公開中
#15:私はあれをどう見るのか
そこからどうやって目的地まで向かったのか、私はどうにも覚えていない。おそらく「ここから先のことは私がやらなくていい」、そういうニュアンスのことを言われて、向こうを発ったのだろう。あそこに居続けるのは、私には辛すぎたからだろう。
ふと、ある時顔を上げればそこには同じサポーターがいた。無意識にここまで歩いてこられたのだ。一言二言、適当に会話してからようやく物資を渡した。
頭がくらくらしていた。慢性的に襲いくる吐き気で、半強制的に意識は覚醒させられる。
それでも、物資を補給するタイミングでもう休憩を消化してしまった。作戦本部に戻ることは、大怪我でもしなければしばらくない。
「私、向こうの方行ってますね。」
よろしくお願いします、とその人は私を見送った。
ここの職員が持ち場を離れることは許されないようで、救援物資配給の仕事をさらに頼まれた。もっとどこか遠くへ、気分を変えに行きたかったから、ちょうど良かった。
目的地、とは倉庫地帯のことだ。海にほど近く、港の貨物が大量に積まれている倉庫……の、今は使われていない、端の土地。錆びついて色褪せている「いかにも」な場所。
「特殊個体」が見つかったようで、今はウォリアーたちが対処しているはずだ。ギルティの処理が終わったら、ここは閉鎖されるのだろうか。ほんのりと潮の匂いを嗅ぎながら、ぽつぽつと立っている集団に、私は季節外れのサンタクロース業を行っている。
ルーナなる謎のギルティからはどうやら逃れられたようだったから、1人になることは、今はもうあまり怖くなくなっていた。人も、あのときとは違って、走ればすぐそこにいることだし。
そうやっているうちに、私は行ける区域を一回りできたようだ。どことなく見たことのある景色(といっても、コンテナばかりだが)が近づいてきた。先ほどは見なかった大きなテントが設営されている。
了承の返事をもらってから私は中に入った。黄色い兎が溶けた後のものを集めて、分析している真っ最中のように見える。私はテーブルの空いている部分に物資を置くと、こっそりディスプレイを覗き込んだ。
今日ここで採れたサンプルの分析なのだろうが、前にランフェさんから見せてもらったものとグラフは変わっていない。
右側にはマップが表示されている。この倉庫を中心に、黄色い丸のようなものが点在していて、距離が離れていくのに伴って数も減少している。
「分布、ですか。」
「本物の兎より大きいサイズを確認できました。このあたりのいくつかのコンテナのうち、どれかが兎の出現地で間違いないでしょう。」
操作していくたびに、どんどん黄色い丸は増えていく。
「ようやくここまで絞れましたよ、兎の総数が多すぎて傾向が掴めるまでどれだけかかったか……。」
マウスを動かすのをやめて、そのサポーターは連絡機器の親機を手に取る。
「……あなた、何してるんですか?」
「え?」
気づけば、彼女は私を不思議そうな目で見つめていた。私は瓶の蓋を開けていた。触れていた。中のものに。いつのまに?
「あ、えーっと、その、なんていうか」
「別に言い訳は要りません。変なことをもうしなければいいだけです。」
「……すみません。」
私が謝り終わる前に、彼女は現場に向けて話し出したようだ。いたたまれなくなって、私は瓶の蓋を閉じて、外に出た。
夜風とともに、何かが私に流れ込んできた。ぴりり、と私の左足を痺れさせる感覚。ルーナと出会ったときに似ている。あの時は身体中が痛いくらいだったが、今は的確に私の左足に何かが作用している。
7時の方角から1時の方角。
直感でそんなことが頭の中に浮かんだ。
飛び退く。振り返る。通り過ぎていく、黄色いものが見える。血の気が、引いていく。
ついに超能力でも備わってしまったのか、私に?とすると、これは予知か。いや、流石にそんな馬鹿なことはないか。
また痺れる。今度は私の右側から、何かが来る。
後ずされば、今度は先ほどより大きな、二足歩行をしている兎が通り過ぎていった。二足歩行だ。兎なのに?
「あー、どんどん集まってきてますね。連絡しないと。」
連絡機器をいじっていたサポーターが後ろから出てきて、私の横で面倒くさそうに呟く。反射的に私は逃げる。
「……そんなに驚かなくてもいいじゃないですか。」
ため息をつくと、彼女は去っていったギルティの方を指さして説明してくれた。
「あれが特殊個体ってやつですよ。まだ前の姿の方がまだマシだったんですけどね。こっちはもう鳥獣戯画ですよ。パワーもかなり上がってます。」
「また右から来る。今度は小さいやつ?」
「って、あなた人の話聞いてるんですか?何『右から来る』とか、予知みたいなこと言ってるんです、か……。」
本当に、右側から小さな兎が駆け抜けていった。
「……本当でした。」
彼女はしばらく訳がわからなそうに、私と並ぶコンテナに視線を往復させると、また小さくため息を吐いて、私に思ってもみなかった提案をする。
「ちょうどいいですね。戦線、行ってきてくださいよ。」
「え?」
確かに今は仕事は無くなったが、突然どうしてだろう。
「あなた、随分と戦線に行きたそうですから。足が勝手に動いてますよ?」
「え、ええっ!?」
確かに、さっきより進んでいる。もう超能力という次元ではなく、とうとうボケてしまったのだろうか。
「向こう側は足りてないわけではありませんけど、行ってみたらどうですか?その様子だと、あなた自身も理解してなさそうですし。」
彼女は実に面白そうに目を細める。
「自分自身のこと、知りたいんじゃないですか?」
私を心配する、というよりかは自らの知的好奇心を満たしたいかのような彼女。真っ直ぐな瞳は、だからこそ私に刺さる。
「……私、行ってきてもいいんですか。」
「いいですよ。私の権限……でできるかどうかは微妙ですけど、許可します。これも情報開示の一環ですからね。」
『ああ、帰ってきたらいろいろ教えてくださいね、私たちに!』と、彼女は声を張り上げて、私を見送ったのだった。
「はい、こちら情報通信課課長クラウディアです。上手くけしかけられましたよ。それにしても、あの新人は本当に不思議な子です。次から次へと私たちの知らないことを連れてくるんですね。帰還したらまたたいそう面白い話を聞かせてくれるんでしょう、今から楽しみです。」
「そうそう、私はあなたとは違って、詳細を知りませんが。」
「上手くいけば、あの子の存在が……司令官の悲願を果たす、鍵になるかもしれませんね?」
クラウディアには後々役目があり、ます……。
なるべくいろいろな人間を描きたいです。そういう面では割と他キャラクターと味は被ってないのでいい感じ?