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1-2
少年は『或る依頼』を受ける。
探偵社に舞い込む依頼も同様だった。
敦君と僕は、港にほど近い赤煉瓦で作られたビルに居を構える、武装探偵社へと来ていた。
向かう先は会議室だ。
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--- 1-2「少年と異能者連続自殺事件」 ---
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重厚な扉をゆっくりと押し開ける。
さして広くも無い、けれど必要十分な規模の会議室。
壁の一面には大きなスクリーンが、もう一面にはホワイトボードが置かれ、固めて並べられた長机のまわりを十数人ぶんの椅子が囲んでいる。
昼と夜の間をとりしきる薄暮の武装集団、武装探偵社。
港湾都市ヨコハマにおいて、官憲だけでは如何しようもない事件を解決する異能者集団だ。
その方針と決定は、この会議室で生まれる。
福沢さん、春野さん、国木田君、乱歩、与謝野さん、谷崎君、ナオミちゃん、賢治君、鏡花ちゃん、そして……敦君。
太宰君こそいないものの、残る社員全員が会議室に集められている。
錚々たる面々に、これから始められる会議の内容の重さを感じたのか、敦君は少し緊張しているようだった。
一体、何があったというのか。
ま、予想はついているけど。
全員が席につき、国木田君が会議室の照明を落とす。
スクリーンに、ある街の様子が映し出された。
煉瓦造りの建物が目を引く、商店が軒を連ねたレトロな街並み。
猥雑でありながら|郷愁的《ノスタルジック》な雰囲気が漂う。
画面の端には時刻と場所が表示されており、深夜の台湾、デイーホアジエであることを教えてくれる。
暫くして、街並みに薄い靄のようなものがかかった。
──霧だ。
霧はゆっくりと、しかし着実に濃度を増し、街を呑み込んでいく。
街が霧で見えなくなったところで、映像が早回しにされた。
「──これは三年前に台湾のタイペイ市街にあった監視カメラの映像です」
生真面目な光景が説明する。
「見ての通り、濃い霧が、数分間という短時間で発生し、消失しています。ですが、これはただの異常気象ではありません」
画面の中の霧が晴れる。
映像が停止され、新たなものに切り替わった。
カシャリ。
硬質な音と共に映されたのは一枚の写真。
先ほどと同じ場所を、近付いて撮ったのか、煉瓦の建物に挟まれた道路が画面の中心に通っていた。
道路の真ん中には、多くの人が集まって、何かを囲んでいる。
さらに近付いた写真が映し出され、其れが何かが明らかになる。
路面に這いつくばり、真っ黒に炭化した────。
「この霧の消失したあと、不審な死体が発見されています……この焼死体です」
──もとは“人間”であった消し炭が、其処には転がっていた。
余程の高熱で燃やされたのか、道路まで焦げ付いている。
髪や服は勿論、骨さえ残っていない。
当然乍ら、容貌も表情も判る筈がなかった。
路面にこびりついた人のかたちの炭を、地元警察と思わしき人々が取り巻いている。
あまりにも惨い映像だった。
まぁ、良い気分ではない。
「ひどい」
自然、敦君の口から声がもれた。
炭化するほど死体を燃やすとか、まぁ、正気の沙汰ではない。
敦君が眉をひそめ、誰もが凄惨な現場に口をつむぐなか。
乱歩が駄菓子をぽりぽりと食べながら指摘した。
「この人、異能力者だね」
「仰る通りです。流石です、乱歩さん」
スクリーンの横に立って説明をしていた国木田君が、確りと頷いた。
「その界隈では有名な炎使いの異能者でした」
国木田君がリモコンを操作し、次の画面を映す。
「これは一年前のシンガポール」
スクリーンに獅子の頭と魚の胴を持つ、マーライオンの像が映った。
水辺にある白い像は、雑誌などでも多く見る景色だが、注視すべきはマーライオンの背だ。
男が、磔にされている。
だらりと力のない手足。
青白く変色した肌。
何より、全身に刺さった無数の|手札《カード》。
赤と黒で彩られた、トランプの手札だ。
男が死んでいることは明らかだった。
「やはり、濃い霧が発生、消失した直後に、発見された変死体です。彼は、手札を操る異能力者で、腕利きの暗殺者でした」
国木田君は淡々と語り、指を動かした。
手札に切り裂かれた男の写真が消され、今度は、巨大な氷柱に貫かれ絶命した女が映る。
「これは半年前のデトロイト。やはり霧のあとに発見された遺体」
多くの車が行き交い、高層ビルが立ち並ぶ都会の中心で、なぜか、地面から幾つもの氷柱が突き出している。
透明な槍となった巨大な氷柱は、女を高く持ち上げ、空中で死に至らしめていた。
国木田君の声が響く。
「お察しの通り、彼女は氷使いの異能者でした」
「つまり、不可思議な霧が出現したあと、各国の異能力者が、皆、自分の能力を使って死んだという事だな」
福沢さんの言葉を聞き、賢治君が国木田君を見る。
「この霧に、なんらかの原因があるわけですか?」
疑問のかたちを取っているけど、それは確認だ。
あたり覆う霧と、能力者の死体。
無関係な訳がない。
国木田君は軽く首肯した。
「確認されているだけでも、同様の案件が128件。おそらくは500人以上の異能者が死んでいるでしょう」
眼鏡を人差し指で押し上げる、
「異能特務課では、この一連の事件を、『異能力者連続自殺事件』と呼んでいます。……自殺と云えば」
ふと、国木田君が視線を上げた。
「太宰も阿呆はどうした?」
ま、その話題だよね。
自殺という単語で思い出すのなんて、太宰君ぐらいしかいない。
大袈裟に肩を揺らした敦君に、となりにいた鏡花ちゃんが不思議そうな顔をしている。
云いたくない、とか思ってるんだろうな。
「太宰君なら新しい自殺法を思いついたとかで、会議はパスだって」
「あのトウヘンボクが!」
案の定、国木田君が大声で叫んだ。
彼は何度も太宰君に逃げられ、振り回されている。
それはもう、気の毒になるほどに。
激怒する国木田君の顔と声には、怒りが溢れている。
「これだから彼奴は、もっと真剣に太宰を連れてこい」
「まぁ、そんなに怒らないで」
ほんと、敦君が怒られている意味が判らない。
全部太宰君が悪いのに。
国木田君が話を止めている間、僕は会議室内を見渡す。
金庫にお菓子を入れている乱歩に、それを見てる賢治君。
事件の概要を再確認した谷崎君に、彼を締め上げているナオミちゃん。
そんな個性豊かな中、冷静な声を与謝野さんがあげた。
「で、この件がうちとどう関係してるんだい?」
手元の資料を見ながら与謝野さんは問う。
「妾らも異能者だから気をつけよう、なんて話じゃないんだろ?」
「異能特務課からの捜査依頼です」
敦君をしぼりおえた国木田君が神妙な顔になる。
「この連続自殺に関係していると思われる男が、このヨコハマに潜入しているという情報を得て、我々にその捜査、及び確保を依頼してきました」
「……やっぱりね」
予想がついていたとはいえ、探偵社も駆り出されるとなると面倒なことになりそうだ。
気がつけばスクリーンに見覚えのある、線の細い青年の写真が映し出されていた。
癖のある長い白髪。
白皙の肌。
白い容貌のなか、真紅の瞳が昏く煌く。
国籍と名前、年齢以外の記録は、一切が不明と書かれている。
「澁澤龍彦、二十九歳。わかっているのは何らかの異能力者である事と、|蒐集者《コレクター》という通称だけです」
「|蒐集者《コレクター》……」
賢治君が国木田君の言葉を繰り返す声が聞こえる。
敦君の肩が、小さく揺れるのが見えた。
なーんか、嫌な予感がするんだよな。
「どうかした?」
「……いや、何でもない」
ぱちりと音がして、会議室に灯りが点いた。
一気に部屋が明るくなる。
互いの顔が見えるなか、福沢さんが告げる。
「武装探偵社はこの依頼を受ける」
「……。」
「この事件の直接の被害者は能力者であり、探偵社員である諸君らの安全を守る為でもあるが、それ以上に、この事件には、より大きな禍を社会にもたらす予兆を感じる」
より大きな禍を社会にもたらす予兆、か…。
確かに、僕もそんな気がしていた。
「探偵社はこれより、総力をあげて、この男の捜査を開始する──」
少年は改めて資料に目を通し、小さくため息をついた。
原罪を象徴する赤い果実は月光で輝く。
次回『少年と情報提供者』
月明かりに照らされた“其れ”を、僕はそっと手に取った。