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第Ⅶ話「終戦は天気雨と共に」
Ameri.zip
この物語はフィクションです。また、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
【前回のあらすじ】
国内に潜んでいるかもしれないスパイの捜索と、世論調査を頼まれた零とシイ。パトロール中に鳴った銃声を追いかけると、そこには軍医でありシイの恋人のフーゾが、血を流して倒れていた。
「フーゾッ!!!おい、フーゾ!!!!」
シイさんが駆け出す。と、視界が開けたことで、その傍らで尻餅をついている男がいることに気がついた。そのすぐ近くには、まだ硝煙の上がっている銃が落ちている。
慌てて駆け寄り確保しようとするも、男は抵抗の素振りを一切見せなかった。ずっと呆然としながら、ただ一点を見つめている。
よく耳を澄ませば、彼は違う、と呟いていた。確かめるように、逃れるように、何度も。気が触れたとしか思えないその様子を見て、フーゾさんは気の狂った男に撃たれたのだろう、と憶測を立てる。
とりあえずフーゾさんから距離を取らせようと、力のはいっていない男の体を引きずって壁に凭れさせた。横目に見た彼は、シイさんに支えられながら、彼の頬に手を添えて、何かを話している。その声は、雨にかき消されて僕には届かなかった。否、拾うつもりが無かったのだろう。彼らの世界を、邪魔したくはない。
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「…シイ…?お前、顔…ひど…」
「フーゾ、フーゾ、喋んないでいいから」
「はは、なんていってるか、わかんね~…」
「じゃあ話すなよ馬鹿…!!」
水面が血で濁っていく様に、焦りを感じる。急いで包帯を探すが、それもフーゾに静止された。オレが一つ振ればほどけるだろう、弱々しい静止。それでも、彼との繋がりを消したくなかった。
「あんね、これ…むりだとおもうのよ。俺」
「だから喋んなって…っ!!傷、が…」
どくどくと、血が溢れていくように感じる。止まらない血が、砂時計の砂とそっくりに見えた。
「かりにも、こーにん殺し屋なんだから…こんくらいわかるよね…しけんでやったとこ」
「分かってるって…いいから黙れ!!!喋んな阿保、馬鹿、|懦夫《臆病者》!!!」
「はは、なぁに…?だきしめすぎ…かわい」
その言葉で、やっと自分がフーゾのことを抱きしめていたことに気がつく。浅くなる呼吸と、弱々しくなる心音に、絶望感が沸いて止まない。何か打開策を、と考えているのに、もう無理だと囁くオレがいることに腹が立つ。死にかけて、痛くて苦しい癖に呑気なフーゾにも、こんな時に限って助けてくれない神にも、怒りが溢れて、それらがひとえに絶望で流れていって、無力感だけが残った。
「しい、シイ」
「…なに」
「へへ…だいすき、おれの、おれだけのこいびと。泣かないで、ね…?」
「…雨だから、これ」
「かぁわいい…しい、ちょっとだけ、…おやすみ」
「うん、おやすみ。…愛してる、ずっと」
不意に、どしゃっと音がする。軍への連絡を終え急いで駆けつけると、シイさんがフーゾさんの横に倒れていた。まさかと思って脈を測ったが、どうやら気絶しているだけのようだ。安堵のため息を漏らして、改めて、フーゾさんの顔を見る。
その顔は安らかに、まるで眠るように、笑っていた。彼の頬に、雨粒が一粒落ちて、流れていく。雲をかき分けようやく顔を出した太陽の光は、ここには届かない。
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彼の葬儀は、軍人というには余りにも小規模なものだった。本当に、彼と親しい人のみが招待されたんだろうな、という面子の中には、リンくんの姿もある。目が合うと、会釈をする前に彼がこちらに向かってきた。
「…災難だったな、お前も。初めてだろ、戦争の手伝い」
「そう、ですね…でも、もっと災難なのは…」
一番この場にいるべき人を思い浮かべる。彼は、まだ目を覚まさないままだった。せめて自分だけでも葬儀に、と置いてきてしまったが、よかったのだろうか。
「放っておいてやれ。…何十年も一緒にいたんだ、整理には時間いるだろ」
「そうします」
ぶっきらぼうな彼の言葉が、今は一番優しく感じられた。そのまま軽く会釈をして、彼は立ち去っていく。その次にやってきたのは、暗い顔をしたクリスさんだった。
「惜しいやつを亡くした。…本当に残念だ」
そう顔を曇らせる彼女からは、珍しく覇気を感じられなかった。そのくらい、フーゾさんの存在は大きかったのだろう。その顔を見てしまえば、心中お察ししますの定型分を連ねる気にはなれなかった。
他の参列者も、みんな顔は曇っている。かくいう僕だって、きっとひどい顔をしているだろう。それでも、なんとか苦い事実を咀嚼して、飲み込んで、胃に蟠りを残したまま生きていくのだと思うと、気が遠くなりそうだった。
その後の交流も、まだ家にいるだろう彼を理由に断って帰路に着く。今はただ、シイさんが心配だ。
その心配は、思わぬ形で的中した。
家に帰ってまず、妙な音がすることに気がつく。何だろうかと音の出所である洗面所を覗くと、眠っていた筈のシイさんが立っていた。足元には、彼の光のような髪が、パラパラと落ちている。
以前聞いた、シイさんの髪の毛が長い理由。それは確か、彼の恋人であるフーゾさんに褒められたからだった。愛おしそうに髪の毛を撫でて「邪魔だけど、それすらも愛おしいんだ」と微笑んでいたシイさんの顔を思い出す。
それを切ると言うことは、即ち…
「シイさん、何してるんですか?!!」
止まった思考に焦燥が追い付く。慌てて彼の腕を掴むが、髪の大部分はざっくりと切られてしまっていた。腕を掴まれたシイさんが、不思議そうにこちらを見やる。
「あれ、零くん?どこ行ってたのさ」
「そうじゃなくて、シイさん何してるんですか!その髪…!」
キョトンとしていた彼が、納得したように顔を綻ばせた。昨日の彼とは別人のようなその顔に、ひどく違和感を覚える。
「これね、邪魔だから切ったのよ」
なんでもないように笑うシイさんの真意が、僕には分からなかった。あんなに大切に、愛おしそうに手入れをしていた綺麗な髪の毛は、今や無惨な姿になっている。それがまるでフーゾさんとの思い出を、彼自ら傷つけているようで見ていられなかった。
「ところで、零くんどこ行ってたのよ。いたら零くんに切ってもらおーと思ってたのに」
「どこって…フーゾさんの葬式ですよ…!」
自分でも、顔が歪んでいるのが分かる。シイさんからすれば忘れたい事なのかもしれないが、それにしたって何かおかしい。昨日、フーゾさんが軍の人たちに運ばれたあとも、あんなに泣いていたのが嘘だなんて思えなかった。
だから信じられなかった、信じたくなかった。心底不思議そうなシイさんの、耳を疑うような一言が。
「フーゾって、誰?零くん寝ぼけてる?」
◆To be continued…?
「…なぁ、本当にこれで良かったのか?」
「何故だ?私は満足しているぞ?」
「っ…だって、彼が死んだんだぞ…?!それなのに、なんで…」
「戦争には人の死が付き物だ。違うか?」
「違わない…が…」
「ふ、本当にお前は面白いな?」
「…何故笑う」
「ちゃっかり自分の分の報酬は貰っておいて、敵国の軍医を気遣うとは…とんだ偽善者だと思ってな」
「…君には、言われたくないよ」