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番外編 アーゼンside
「ねえ、アーゼン」
「アーゼンったら!」
「ねね、アーゼン!」
「ね、アーゼン聞いてよ」
これは俺のかわいい婚約者の話である。
……とまあ、俺が歩いていようが剣を振っていようが、ルーフェリアは基本こんな調子だ。
俺は、魔族の中でも戦闘種のワイバーン族。
感情を顔に出さないのが美徳とされる種族だ。
でも。
相手がルーフェリアだと、その規律がだいぶ危うい。
「ねえ、アーゼン。ほんとに昨日ごめんなさいっ! だから、代わりと言っては何だけど……」
俺は剣を磨く手を止めた。
(……何だ。代わりって、なんの話だ? 謝られるようなことをされた覚えは……まあ、多少はあるが)
ルーフェリアは胸の前で両手を隠していて、その指先だけがそわそわと動いている。
「……だから! えっとぉ……。てかなんか言いなさいよ! 小さいころみたいなおてんば感が少しはあってもいいんじゃないの!?」
「……すまない」
俺が謝ると、ルーフェリアはぷくっと頬をふくらませた。
昔から感情が顔に出やすいやつだ。
そこが、まあ……かわ──いや、何でもない。
「謝罪じゃなくて! 反応しなさいよ反応! こう……もっとこう……わあ、ありがとうルー! みたいなやつ!!」
「……」
(無理だ。今そのテンションで言ったら確実に声が裏返る)
感情を抑えるのが習慣のワイバーン族に、そんな芸当できるはずもない。
だが、なぜかルーフェリアは俺の無反応にさらに焦ってきた。
両手を隠したまま、足元でくるくるつま先を回している。
(……何を渡すつもりなんだ)
気になる。
でも催促すると余計に言わなくなるのがルーフェリアだ。
なので俺は、剣を置いて彼女の方へ体ごと向いた。
「ルー」
「な、なによ」
「何を渡すつもりだ?」
その瞬間、ルーフェリアの肩がビクッと跳ねた。
「や、やっぱり! 聞くのね!? いやまあ当たり前よね!? 聞くわよね!? でもほら、こっちも色々と心の準備が──」
「……渡す気がないなら無理にとは言わない」
そう言った途端。
「あるわよ!!!」
勢いよく食い気味に言われた。
(……あるんだな)
「……ほら、受け取りなさいよ。これはもともと……あんたの誕生日に渡すつもりだったけど、ちょっと時期がずれたようね」
「……早すぎないか? 俺の誕生日まであと5ヶ月はあるぞ」
「うるさいわね! さっさともらいなさいよ! グダグダ言わずに!」
勢いよく押しつけられた袋を受け取った瞬間、中身が布ではなく革だと分かった。
(……これはもしや)
取り出したのは、片手ずつの黒の戦闘用手袋だった。
指先だけ爪が出る形になっていて、手の甲には軽い衝撃を吸収する薄い魔革が仕込んである。
ワイバーン族向けの実戦特化型。
そして。
(これ、俺が以前破いた手袋と……同じ型だな)
ルーフェリアがぽつりと言う。
「前に訓練で破けたでしょう? 魔王城の工房で特注してもらったのよ。あんた、爪が鋭いからすぐダメにするんだもの」
「……」
「予備があって損はないでしょ? 護衛やるって決まったし、ちゃんとした装備いるじゃない」
俺が黙ってルーフェリアを見つめていると、
「……っ何よ。私はもう部屋に戻るからっ!」
耳まで真っ赤にしたルーフェリアがすたすたと歩いていく。
「待て」
「……何よ。文句でも……っ」
「ありがとう。ルーフェリア」
ルーフェリアはぴたりと足を止め、振り返りもせず肩をすくめた。
「……べつに。実用的だと思っただけよ」
「大切にする」
「……っそう」
俺がまた剣を磨き始めると、ルーフェリアは数秒立ち止まり、部屋から出て行った。