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Episode5.人間不信のお嬢様が恋をしない話。
「ふあぁ…」
私、華夜乃はあくびをしていた。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「うん、ちょっとなかなか眠れなくてね。」
思い出したことのせいで、ベッドに入ってから三時間ぐらい寝られず、六時間の睡眠時間が三時間になってしまった。最悪な気分だ。いつものように学校に行き、非常階段に行く。今日も本を読もうと思ったのだが、眠すぎる。もうそのまま寝ることにした。
夢を見た。昔の家族やクラスメイトたちがいた。彼らは口々に言う。
『なんでお前なんかが幸せになってるんだ』
『お前なんか死んでしまえばいいのに』
彼らは私のことを傷つけようとしてくる。
「ご…ごめんなさいっ…もうしないからぁ…助けてっ」
もう何も考えられなくて、ただただ逃げる。建物の脇をすり抜け走る。ガードレールを飛び越える。三時間ぐらい走って角を曲がると、そこには昔私が友達だと思っていた『茜』の家の子がいた。私を裏切った人だ。彼女は言った。
「あんたが…あんたが逃げたせいで私はまたいじめられてるのっ。もういい加減死んでよ…この苦しみを味あわせてあげるから。」
包丁を持っていた。振り下ろされる。逃げることができなかった。怖くて動けなかった。
(あーあ)
悟った。結局幸せになんてなれないんだな、と。目を閉じて、覚悟を決める。
衝撃がこなかった。
(なんで…)
恐る恐る目を開けると、そこにあったのは、さっきまでの薄暗い街じゃなく、いつもの非常階段だった。
「海音寺?」
ついでになぜか伊織がいた。私は恐怖で激しい動悸を鎮められず、再び意識を失いそうになる。そんな私を伊織が支えようと手を触れる。
「きゃあっ」
思わず強く振り払ってしまい、ついでに大きくのけぞってしまった。
「あ…ごめん…」
「どうした?」
「ううん、なんでもない」
伊織によると、どうやらもう昼で、来てみたらうなされていたので起こした、ということらしい。あんまり近くにいられるとちょっとぞわっとするのでスーッと離れる。伊織が不思議がっていたので過去については詳しく触れずに簡単に話すことにした。
「私、人間不信なんだよね。昔さ、いじめとか虐待とかにあってさ、信じてた人にも裏切られたんだよ。もう怖いし、信じられないし、そんな自分ももう嫌いだし。」
私は自嘲的に笑う。
「だからこうして誰もいないところに来てる。」
「ふーん。じゃあ俺は迷惑ってこと」
すごく答えづらい。代わりに嫌そうな顔をしておく。
「…」
「で、だから触られるのは嫌なわけ。」
「まあ、そうね」
見えない壁を作っている、ともいう。そして、そんなことより伊織がこんなにも喋ることのほうが驚きだ。表情筋は相変わらず真顔を作っている。こいつが動くことはあるのか少しだけ気になる。
「クラスの女子達とも話してあげればいいのに」
「やだよ。あいつらが話しかけてくんのなんか告白ぐらいだろ。よく知りもしないのに話しかけられてむしろどう返せってんだよ」
「それ言ったらおしまいだと思うけど?だって私は貴方のことよく知らないし。」
ちょっといたずらっぽい笑みを浮かべてみる。
「それよりお昼ごはん食べたいからどいてくれる?」
「俺にも」
(何を言っているのか)
言葉をギリギリで飲み込み、問いかける。
「なんで」
「いつも残してるから」
(いつも食べてないくせに)
妙に威圧感のある目で見てくるのでしょうがなくあげることにした。なんでこう見事に自分で作ったときに言うのか。「うまい」
「あっそ。全部食べていいよもう」
思考を放棄した。