな日葵」
何を言っている燈。あいつは元々こういう扱いだぞ。
「わかった、日葵と日向を借りる。報酬は?」
「梅雨の仕事は全部こっちでやる。去年お前らに幾つか振ったらぶちぎれられたからな」
「当たり前だ」
影を見れば頷かれる。資料の不足は見当たらなかったらしい。
紙束を持って立ち上がり、襖を開く。
「じゃ、その通りに。いつまで?」
「今日は水曜だっけ?じゃ、土曜の昼までだ。よろしく」
「おー」
影が襖を閉めるのを見届けて、廊下を歩きだす。小走りでついてくる影が静かに語りかけてくる。
「・・・潮、」
「・・・」
「・・・ね、潮。ごめんね」
「何が?」
「嫌がってたでしょ」
「別に」
「・・・嘘だ」
ああ、嘘だよ。でもきっと、お前はそうするだろうとわかっていたから、それでいい。
「・・・ごめんだけど、俺は潮みたいに恨めない。全部、仕方のなかったことだと思えてしまうから」
知ってる。お前は優しすぎるから。だから、全て許してしまう。
「もういいよ。お前が決めたことについていくのが本来の俺の仕事だ」
「・・・別に全部じゃなくていいのに」
「馬鹿、だから今は自由にやってるだろ」
母屋の玄関の靴箱を開けて、しまわれていた二人分の靴をそこらに放り投げる。片足で飛び跳ねながら自分の靴を回収しに行った影は、頬をほんの少し膨らませながら踵を踏み潰した。
「・・・捜査は明日から?」
「そうだな。先にハッキングするもいいけど、それで警戒されたら現地調査が難しい」
「・・・先に繁華街行く?」
「学校は?」
「サボり」
「よし」
争いの始まりは、いつだって緩やかに。