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習作5
白い場所に立っていた。
地面の境界線が分からない。おれは突っ立ったまま、足元を見た。
そこには人が転がっていた。
人が転がっていた。
最初に見えたのは脚だった。見覚えのある、浅葱色のスラックス。
視線をずらすと腹部が見えた。服は捩れてほんのわずか、その下の肌を見せていた。白くて、こわいくらい痩せている、不健康な身体。
息が荒くなっていた。吐き気がした。
どくんどくんどくんと心臓がジャンプを繰り返す。狭い部屋の中で頭と足を交互にぶつけてるみたいに。
視線をさらにずらした。肩が見えた。首が見えた。そして、
目の前に翳の顔があった。
はあっはあっと咽ぶような音を上げているのが自分なのだと、暫く自覚がなかった。
夢を見ていた。人が死んでいる夢。血も外傷もなかったのに、なぜかおれには、あの夢が殺人現場にしか思えなかった。
ふさふさした手触りの敷布団を握り締める。手に、顔に、身体中に汗をかいていた。おそろしかった。ひどい夢だった。心臓はまだジャンプしている。それだけ夢から持ち越されている。
「…ん…」
かすかな声の混じった翳の吐息で現実に戻される。翳はいつもの顔で眠っている。
翳は深い眠りに落ちていて、夢を見ないらしい翳は、ただ暗い、暗いとも認識できない闇の中に目を瞑り、ひたすらに眠る。
おれは翳の無防備な胸元に頭をこすりつけた。腕を回して翳を抱き締めて、足を絡ませて、翳の寝息を耳の間近に聞く。
「ん、ぅ、…ん…」
翳は小さく唸ったけれど、起きる様子はない。
だらんと脱力して、眠り続けている。あの夢の中の人のように、だらんと、力を失っている。
翳の鼓動が聞こえる。どくん、どくん、ゆっくりと打つそれが、翳の全身に血を送り、翳を生かしている。翳の手が温かいのも、こうやって寝息が聞こえるのも全部、身体と比するとずいぶん小さいこの心臓のおかげ。
生きてる。
翳の鼓動を聞いて、温かい身体を抱き締めて、ようやくおれは安心する。陶然とする甘やかな眠気がふたたびおれを誘って、糸を引くようにつれていく。深い眠りが熟れていく。