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Extra edition.1 55minutes
注意。
この小説は文豪ストレイドッグスの二次創作です。
オリジナルキャラクター(ルイス・キャロル、アリス)が登場します。
タイトルからも判るよう、小説版文豪ストレイドッグス第四弾「55minutes」のネタバレを含みます。
所々省略している部分があるためおかしな部分がございます。
というか、書きながら「何だこれ」と海嘯が思う展開になっています。
特に本編ラストが意味不明だと思います。
ご了承ください。
以上のことが大丈夫な方は、
どうぞ、迷ヰ犬達の夏をお楽しみください。
--- 2023/08/21投稿「予告」 ---
---
No side
その日、横浜は消滅した。
行政区画の青いビル達が、炙られた砂糖のように溶け落ちた。
沿岸の化学コンビナートが、太陽のような高熱でまたたく間に蒸発した。
舗装道路の上に行儀よく並んだ自動車の群れが、まるで気まぐれな神様から突然存在する許可を取り上げられたかのように、灰色の陽炎となって中の人間もろとも消えうせた。
窓から外の青い空を眺めていた少年も。
手を繋ぎあって海辺の公園を歩いていた恋人達も。
地下室で悪事の計画を立てていた犯罪者達も。
何もかもが突然、何の予告も忠告もなく、自分達が消えるのだという恐怖さえ与えられることなく──ある瞬間さっと消滅した。
奇術師が見せる手品のように。
手品と違うのは、消滅した半径35|粁《キロメートル》の大地と、そこに含まれる四百万人近い人間が、奇術師の思わせぶりなウインクとともに姿を表す──などということはなく、そして今後二度と元に戻ることはないということだった。
横浜の沖合を爆心地として、高熱はほとんど何も残さず、あらゆるものを持ち去っていってしまった。
決して帰ってくることのできない遠いどこかへ、永久に。
かろうじて後に残されたのは、グツグツと煮える赤い液状大地と、死者の魂のようにゆらめく陽炎と、そして宇宙まで突き抜けているかのように深く青い、夏の晴れた空だけ。
そこは奇妙に静かだった。
寂しさすら漂っていた。
その上を、鮮やかに白い夏の積雲だけが、消滅した巨大都市になど興味ないという風に、のんびり空を泳いでいた。
──夏である。
消滅劇のはじめを告げる|開始点《ゼロアワー》は、それから僅か──
──55分前。
---
--- 2023/08/22投稿「55minutes」 ---
---
No side
横浜消滅の55分前。
ルイス・キャロルは海の上にいた。
双胴型の高速艇が白い飛沫を散らしながら波を切り裂いていく。
ルイスは高速艇の舳先に立って、飛沫まじりの風を全身に浴びていた。
空は青く、海はどこまでも続いている。
日差しは暑く、飛沫は冷たい。
誰が見ても“何かいいことがありそう”と思わせる快晴の日和だった。
敦「あ、ここにいらしたんですね」
そうルイスに話しかけてきたのは中島敦。
敦も舳先で風を受けに来たのだった。
ルイス「あまり船には乗らないからか、凄く気持ちいいなぁ……」
敦「僕なんか船に乗ったの芥川と戦った時以来ですかね。そもそも乗る機会なんてありませんから」
そんなことを話していると、後ろの船室からルイス達を呼ぶ声が聞こえてきた。
???「おい敦! あとルイスさん! そんな舳先に立って、海に転げ落ちても知りませんよ!」
敦「国木田さん、僕こんなに速い船に乗ったの初めてです! 気持ちいいですね! 速いし、良い天気です!」
国木田、と呼ばれた眼鏡の青年が、船室のドアから出した顔をしかめた。
国木田「天気も速度も、見れば判る」
そう云って国木田は懐から手帳を開いた。
国木田「本日の気象状況は降水確率0%だ。風速は南の風のち南東の風で、波の高さは1|米《メートル》のち1.5 |米《メートル》。それから──」
ルイス「相変わらずその手帳には何でも書いてあるねぇ……」
国木田「俺の手帳には万象の予定が書き込まれてます。何事も手帳の予想通りになるのは善いことだ。一度天気予報が外れて気象庁に乗り込んだことがありますが」
表情を変えずに物騒なことを云った国木田は、手帳を閉じながらルイス達を見た。
国木田「そんなことより船室に入ってください。特に小僧、この船に乗っているのは遠足ではないぞ。仕事の打ち合わせをする」
敦「あ、はい、了解です」
敦は素直に舳先から飛び降りた。
それにルイスも着いていく。
空の上で、船を追って飛んでいるウミネコがミャウミャウと鳴いた。
ルイスside
国木田君と敦君の背中を追って船室に入る。
冷房で冷やされた空気が、優しく頬を撫でた。
船室の中は十畳ほどの待合室だ。
壁には地図、救命胴衣、乗組員の集合写真が飾られている。
部屋の中央には会議にも使えそうな長机があって、周りを長椅子がぐるりと囲んでいた。
国木田「見ろ、すでに探偵社の調査員が全員集まって、お前を待っている」
敦「待って……、いる……?」
室内を手で指し示した国木田君に対し、僕達は室内のメンバーを見渡した。
先ほど説明した長椅子に座っている人物は四名。
僕は(多分敦君も)思った。
これは待っていると云うんだろうか。
谷崎「うーん、うぐぼえー、きもちわるい……なんで船っていうものは揺れるンだろうナオミ……? ああ、世界が揺れる……消化器官も揺れる……こみあげるこの想いにボクはうぐぶぼえええ」
ナオミ「あああ兄様かわいそうな兄様、いくら吐いてもナオミが看病してあげますからね、だからどんどん吐いちゃってくださいませ、うふふふっ」
普通にこの兄妹は怖い。
席の一番奥でぐったり伸びている少年──谷崎君は金盥に頭を突っ込み、青い顔で何やらうわごとをつぶやいている。
それを甲斐甲斐しく看病している妹のナオミちゃんは、何故か恍惚とした悦びの表情を浮かべていた。
ナオミちゃんは谷崎君が困るほど嬉しそうな顔をするが、未だに理由はわからない。
そんな二人の隣には──。
与謝野「この写真はイマイチだねェ、下顎骨裂傷がキレイに写ってない。おやこっちは上物だ、散弾が小腸と膵臓と脾臓をばっさりえぐり出して……吹っ飛ばされた仙骨までくっきりだ。じゃ、これは拡大して探偵社の壁に貼る奴、と」
一体何を貼ろうとしているんだ。
机上に現像された写真を並べて丁寧に選別しているのは、探偵社の専属医の与謝野さん。
置かれた写真に写っているのはどれも凄惨な殺人現場の遺体ばかり。
体がねじ切れているもの、首が取れかけているもの、骨が飛び出しているもの──何十枚もの写真を並べ替えたり顔を近づけたりしながら、時々嬉しそうなため息をついている。
その隣には──。
賢治「んむぅ、むにゃむにゃ……モー子、きみはなんて素敵な牛なんだろう……見てよし撫でてよし食べてよし……むにゃ」
え、食べてよしって云ったよね。
倖せそうな笑みで寝こけているのは、最年少調査員の賢治君。
寝起きの凶悪さは黒社会の人間が逃げ出す程らしく、探偵社には寝ている彼を無理矢理起こす人間は、誰にいない。
僕達は室内の探偵社を端から順に見た。
そのあと逆側からもう一度順に見直した。
それから国木田君のほうを見た。
敦「……待っている……?」
国木田君は小さく顔をひきつらせた。
国木田「その、あれだ。待ち方は人それそれだ」
敦「太宰さんに至っては居すらしない様子ですが……太宰さんはどちらに?」
国木田「あの阿呆助か」
ルイス「彼なら集合場所の港で敦君が来る前に『泳いで行くよぅ〜』と云って海に飛び込んだよ。普通に異能力じゃ助けられないし、国木田君に関しては──」
国木田「助け出すのも面倒で放置して出港した。今ごろ海中で鮫に食事を提供している頃だろう」
本当に太宰君はどうしようもないな。
行動が奇矯で、次に何をするか誰にも読めない。
まぁ、“趣味は自殺”と公言している時点で意味不明なんだけど。
国木田君は太宰君を真人間にしようと苦闘しているけど、その努力が実る日が来ることはないと思う。
武装探偵社は横浜に居を構える異能者集団。
市民のみならず、政府機関からの信用も厚いけど──。
国木田「これより会議をはじめる。全員注目!」
国木田君が叫んだ。
しかし、誰も反応しない。
谷崎君はうなされているし、与謝野さんは写真の選定に夢中だし、賢治君は寝ているし、ナオミちゃんは兄以外に興味がない。
まぁ、そうなるよね。
個性的で個人主義の探偵社員は中々制御が難しい。
基本的には個人あるいは二人一組で仕事をする。
でも今回みたいに集団で仕事にかかる場合は音頭を取る人間──大抵は国木田君──が苦労を背負っていた。
国木田「全員注目!」
国木田君の声がもう一度、むなしく部屋の壁に吸い込まれた。
敦君はそわそわしながら国木田君の方を見ている。
国木田君は全員注目、の|姿勢《ポーズ》で固まったまま微動だにしない。
社員も誰も反応しない。
敦「そ……それで国木田さん、会議っていうのは、何についてです?」
国木田「うむ、仕方ない。敦、お前がそれほど聞きたいのなら教えてやろう」
なんか国木田君がいつも以上にかわいそうに見えてきた。
てか、そういえば僕、今回は《《武装探偵社》》としてここにいる訳じゃない。
なら少し椅子に腰掛けて小説を読んでいても良いだろう。
今回、武装探偵社に入ったのは『盗賊退治』という特に何の変哲もない依頼だ。
しかしこれほどの調査員が動員されるのは少し違和感がある。
依頼人は相当慎重なのか、相当財布に余裕があるのか。
云ってしまえば、たかが『盗賊退治』だ。
あの『島』の|警備《セキュリティ》なら盗賊程度の存在に何も心配がいらないだろうに。
「そろそろ見えてくる頃だ。窓から覗いてみろ」
国木田君のそんな声が聞こえ、僕は小説から顔をあげる。
窓の外に見えたのは例の島。
国木田「大型洋上浮動都市『スタンダード島』。|独逸《ドイツ》・|英国《イギリス》・|仏蘭西《フランス》の欧州三国が共同開発した“浮遊する島”であり、かつ三国が共同統治する領土でもある」
その後、ダラダラと説明を始めた国木田君は置いておいて、僕なりに簡易的に説明をしてあげた。
ルイス「完全自給の|保養地《リゾート》で、本当に一言で表すなら島ではなくて『巨大な一艘の船』だね」
敦「船、って……何だか……冗談みたいな島ですね」
ルイス「いいや、あの島は実際冗談そのものだよ」
アリス『久しぶりに来たわね、スタンダード島』
ふと、頭の中にアリスの声が聞こえた。
僕はそうだね、と心の中で返事をする。
英国が共同統治していることもあってか、結構この島には来たことがあった。
殆どが富豪の護衛とか、依頼できたことしかない。
船長とか、元気にしてるのかな。
そんなことを考えながら、僕は船が止まるのを待つのだった。
敦side
島に入る前に。高速艇の中で厳重な身分確認が行われた。
指紋、網膜の確認のほか、所持品の徹底検査。
爆発物からはじまり、化学物質、薬品の検査。
軍事施設の立ち入りか、さもなければ戦争中の国にある空港への立ち入りかと思うほどの厳重な検査だった。
国木田さん曰く、この連絡船は島に入る唯一の手段であり、そこで厳しく身元検査することによって島内での危険活動や犯罪を水際で防いでいるのだという。
ともあれ、僕達は無事にその検査を突破した。
そして島の玄関である桟橋区域で高速艇を降り、島の大地を踏んだ。
島の景色を見て、僕は感嘆の叫びをあげる。
そこに広がっていたのは、完全な異国だった。
ルイス「……懐かしいね」
与謝野「おや、つまりここは英国領なのかい?」
ルイスさんは頷き、辺りを見渡す。
国木田「19世紀|倫敦《ロンドン》の街並みを模した地区だ。とは云え基礎部分や室内には最先端技術が詰まっている。生水で腹を壊すことはないから安心しろ」
敦「目が混乱しますね……」
国木田「最初に、全員にこいつを渡しておく」
そう国木田さんは云うと、懐から数枚の銀硬貨を取り出した。
敦「何ですかそれ? お駄賃?」
ルイス「残念だけど、これは売店で使っちゃ駄目だよ」
国木田「これは依頼人から預かった島での身分証だ。ルイスさん以外の全員分ある」
与謝野「どうしてルイスさんの分は無いんだい?」
ルイス「僕は探偵社としてこの島に来た訳じゃないからね」
別で貰ってる、とルイスさんは笑った。
その間に国木田さんは全員にコインを一枚ずつ配って歩く。
国木田「一般の観光客が持つのは銅貨だが、その銀貨から発せられる識別信号を扉にかざせば、一般客が入れない機密区分地域にも入ることができる」
僕は受け取った硬貨をくるくる回しながら眺めた。
裏面には三叉矛を持った海の神様らしき人物の姿が、表面にはどこかの王様の横顔が彫られている。
国木田「警備員に止められた時、その硬貨がなければ不審者として島外追放になる。絶対なくすなよ」
間違って売店で使うんじゃないぞ、と後押しされる。
と、その時。
一台の幌馬車がガラガラと音をたてながら僕達の前にやって来た。
???「はあ……。武装探偵社様ご一行ですか?」
盛大なため息とともにかけられた声に、僕達は振り返る。
馬車から降りてきたのは青い作業着を着た青年だった。
年齢は30歳前後かな。
だが、年齢の割にやけに年老いた印象を受ける。
何だか疲れた顔の人だなあ。
ウォルストン「私はこのスタンダード島の船長を……はあ、しております、船長のウォルストンと申します。皆様にお越し頂くよう手配した、はあ……依頼人でございます。どうぞお見知り置きを」
国木田「貴方が船長か。出迎え、感謝する。ところで……随分お疲れのご様子だが、大丈夫か?」
ウォルストン「はあ……ご心配、恐縮です。ですがこれが……はあ、私の通常勤務態度でございますので……はあ、お気になさらぬよう」
敦「はあ……」
僕はつられて似たようなため息を吐いた。
青い作業着に疲れた顔。
何だか船長というより、船の機関室なんかで働く修理工さんみたいだ。
それでも船長というくらいだから、この船で一番偉いんだろうけど。
国木田「ではウォルストン船長、早速依頼の詳細を伺いたいのだが」
不意に、気の抜けるような電子音が響いた。
よく拉麺の屋台で鳴らされる、|客寄せ笛《チャルメラ》の音だった。
ウォルストン「はあ、すみません、電話のようです」
船長が懐から携帯電話を取り出した。
ウォルストン「もしもし」
僕は疲れた顔の船長を見る。
随分変わった着信音を使っている人だ。
拉麺が好きなのだろうか。
ウォルストン「はい、それはもう! 申し訳ありません! 必ず見つけておきますので……皆様のご迷惑にはならぬよう、はい、決して!」
ルイス「……まさか船長」
ルイスさんは気になるところというか、気が付いたことがあるらしい。
ひとしきり何かを謝ったあと、船長は電話を切った。
国木田「どうもお互い気苦労が絶えん立場らしいなれ」
国木田さんが妙に同情した口調で云った。
ウォルストン「今……私の胃に大きめの穴が空いた感触がしました」
船長が息も絶え絶えといった様子でつぶやいた。
ウォルストン「それで、はあ……失礼致しました。皆様にはお宿を取っております。すぐ近くですので……はあ、道々ご案内しながら依頼のご説明をいたしましょう」
ルイス「ねえ、ウォルストンさん」
ウォルストン「ひゃい!? る、ルイスさん!?」
ルイス「え、今ごろ気が付いた?」
どうやら二人は知り合いらしい。
僕達の後ろ──船長から見たら死角に居たので気付かなかったのだと云う。
ルイスさん、そこまで身長があるわけじゃないから仕方ない。
ウォルストン「ずっと連絡が取れなくて……はあ、困っていたんですよ。はあ……富豪の方達が、貴方に会いたいと……はあ、本当に五月蝿くて……」
ルイス「客人に五月蝿いとか云っちゃダメじゃない?」
敦「あの、ルイスさんって人気なんですか?」
国木田さんに聞いてみたけど、何のことかさっぱり判らないらしい。
ルイスさんの謎が、また一つ増えた。
ルイス「今は探偵社にお世話になってるんだけど、僕も話を聞いても大丈夫?」
ウォルストン「大丈夫というか……はあ、此方からお願いしたいです……」
ルイスside
ウォルストン「はあ……それでですね」
英国風の街並みを抜けながら、ウォルストンさんは云った。
ウォルストン「依頼というのは、さる貴重な品を盗まんとする盗人共を退治して頂きたいと……はあ、そういった類のものです」
敦「盗人……どんな連中なんですか?」
そう、敦君が訊ねる。
ウォルストン「元来この島は、立ち入る人間の身元を厳しくチェックしております。さらに富裕層向けの|保養地《リゾート》として相応のセキュリティもあり……それ故にある種の貴重品をこの島に保管される方も多いという訳です」
国木田「それが盗賊に狙われているという訳か。それで、その貴重品とは何だ?」
国木田君の問いに、ウォルストンさんはゆっくり首を振って云った。
ウォルストン「“食べ物”です」
敦「食べ物?」
ウォルストン「世界で最も高い食材とされる、欧州のホワイトトリュフ。同じ重さの金の四倍もの値段で取引される幻の食材です。今我々が預かっておるのは、過去最高の値がつくと思われる“|宝石《ジュエル》”の名を冠したトリュフです。裏では100ユーロの値がつくだろうと云われております」
国木田「成る程。食材は食べれば消える特性上、絵画や宝石と較べて裏の密売でも買い手がつきやすい。それに食材は蒐集物よりも価値を見る人間が絶対的に多い。賊徒からすれば、手堅い獲物という訳だな」
ウォルストン「はい。|倫敦警視庁《スコットランドヤード》から、その品を狙う三人組の盗賊が動いているという情報を受け、こうして皆さんに依頼させて頂いたという次第で」
そこまでの話を聞いて、少し引っかかる点があることだろう。
盗賊退治に七人も派遣される必要があるか、否か。
まぁ、一人いないんだけど。
基本的には二人組で仕事をする探偵社員の通例からすると、相当な大人数。
国木田「どうなんだ船長? そちらには何か秘密の事情でも?」
ウォルストン「ひ、ひひひ秘密ですか? そのようなモノあるはずがないでございます!」
ウォルストンさんは急に飛び上がる。
ウォルストン「皆様をお呼び立てした理由は、ただただ品物の無事を万全のものとしたいという、それだけ、本当にそれだけの事でございますよ!」
ルイス「うん、焦り過ぎ」
ウォルストン「ええと、その……ほら、もう宿に着きました。こちらです!」
指し示す方を見れば、四階建ての木組みの宿が見えた。
ここ、結構人気の宿じゃん。
よく取れたな、ウォルストンさん。
ウォルストン「さあさあ、お入り下さい。島の宿でも|解約《キャンセル》待ちがあるほどの人気宿でございます。まずは旅の疲れを癒して頂いて……ええ、本当に何も、皆様が懸念なさるようなことは決して起こりませんので!」
それだけ一気にまくしたててから、船長は付け足すように小さくため息をついた。
絶対何かあるな。
てか、電話の時に話していた内容が気になる。
見つけておく、か。
何か《《落としたり》》したのかな。
国木田「そういえば、ルイスさんは別の宿でしたか」
ルイス「うん。何かあったら連絡してよ」
じゃあ、と僕は旅館に入っていく国木田君達を見送る。
ウォルストン「ルイスさんはどこの旅館でしょうか……良ければ……はあ、お送りしますが……」
ルイス「久しぶりに見て回りたいから大丈夫だよ。それにしても、ちょっと老けた?」
ウォルストン「疲れているだけですよ……」
はあ、とまたウォルストンさんはため息をついた。
忙しいのかな、やっぱり。
ウォルストン「それで……はあ、ルイスさんも共犯なんですよね……?」
共犯。
ウォルストンさんの言葉に、僕は特に驚いたりはしなかった。
盗賊依頼というのは、探偵社員をこの島に集める為の口実。
本命の依頼は“未来を知る男”により、《《異能兵器が横浜近海で起爆されるのを防ぐこと》》。
この島は他国政府の介入を阻む治外法権の島。
なのでウォルストンさんに協力してもらい、適当な依頼で探偵社員をできるだけこの島に集めた。
ルイス「太宰君は、テロリストの侵入経路を摑んだり滞在に必要な硬貨を盗む手段など、秘密任務で別行動を取ってる。僕はこれで裏側を調べようと思っていたね」
太陽の光で反射し、硬貨が輝く。
その色は《《金》》だ。
最深部までの機密区域はこの金貨がなくては立ち入ることが出来ない。
だが、この硬貨は一般の観光客も職員も持つことは許されていないのだ。
これは、僕にしか出来ない仕事。
ルイス「そういえばウォルストンさん。電話に焦っていたけど、何かあったの?」
ウォルストン「じ、実は……」
その先の言葉を聞いて、僕は驚きを隠せなかった。
大声を出しそうになるのを必死に答える。
ルイス「ちょ、あ、うん、は?」
ウォルストン「今朝早くに着替えた時には持っておりましたから、それ以降の定期報告か、観光区域での移動時か……その辺ではないかと思います……はあ」
ルイス「いや、僕が聞きたいのはそういう話じゃない」
莫迦なの、と本気で思った。
金貨は本当に貴重で、絶対に他人に譲渡してはいけない。
なのに盗まれるとか莫迦すぎる。
ウォルストン「もし発見されましたら、何卒、何卒ご一報を」
*****
本当に莫迦だ。
もう、本当に莫迦。
アリス『語彙力が何処かに消えたわね』
仕方ないでしょ、これは。
そんなことを考えながら僕は、石畳の街路を歩いていた。
今回泊まる旅館は彼らの泊まる場所とは少し離れている。
考え事をしながらでも、まだ着きそうにはなかった。
ふと、僕は周りを見渡す。
スレート葺きの屋根を持つ漆喰壁の家屋も、空を睨んだまま固まっている|樋嘴《ガーゴイル》の石像も、精巧な|軒板飾り《バージボード》の施された白い図書館も、生まれ育った土地にあったもの、遠い過去に見た古い倫敦こ風景だ。
まるで英国に帰ってきたみたいだ、僕は思った。
懐かしい風景を眺めていると、何やら前方で騒がしい声が聞こえた。
???「逃げたぞ、追え!」
がやがやと騒がしい声にまじって、確かに誰かのそう云う声が聞こえる。
あわただしく大人達が駆けてゆく。
何の騒ぎだろうか。
職員「警備犯を呼べ!」
職員「顔は見たか!?」
職員「盗まれたものを確かめろ!」
“盗まれた”という単語に、少し心当たりが二つ程あった。
盗難騒動。
つまり、誰かが何かを盗んだのだ。
アリス『行ってみない?』
ルイス「え、面倒くさいんだけど」
アリス『《《彼》》に会えるかもしれないじゃない』
ね、と云ったアリスの言葉に流されるまま、僕は足を向けるのだった。
騒ぎは船着場に近い貨物保管区域で起こっているようだ。
僕達が島に入る時に通ったのとは別の、人ではなく荷物を搬入するための区域。
あたりには煉瓦でできた倉庫が並んでいる。
青い制服の島の職員が数人、倫敦の石壁が並ぶ路地から走ってきた。
敦「あ、あの! 何かが盗まれたって……何かあったんですか?」
職員「密入島だ!」
アリス『あそこに居るの敦君じゃないかしら?』
アリスの言う通り、そこには敦君が居た。
職員「君、このへんで黒髪で背の高い男を見なかったか?」
先程まで敦君と話していた職員が、僕に話しかけてきた。
実際にその男を見ていないので判らないけど、多分彼だろうな。
適当に返事をしていると、敦君が僕を見つけた。
ルイス「先刻ぶりだね。今は観光中?」
はい、と敦君はまだ少し動揺しているようだった。
職員の話を思い出しているのだろう。
敦「ルイスさん、密入島って密入国ってことですよね?」
ルイス「そうだよ。許可のない人間がこの島に来たんだろうね」
???「全く……密入島だけでなく、何か盗まれたかもしれないなんて、職員さんは大変だねえ」
ふと、そんな声がどこからか聞こえてきた。
騒ぎはすでに遠ざかり、今はあたりに僕達以外誰もいない。
???「敦君、ルイスさん。うふふふふ、そんな処で何をしているんだい? こっちだよ、こっち」
僕達は声の源を探して視線を走らせる。
そしてふと街路の一角に目を留めた。
それはトタン製の塵箱だった。
英国市街の景観を乱さないよう、目立たない灰色に塗られている。
高さはそこそこあるな。
同じくトタンの|円蓋《まるぶた》で封をされている。
その塵箱が、カタカタと揺れていた。
敦君はきょとんとしてその塵箱に近づいた。
それからおそるおそるふたに手をかけ、思い切って開いてみた。
???「ばあ」
敦「うわあ!」
ルイス「はあ……」
敦君が驚いてひっくり返り、蓋を持ったまま尻餅をついた。
僕はため息をつく事しかできない。
塵箱の中には太宰君が収まっていた。
ぼさぼさの蓬髪に、砂色の|長外套《コート》。
首には白い包帯。
顔には内面の読めないにこにことした笑み。
太宰「こんな処で逢うなんて奇遇だねえ」
敦「なっ……何してるんですか太宰さん、そんなとこで!」
そう、敦君は叫んだ。
彼は慥かに集合場所に置いていった。
なのにどうして島の中の、それも塵箱の中にいるのか。
敦「密入島って……ひょっとして太宰さん……?」
ルイス「十中八九そうだろうね」
太宰「いいねえ敦君、まるで探偵のような推理。部下の成長が早いのは大変喜ばしいことだ」
太宰君は嬉しそうに笑っていた。
彼の云っていることを、敦君は半分も理解できていないことだろう。
ルイス「首尾良く島に入れたまではいいものの、途中で職員さんに見つかった。とっさにこの塵箱に隠れて難を逃れたってところかな」
太宰「その通りです。中の塵を出す暇もなかったから、今私の体はたいへん生臭い。しかし無意味な塵になったみたいで素敵な気分だ。ここに住もうかな」
はあ……と敦君はそれ以外に何も言葉が出てこないようだった。
敦「でも太宰さん、何もそんな苦労して密入島しなくても、太宰さんも僕達と同じ連絡船に乗ってくればよかったじゃないですか」
太宰「その問いへの答えは三つある」
太宰君はちっちっちと指を振った。
少しばかり苛ついたのはここだけの話にしておこう。
太宰「まず第一に折角これほど奇妙な島なのだから舞台裏がどうなっているのか一度見てみたい。第二に、最近国木田君が私の行動に慣れてきて反応が普通になってきたから思い切った意外性を狙いたい。第三に、これでもれっきとした仕事の最中だ。さる別命を受けて密入島の方法を調査中なのだよ」
敦「はあ……でも別命っていうと、太宰さんの仕事は盗賊退治とは違うんですか?」
太宰「盗賊退治はこの島で起こりつつある厄災のほんの一端に過ぎないよ」
急に太宰君は笑みを消して云った。
それだけで周囲の気温が数度下がった気がする。
あまり話しすぎるのもどうかと思うが、まあ太宰君は何か考えがあるのだろう。
敦「厄災って……」
太宰「そうだなあ。……首から|映写機《カメラ》を下げ、黒いアタッシュケースを持った背広の男。そいつを見かけたら、後で私かルイスさんに報告してくれ給え。あ、捕まえようなんて思わない方がいいよ。非常に危険な異能者だからね。下手に手を出すと、《《この横浜ごと吹っ飛ばされかねない》》」
敦「……え?」
敦君は眉をひそめる。
まあ、話のスケールが大きすぎるからな。
敦「それって、どういう……ルイスさんも関係しているんですか……」
太宰「詳しいことはまだ云えないのだけれどね。まあ、ひとまず君達は盗賊退治に集中してくれ給え。あ、ちょっとその蓋取ってくれる?」
太宰君は笑顔に戻って、敦君の足下の蓋を指差した。
彼が入っている塵箱の蓋だ。
敦君は当惑して固まっているので、代わりに僕が蓋を手渡す。
太宰「ありがとうございます」
蓋を受け取りながら、太宰君はふと思い出したように云った。
太宰「ああ、忘れるところだった。ここに来る過程で知ったのだけど、この島には今ポートマフィアの構成員が数名入っているらしい。誰かまでは判らなかったが、一応気をつけた方がいい」
敦「ポートマフィア、ですか」
敦君は顔をしかめた。
あまりポートマフィアにいい思い出がないからだな、多分。
太宰「そう怖い顔をすることはない」
ルイス「彼らも人通りの多い場所ではそう滅多に襲ってこないだろうからね。何かあったとしても、君の逃げ足にはそう簡単に追いつけない」
太宰「まあ、私が云いたかったこともルイスさんと同じだ。では私はこれで。君達の仕事の成功を祈るよ」
太宰君がそう云うと頭を引っ込めて塵箱の中に収まってから、自ら蓋を閉めた。
軽やかな声とともに塵箱がぽんと跳ね、横向きになって転がった。
そのまま路地の奥、下り坂になった道の先へと転がっていく。
太宰「|Bon Voyage!《よい旅を》」
むやみに明るい声を一つ残して、彼は塵箱に入ったままガラガラと転がっていった。
坂道を転がっていき、塵箱はやがて見えなくなった。
後にはぽつんと残された僕と敦君が立ち尽くすばかり。
ルイス「旅って、仕事に来てるのに彼は……」
敦「あはは……そういえばルイスさん、探偵社として来ていないって云うのは太宰さんと同じ命で来ていたんですね」
まあ、と僕は苦笑いを浮かべながら答える。
ルイス「それじゃあ、仕事頑張ってね」
僕はひらひらと手を振りながら、その場を後にするのだった。
*****
敦君、ついでに太宰君と別れた後、僕は島の観光区と呼ばれるエリアを歩いていた。
島はおおまかに分けて居住区、実験区、機関区、観光区に分割される。
居住区は島の管理職員が住む区画。
実験区は発電航海の実験施設であるこの島で、各種の試験を行うための区画。
機関区は島が“船”として後悔するために必要な施設が立ち並ぶ区画。
確か例の“宝石トリュフ”は、その機関室のさらに奥深くに位置する金庫室に保管されているらしい。
そして観光区は音楽行動や宿泊施設、海水浴場や商店街が並ぶ地区。
相変わらず観光客で溢れている。
町並みの向こうに見える時計塔には見慣れた時計がかけられていた。
他の町並みからだと、また違う意匠の時計がかけられているのが判る。
個人的には、見慣れたこともあってか19世紀倫敦の町並みから見る時計が一番好きだ。
遠くからでもよく見える時計の時刻は、11時27分。
時計塔から目を落とし、僕は周囲の町並みを眺める。
アリス『ねえ、ルイス』
アリスが話しかけてきて、少し肩が跳ねる。
ぼーっとしていたから、普通にびっくりした。
ルイス「どうかしたの?」
アリス『何でまだチェックインしないのかしら、と思って』
ルイス「仕事を早く終わらせてゆっくりしたいから」
それに、船長の落とした金貨を早く見つけたい。
無いと色々と面倒くさいんだよな。
昔と変わっていないなら、身分証の再発行を担当しているのは老人だ。
しかも1分でも遅れるとへそを曲げて、話を聞いてすら貰えない。
まあ、普通に面倒くさいお爺さんなのだ。
アリス『……ルイス』
何の用か聞こうかと思うと、携帯電話が鳴っていた。
画面に映し出されるのは“国木田独歩”の文字。
国木田『国木田です。今、時間とかありますか?』
ルイス「どうかしたの?」
国木田『敦が盗賊らしい三人組を見つけました。機関区に近い、白い美術館の横です』
ああ、とルイスは顔を上げた。
目の前には白い美術館の入り口。
特に騒動が起きている様子はない。
まだ例の“宝石トリュフ”は奪われたないのだろう。
ルイス「その美術館なら、今目の前にあるよ」
国木田『はあ!?』
電話越しでも判るぐらい、国木田君は驚いていた。
とりあえず、話を詳しく聞いてみることに。
敦君が一人で追っているが、他の社員が着くまでに時間が結構かかる。
なので僕に敦君のサポートをしてもらいたい、と言うものだった。
ルイス「まあ、手伝ってあげるよ。なんかあったらまた連絡ちょうだい」
盗賊の名は“ネモ”で、壁を通り抜ける異能を持っている。
厚み5|糎《センチ》以上の壁は抜けることができないらしい。
この美術館にはそんなに厚い壁がないと思うから、関係ないけど。
もし機密区域に入ったとしても、僕が追える。
???「落とし物しましたよ!」
他の施設に通じる通路がある地下二階に僕は居た。
いや、今の声って何。
アリス『敦君ね』
それは判っている。
僕が聞きたいのはそういうことじゃない。
曲がり角から声のする方を覗いてみる。
敦君と、どこかで見たことのある男がそこにはいた。
アリス『やっぱり彼がネモだったのね。数年前に、一度だけ会ったことがあるわよ』
ルイス「全く覚えてないや」
そんなことを呟きながら、僕は携帯のカメラを起動した。
ネモ「した少年、落とし物とは何ぞ?」
敦「え?」
ネモ「いやだから落とし物」
敦「そ……それは貴方が一番ご存じでは!?」
三人組の盗賊は、同時に首をかしげた。
これは面白いことになる予感。
敦「貴方がいつの間にか落としたもの……それは決してすぐ気づくものではありませんが、確かに貴方はかつてそれを持っていた。なのにどうしたんです。あんなに大切にしていたものを、貴方はいつの間にか失ってしまった!」
後でこれ、敦君に見せてあげよう。
見切り発車にしては、良いことを云っているのではないだろうか。
さて、ネモはどんな反応を──。
ネモ「おおお! お前の云う通りだ少年! かつて俺は偉大な大怪盗となるため人生の何もかもを盗みのために捧げていた! それなのに今は……!」
アリス『変わらないわね、彼は』
大仰に嘆くネモを見て、僕は笑い出しそうになった。
???「ボス! 落ち着いて下さいボス! ボスは今だって絶望的なまでに盗みのことしか考えてませんよ! いい加減場のノリに何となく流されて喋るのをやめて下さい!」
ネモ「そう云われてみれば……そうかも」
???「やいやいそこのチビ! うちの偉大なるボスを誑かそうたあ大した了見じゃねえか! ふん縛って海の真ん中に捨ててやろうかこの白髪野郎!」
おっと、相手を警戒させてしまった。
敦君の交渉術を眺めるのはここまでにしよう。
ガブ「俺は偉大なる大怪盗の一番弟子! 疾風のガブとは俺のことだ! この短刀、躱せるもんなら躱してみやがれ!」
少年が懐から取り出したのは、青く輝く鋼鉄の刃。
懐中に忍ばせるために作られた抜き身の短刀だ。
敦君なら問題ないだろうが、一応動けるようにはしておく。
敦「まっ、待って、もう一度話し合おう、」
ガブ「問答無用だァ!」
中段に構えられた短刀と共に、少年が突進した。
敦君は両腕を虎へと変え、受ける準備をしている。
虎の体毛は、確か銃弾も刃物も通さない。
ルイス「……異能力」
とりあえず短刀を転移させて攻撃手段を減らそうとする。
しかし呟き終わるより早く、絹を裂くような悲鳴が響きわたった。
ガブ「ぎゃあああああああああ! 何それ! 怖っ! 怖っ!」
少年が尻餅をついて後ずさった。
敦「……はい?」
ガブ「何そのウデうわちょっとやめろこっち向けんな! 何その……何!? 毛がものすげェ生えてるし! ぎゃああああ怖い! 生理的に怖い! ボスごめん、帰っていい!?」
立ち上がれないほどに驚いて絶叫する少年に、敦君のほうまでびっくりして動けないようだった。
僕も空いた口が塞がらない。
???「あああ、だから申し上げたではないですかボス」
中年がやるせなさそうな顔で云った。
???「ガブは連れてくるべきではないと……見ての通りガブは優秀ですが、死ぬ程肝っ玉が小さいのです! 一番弟子になったのも、単に他の弟子が全員辞めてしまったからですし」
え、そうなんだ。
ネモ「うむぅ、では仕方ない。お前が行け、ビルゴ」
ビルゴ「わわわ私ですか? むむ無理ですよ! 私はただの技師でございますから! 監視カメラを無力化したり暗証番号を抜き取ったりするだけの技術サポートが私の仕事! 戦闘は契約に入っておりません!」
ビルゴと呼ばれた中年の男は小動物のように頭を下げて後退した。
敦「……なんか……」
敦君は虎の両腕を掲げて叫んだ。
敦「なんか想像してたんと違う!」
それは魂の叫びだった。
まあ、僕も同じ気持ちだ。
その時──僕がいるところとは違う廊下の奥から声がした。
???「どれほど想像と違おうが、依頼を完遂できれば問題ない。よくやったな、敦」
敦「国木田さん!」
彼の後ろには、武装した島の警備員達がいた。
国木田「連続窃盗団の長、ネモ。壁抜けという強力な異能を待ちながら、そのあまりにもいい加減で向こう見ずな計画のために強盗はほぼ毎回失敗。部下も悉く愛想を尽かし、残ったのは素人に毛が生えたような連中ばかり。失敗と捕縛を繰り返しながら、持ち前の壁抜けで脱獄を繰り返し犯行に及ぶ。その脱獄回数、実に八十九回。大怪盗は無理だが、脱獄王は今すぐ名乗れるな」
アリス『……ああ、だからね』
ふと、アリスが口を開いた。
アリス『ネモの部下はコロコロと変わるのよ。そりゃほぼ毎回失敗するボスに誰が着いていくのか、という話よね』
ルイス「素人に毛が生えたような連中ばかり、か。確かにその通りかもね」
腰が抜けてへなへな床を這う少年。
情状酌量を求め、さっさと国木田に両手を差し出す中年。
よくここまで来たものだ。
国木田「敦。依頼人──船長に連絡しろ。依頼を遂行したとな。愉快な盗賊団との楽しい追跡劇も、これにて幕引きだ」
ガブ「ボス……ボス! すみません……俺がここは食い止めます! だから……ボスだけでも逃げて下さい!」
少年のか細い声に、ネモは答えない。
ただその太い脚でじっと立ち、周囲を睥睨している。
ネモ「俺だけでも、だと?」
その声に、追い詰められた焦りの色はない。
ネモ「俺の目標たる大怪盗ルパンには、異能も部下もなかった。それでも俺よりはるかに困難な盗みを行い、人々の心に残っている。彼に勝てぬことぐらい、とっくに諒解済みよ」
アリス『……。』
ネモ「俺は大怪盗ルパンとは違う。だからこそ、彼にないものにしがみつき、拘泥し、大怪盗の高みへのぼる礎とせねばならん」
アリスは、何かに気がついたようだった。
確かに先程よりもネモは前屈みになっている。
でも、それだけだ。
ネモ「俺の異能『厚み5糎以下の物体をすり抜ける』能力──つまり逆に云えば、ある程度までの厚みの物体ならば、《《肉体と干渉せず重なった状態でいられる》》、ということだ」
ここからでは、何が起こっているのかがいまいち判らない。
アリス『代わって!』
ルイス「え!?」
ネモ「俺は部下は絶対に見捨てん」
国木田「ば──爆弾だっ! 伏せろ!」
アリスside
あの形状、《《いつも通り》》手作りの爆弾かしら。
とりあえずは鏡で囲んで被害を軽減させる。
ルイスの異能力を使っても良かったのかもしれない。
でも、多分ここで爆発させた方が良いでしょう。
--- 『|鏡の国のアリス《Alice in mirror world》』 ---
鏡に囲まれた中で、光が幾度も反射する。
煙と風が、鏡の隙間から少し漏れた。
「「アリスさん!?」」
敦君と国木田君が声を揃えて叫ぶ。
いきなり変わったから誰もが驚いていた。
でも、そんなことより逃げられたわね。
爆弾に集中しすぎてどの方向に逃げたかを見そびれてしまったじゃない。
最悪だね、本当。
敦「国木田さん! この扉の向こうに逃げました!」
敦君の声が聞こえた。
視線を向けると、そこには横開きの自動扉。
しかし、施錠されているのか、押しても引いても開かないらしい。
敦「扉を開く方法を教えて下さい!」
国木田「おそらく認証式の|機密《セキュリティ》扉だ。扉の認証板に、銀貨を近づけてみろ」
敦君が懐から銀貨を取り出し、近づけた。
しかし鈍い電子音が鳴るばかりで、扉はいっこうに開く様子がない。
まさか、その先は“特別機密区域”かしら。
なら銀貨で扉の開くことはないわね。
残念だけど、爆発がまだ完全に治まっていない今、私はこの場から動くことが出来ない。
金貨を貸すことも難しい。
敦「国木田さん、船長に繋がりません」
国木田「何?」
どうやら船長に確認を取るために連絡を取っているらしい。
地下とはいえ、ここは電波が届く。
しかしどれだけ待っても、船長が電話を取る様子はない。
それどころか──。
国木田「おい。何か聞こえないか?」
国木田君が周囲を見渡しながら云った。
私の耳にもすぐにその音が聞こえた。
気の抜ける電子音──拉麵屋台て鳴らされる、|客寄せ笛《チャルメラ》の音。
敦「船長の……電話呼び出し音ですね」
国木田「扉の向こうからか……?」
国木田君が壁に手を当てながら云った。
その時、いきなり前触れもなく、扉が自動的に開いた。
国木田「うおっ!?」
国木田君が慌てて後じさる。
扉の向こうには兵士がいた。
でも、ただの兵士ではないわね。
大型の自動小銃を持ち、防弾装備に身を包んだ、完全装備の歩兵達。
数は十人以上かしら。
防弾|面《マスク》で顔が覆われているために表情は見えない。
兵士「この先は侵入禁止区画だ。即刻退去せよ」
国木田「何だと?」
兵士「退がれ。計画は一度だ。指示に従わない場合は敵意ありと見なし、火器を使用して排除する」
兵士達は機密区域への立ち入りを阻むように立ちはだかり、小銃をいつでも撃てるよう軽く構えている。
掲げられた自動小銃、その黒い銃口が、鈍く光る。
十人以上の完全武装兵士が、銃をいつでも国木田君に撃てるように向けている。
その兵士達の放つ威圧感は、獅子の開いた牙の間に顔を突っ込んでいるに等しい。
でも、国木田君は怯むどころか、声色ひとつ変えずに云った。
国木田「俺のほうも計画は一度だ、闖入者共。そこをどけ。俺達は依頼人の命で盗賊を追う探偵社だ。|仮令《たとえ》ここが治外法権の島だろうが、一般人に銃口を向けて脅すような外法が、俺の目の届く範囲で許されると思うな」
国木田君の全身から殺気が爆ぜる。
多分悪人を捕らえる機会を理不尽な理由で阻まれて、相当怒っているらしい。
武装兵士と国木田君は、開いた扉を挟んでしばし睨み合った。
アリス「──そこまでだよ、落ち着いて」
???「ほほう。これは中々骨のあるお客人じゃ」
私の声と、もう一つの声が重なる。
その嗄れた声は、不意に兵士達の向こうから声がした。
???「全員警戒解除。銃を下ろせ。その御仁をいくら銃で脅しても無駄じゃ」
そんな命を受け、兵士達がさっと銃を下ろした。
機械のように一糸乱れぬ動き。
そういえば軍人ね、彼ら。
そんなことを考えていると兵士達が道を開け、奥から軍服に身を包んだ老人が現れた。
アリス「……まさかこんなところで再会するとは」
国木田「貴方がこの武装兵士達の長か。俺達は悪人を追っている。機密区域への立ち入りを許可願いたい」
???「うむ。中々気骨のありそうな若者じゃ。儂の部隊で鍛えれば、さぞ良い兵隊になるじゃろう。じゃが──立ち入りは許可できぬ。残念じゃが金貨を持たぬ者をこの奥に入れる訳にはいかんからの」
国木田「金貨だと?」
アリス「貴方達が持っているのは一般職員用の銀貨。でもこの島にはそれよりも上、金貨じゃないと入らない区域があるのよ」
???「そうじゃ。もし金貨を持たぬ者がここに立ち入った場合、もしくは区域内で得た情報を外部に漏らした場合は、その者を即刻射殺して良いことになっておる」
それがこの島の絶対規範。
もちろん日本政府も同意書に署名していることでしょう。
???「にしても、貴君は探偵社とやらの一員じゃろう。なぜ金貨について知っておる?」
アリス「理由は簡単だよ。|アリス《私》は──」
ルイスside
ルイス「|ルイス《僕》だからね」
珍しく、彼は驚いている様子だった。
ルイス「元気そうで何よりだよ、大佐殿?」
???「……これはこれは、懐かしい」
老人──否、大佐は教師のような目でふわふわと笑った。
表情は温和で、皺の走る顔の上にふわふわの白髪が載っている。
田舎の学校の教師みたいだが、よく見ると顔には消えかかった白い古傷がいくつか走っている。
小柄な老軀ながら肩幅はがっちりしており、昔は相当鍛えられていた。
大佐「彼女は“|赤の女王《red queen》”だったか。随分と死の気配が取れ、まるくなったものじゃ」
ルイス「死の気配なんて、そう簡単に取れないよ」
僕は一ミリも笑うことなく、そう呟いた。
大佐「さて、君の正義感に免じて特別に教えよう。盗賊はすでに捕らえた」
国木田「そうなのか?」
大佐「この機密区域の中は監視映像で厳重に警備されておる。そして機密区域内における警備兵の練度は外と比較にならん。安心されい」
国木田君は数秒のあいだ大佐を睨む。
少し良くない状況だ。
何かしでかす前に止めないと、と考えていると彼はゆっくり云った。
国木田「いいだろう。そちらがそう主張するなら、後で依頼人経由で確認させてもらおうや、名前を聞いておこうか」
大佐「名乗るほどの名はない。ルイス君と同じく大佐と呼ぶといい。ここでもそう呼ばれておる」
敦side
ルイスさんが大佐と呼んだ時点で判っていたけど、やっぱり軍属なのだろう。
そんなことを考えていた、その時。
ふと風に乗って──微かな匂いが届いた。
虎化の異能を使った後は語感が鋭敏になる。
つまり、普段は気づかないような音や匂いも拾えるようになる。
身体感覚に虎が残っているのだろうか。
とりあえずその虎の鼻が、嗅いだことのある匂いをとらえた。
探偵社に入ってから幾度も嗅いだ匂い。
それでいて、決して慣れることのない匂い。
不快で鼻をつく、この臭いは──。
敦「まさか」
僕は考えるより早く飛び出していた。
兵士達が塞ぐ機密区域への入口に、無理矢理首を突っ込む。
兵士「おい、貴様! 何をする!」
ルイス「敦君?」
叫ぶ兵士達とルイスさんを無視して、僕は機密区域を見回した。
入口の先にはまた別の廊下が続いていた。
今いる場所と内装はほとんど大差ない。
兵士「扉から離れろ! 射殺されたいのか!」
兵士の忠告も、僕の耳のはほとんど入っていない。
僕の目は、その色をとらえた。
機密区域の奥にある、赤い色を。
廊下にべったりと広がる赤。
壁から天井までその赤は飛び散っている。
不快な臭いの源は、間違いなくそこだ。
敦「あれは──!」
僕は目を見開いた。
見間違いようがない。
白い壁に鮮やかな赤。
そしてその中心に横たわる体躯。
血と死体だ。
兵士「下がれ!」
兵士が力づくで僕を押し戻す。
銃床で無理矢理体を押し飛ばされ、よろめいて尻餅をついた。
国木田さんとルイスさんが傍に駆け寄ってくる。
国木田「おい敦、大丈夫か?」
ルイス「怪我はない?」
敦「……あの」
僕は茫然と云った。
目にしたのは一瞬だけど、見間違いようがない。
敦「死体が……ありました」
国木田「何だと?」
ルイス「まさかネモ達の死体が?」
敦「……違います」
僕も血の臭いを嗅いだ時はとっさにそう思った。
でも、一瞬だけ見えたその光景が、目に焼き付いている。
大佐「むう……見てしまったのか少年」
大佐が渋い顔をした。
大佐「先程も云ったが、この機密区画内の情報は、それがどんなものであっても口外してはならん規則じゃ。悪いが君達を、簡単に外に出す訳にはいかなくなったのう」
国木田「何? おい敦、何を見たのだ」
ルイスさんはハッとして、機密区域へと入っていった。
修理工のものに似た青い作業服。
疲れた顔。
拉麵屋台の呼び出し音。
僕はかすれた声で云った。
敦「依頼人が……船長が、死んでいました」
No side
監視映像、カメラ番号15B。
撮影区画、地下二階の機密区画の西廊下。
撮影時刻、午前11時28分、15秒から28秒のあいだの13秒間。
監視映像が映しているのは、無機質な白い廊下だ。
右手前から、左奥に向けて直線上に伸びている。
この区画に立ち入るもの自体が滅多にないため、床の汚れもほとんどない。
死んだように清潔だ。
その映像の右手前から、一人の人物の背中が現れる。
そわそわと周囲を警戒しながら、疲れた足取りで歩いていく青い作業着の青年。
敦達を島に招いた依頼人である、ウォルストン船長だ。
監視映像には音がない。
だが肩を落としている背中から、船長がいつものため息をついていることは判る。
船長はカメラの中央やや手前まで来て立ち止まり、前を見る。
その視線の先には、いつの間にかもうひとつの人影が現れている。
船長が何か云うと同時に、もう一人の人影がいきなり拳銃を取り出し、船長に向ける。
船長に驚いたり逃げたりする余裕すら与えず、人影が発砲。
廊下を閃光が何度も染め上げる。
船長は血の飛沫を床に撒き散らしながら、衝撃で踊るように宙を泳ぎ、そして倒れる。
人影は船長にさらに近づき、倒れてぐったりした船長にめがけてさらに弾丸を撃ち込む。
二発、三発。
やがて船長は完全に動かなくなり、この世から人の命がまたひとつ失われる。
壁も床も、塗料をぶちまけたように真っ赤に染まった廊下に立つ人物が、カメラの方を向く。
その人物は首から|映写機《カメラ》を下げた背広の男。
顔立ちからして英国人。
灰色のフェルトの|鍔帽子《ハット》を被っているため、髪色や頭の形までは判らないが、おそらく年齢は20から30歳だろう。
たった今人間をひとり無残に射殺したというのに、その男の目には何の感情も浮かんでいない。
さざ波ひとつ立てない湖畔のような静かな青い瞳が、まっすぐ監視カメラを見つめている。
不意に男が拳銃を向け、カメラに向けて発砲する。
衝撃とともに映像が途切れ、あとは白黒の砂嵐だけが残される。
──そこで映像が終わる。
ルイスside
ルイス「……それで、この映像を見せた理由は何?」
大佐、と僕は足を組み、どうでも良さそうに問い掛けた。
ウォルストンさんが殺される映像。
その一部始終を僕は見せられていた。
疑う余地もなく、背広の英国人がウォルストンさんを射殺していた。
大佐「我々がこの島の機密区域を監視する仏蘭西正規軍ということは、お前さんも知っているだろう? そして我々としては、何としても殺人犯を捕縛せねばならん」
ルイス「そんなことは判っている。ウォルストンさんが、機密区域で殺された訳だから」
大佐「それだけではない。実は殺人犯の身元は、ほぼ判明しておる。本国のデータベースに|合致《ヒット》した。奴は国際指名手配を受けたテロリストじゃ」
ルイス「まぁ、流石に僕も知っているよ」
黒いアタッシュケースこそ持っていなかったが、それ以外は特徴が合致する。
僕と太宰君が追っていたのも彼だ。
大佐「非常に危険な異能者じゃ。世界で起こるほとんどの重大事件及び事故では常にこいつの影があるとさえ云われておる。それ故に、各国諜報、機関の|重要手配人物《ブラックリスト》の常連じゃ。当然、各政府は血眼になってこいつを捜しておる訳じゃが……」
ルイス「あの人はもう十年以上も政府の追跡を躱し続けている。何かの異能を用いているんだろうけど、僕も知らないよ」
追跡者の動きを予知しているかのような手管から、ついた渾名が“未来を知る男”。
大佐「そもそも、奴ほどの要注意人物をこうして監視カメラに捉える事態そのものが奇跡に近いのじゃ。そしてこの島は簡単に出入りの船を調達できん、いわば超巨大な密室。我らは期せずして、稀代のテロリストを島に閉じ込めたことになる」
大佐が政府に報告した時、|対外治安総局《DGSE》の長官の血圧がどれほど上がったか。
想像するのはそう難しくない。
僕は小さくため息をつく。
ウォルストンさんの死は悲劇だけど、確かにテロリストを捕らえるにはまたとない好機。
ルイス「映像を見せてきた理由は判った。それで、僕と探偵社員が拘束された理由については?」
大佐「神出鬼没のテロリスト、目的不明の殺人。そして何故か現場のすぐ近くに立っていた、異国の民間探偵業者と元英国軍の戦神」
ああ、なるほど。
そう僕は笑うことしか出来なかった。
ルイス「疑っているんだね、僕達を」
大佐「白髪の少年は云ったぞ、《《横浜を吹っ飛ばす》》と。最初は君に協力をお願いしようかと思ったが、テロリストの可能性が出てきたから困ったものじゃ」
それは大変そうだね、と僕はまるで他人事のように云った。
大佐が表情に出すことはないだろうけど、驚いているだろうな。
何故僕がこんなに冷静なのか。
理由は単純、僕も探偵社もテロリストじゃないから。
現在万事屋を休業中である僕は、そう依頼を含めて何も受けていない。
探偵社も同じく、福沢さんはこんな依頼は受けない人間だ。
ルイス「そうだ大佐。横浜の吹っ飛ばす方法について何か知らない?」
大佐「……いや、これから聞き出す予定じゃが」
ルイス「黒いアタッシュケースだよ」
大佐は特に驚いたりすることなく、僕のことを見ていた。
ルイス「それに兵器が入っていてね、起動させたら大惨事だ。もしあの人を捕らえたいのなら、日本へ協力を要請するといい。異能特務課には《《お話》》するのが得意な人がいるからね」
大佐「まあ、選択肢に入れておこう」
その時、物凄い音が施設に響き渡った。
何事かと慌てる大佐に対して、僕は眉一つ動かしていない。
僕達が連行されている時、何故かあの近くに塵箱があった。
最近見たような気がする見慣れた大ぶりな塵箱だ。
そして、多分あの中には太宰君が入っていた。
例の依頼を遂行中だったのだろう。
しかしこの状況で、計画を変更せざるを得ない。
部屋の作りが同じなら、敦君が換気口で地上まで逃げられなくはないかな。
???「ルイスさーん!」
ふと、そんな声が聞こえた。
何度も反響しているのか、本当に微かにだったけど。
???「敦君のサポートをお願いしまーす!」
ルイス「……全く」
もう少し気づかれないように伝言できなかったのかな。
僕が笑っていると、大佐は腰から拳銃を抜いた。
安全装置は外されている。
大佐「動けば撃つ」
ルイス「別に構わないよ。どうせ当たらないから」
狭い監禁室に、銃声が鳴り響いた。
しかし、僕に当たることはない。
突然現れた鏡が銃弾を止めているのだった。
転移する前に聞こえたのは、大佐の悔しそうな声だった。
大佐「|赤の女王《red queen》か──!」
敦side
島の中心地点、どこにいても見える場所に、その塔は立っていた。
観測施設であり、島内の|目印《ランドマーク》であり、時計塔でもあるその塔は、巨大な風力発電の風車群を除けば島で最も高い建造物だ。
塔は先細りの三角形をしていて、三つある面のそれぞれが英国領、仏蘭西領、独逸領の方を向いている。
壁面はそれぞれの建築様式を模した、特徴的な意匠が施されていた。
塔の周辺には手入れの行き届いた人工林が広がっていて、石畳がそれぞれの領地に向かって放射状に続いている。
僕はその塔にほど近い石畳まで来ていた。
広い島だけど、虎の脚で駆ければ数分とかからない。
ここが、太宰さんの用意した“罠”の場所。
???「やっと追いついたわよ、敦君」
その時、聞こえるはずのない声が耳に入ってきた。
僕は驚いて振り返る。
綺麗な長い金髪が風で揺れた。
敦「アリスさん!?」
アリス「本当、私じゃなかったら追いつけなかったわよ。太宰君に貴方のサポートを頼まれたのは良いけれど、ちゃんと場所まで教えなさいよね」
腰に手を添え、怒りながらアリスさんはそう云った。
太宰さんに頼まれたって、僕のことを心配してくれたのだろうか。
先程まで頭に“他の探偵社員を救出すべきじゃないか”という考えがよぎっていた。
たった一人で伝説級のテロリストと戦うのは、あまりに腰が引ける話だ。
敦「……ありがとうございます、アリスさん」
アリス「別に感謝なんていらないわよ。それじゃ、頑張ってね」
そう云われたかと思えば、アリスさんのいた場所にルイスさんが立っていた。
ルイスさんは太宰さんの罠について何も聞いていないらしい。
敦「テロリストは兵器を持ち歩いていません。その隠し場所を見つけるため、太宰さんは偽物をこの時計塔に置いておきました」
ルイス「なるほどね。罠にかかった彼を捕らえて本物の場所を聞き出すのか」
敦「彼って……ルイスさん、ご存知なんですか?」
ルイス「僕も太宰君と同じ依頼でこの島へ来ているからね。“未来を知る男”については結構前から知っているよ」
元軍人だと色々知っているんだよ。
そう笑って云ったルイスさんは少し辛そうだった。
なんと声をかけるべきだろうか。
しかし、僕の思考はいきなり中断された。
頬を引っ叩かれたような衝撃が走る。
敦「ルイスさん、奴です」
英国領の石畳を、やや早足で歩いている。
塔へと向かっているらしい。
間違いない。
こちらに背を向けている。
気づかれてはいないようだ。
僕達は素早く木立の陰に隠れた。
ふと見えた時計は、11時55分になるところだった。
ルイスside
テロリストを追って、僕達は時計塔へと足を踏み入れた。
塔の一階は一般人にも解放された資料館になっていた。
高い天井に磨かれた床。
壁面には島の歴史や内部の構造などの展示が飾られており、時間のある観光客が数人、のんびりと見物しながら歩いていた。
僕はその観光客にまじって展示物を眺めるふりをしながら、標的を横目で追った。
テロリストは展示室奥の職員用|昇降機《エレヴエーター》へと足早に乗り込み、まっすぐ時計塔の最上階へと向かった。
どうも心なしか急いでいるように見える。
良い兆候だ、と思った。
偽のアタッシュケースに騙されて焦っているのかもしれない。
誰かに奪われる前にアタッシュケースを確保したくて、急いでいるのだろう。
僕達は相手が降りた階を確かめてから、後を追って|昇降機《エレヴエーター》に乗り込んだ。
念のため、目的地である最上階の一つ手前の階で降り、|階段《ラツタル》で最上階へと上ることにした。
|昇降機《エレヴエーター》を降りて、足音を殺して歩く。
室内は無人の|電探《レーザー》処理室になっており、灰色の計器が床を埋めるように林立していた。
この塔は艦橋の役割も果たしている。
船として航海するため、観測や電波探知を行う機器がここに集約されているのだ。
その中を僕達はひそやかに抜け、気配を探りながら|階段《ラツタル》を上った。
最上階に彼はいた。
首から下げた|映写機《カメラ》。
背広とフェルトの|鍔帽子《ハット》。
ウォルストンさんを撃ち殺した時に見せた、あの青い眼はここからは見えない。
足早に歩き、何かを探すように視線を左右に振っている。
そこには島をぐるりと見渡せる観測室だった。
壁面は全てガラス張りになっていて、島とその向こうの水平線が見渡せる。
北のほうの海に、水平線にへばりつくような横浜の陸地が見えた。
背広の男は、やがて測量机の上にあるアタッシュケースに顔を向けた。
見つけたらしい。
僕達は|階段《ラツタル》から首だけを出してそっと推移を見守った。
こちらから仕掛ける必要はない。
彼がアタッシュケースに触れれば、自動で罠が発動する仕組みらしい。
なら、その後にゆっくりと敵を捕らえればいい。
ルイス「……?」
しかし、男はすぐにアタッシュケースに近寄ろうとしなかった。
やや距離を置くように立ち、じっとアタッシュケースを見つめている。
テロリストとしては、そのアタッシュケースをすぐにでも回収したいはず。
まさか、何かを怪しんでいるのだろうか。
それならば──今、飛びかかるしかない。
敦君が脚に力をこめているのが判った。
男は拳銃を取り出した。
そして、アタッシュケースを《《撃った》》。
まるで憎い相手を撃つかのように、何発も何発も弾丸を叩き込んだ。
衝撃でアタッシュケースがはじき飛び、内部で機構が壊れる鈍い金属音がした。
ルイス「なっ……!?」
思わず驚愕の声を漏らした。
???「! 誰だ!」
僕達に気づき、テロリストが叫んだ。
想像よりもずっと高い、少年のような声。
飛び出した敦君が着地に失敗し、床に転がった。
そんな彼に、テロリストは素早く銃口を向けた。
銃口がまっすぐ敦君へ向く。
僕も飛び出して咄嗟に拳銃を構えた。
???「ここで何をしている!」
ルイス「何をしているのか聞きたいのはこっちの方だね」
少しテロリストは瞠目した。
僕も驚いていた。
彼の声を、聞いたことがあるような気がする。
もう少しで思い出しそうな時、彼は声を上げた。
???「ここに“殻”を置いたのは君達か! 君達はこれがどれだけ危険なものか判って──」
その時。
島全体が揺れた。
空が、紅く染まった。
敦「これは……!?」
敦君が外の景色を見て、驚愕の叫びをあげる。
紅い。
何もかもが。
海も、島も、地平線の向こうの横浜までもが。
理由はすぐに判った。
空だ。
《《空がなくなっている》》。
つい今しがたまで空があった場所を、紅蓮に燃える膜のようなものがすっぽりと覆っている。
空が隠されている──というよりむしろ、超巨大な紅蓮の殻が、島を中心とした一帯をすっぽりと覆っているのだ。
???「はじまった……!」
テロリストが血を吐きそうな感情を滲ませながら云った。
???「やはりこちらは偽物か! だとすれば本物は……」
敦「何だ? 何だこれは……!?」
ルイス「これが|殻《シエル》だよ、敦君。滅びをもたらす紅蓮の天球」
???「……行くぞ、少年。死にたくなければ」
テロリストが敦君の手首を掴んだ。
そして、もう片方の手で自身の顔の皮膚に爪を立てた。
???「私はこれの発動を止めに来た」
ルイス「き、君は……!」
僕は驚いた。
顔が一気に剥がされる。
皮膚に見えていたものは、精巧に作られた偽装皮膚だった。
頬と鼻、眉を覆っていたそれを剥がす。
帽子を取ると──中から現れたのは、《《金髪の女性》》だった。
ウェルズ「私の名前はH・G・ウェルズ。この厄災を止めるために来た」
そう、ウェルズは長い髪を振りながら云った。
ウェルズ「少年。未来を背負う覚悟はあるか?」
No side
球殻が海を覆う。
殻の半径は35|粁《キロメートル》。
海上のスタンダード島を中心として、横浜の陸地の大部分を呑み込んでいる。
紅蓮の球殻は、小さな太陽が地上に落下してきたかのように燃え、途方もない熱量を閉じ込めている。
その熱球殻が、急激に《《爆縮》》した。
内部へと向かってその熱量が殺到したのだ。
赤熱に触れた建物が、一瞬で溶解した。
高層ビルが、高架道路が、熱された|乳酪《バター》のように消滅していく。
最初の5秒で、五十万人が炭化して死んだ。
山林は炎上することすらできず、一瞬で白い炭になった。
大地すら融点を超えて溶け、沸騰する赤い汚泥となった。
それはもはや“燃える”という状態変化を遥かに超えていた。
超々高温度の熱が駆け抜けた後に残るのは、プラズマ化した分子が残す、魂の残滓のような白い煙のみ。
球殻の外には、かすかな温風ほどの熱も漏れていない。
しかし内部の都市は、神話の世界でしかお目にかかれないほどの焦熱地獄と化した。
ポートマフィア本部ビルの最上階で、組織の長である森鴎外が呟いた。
森「……これは、参ったねえ……」
窓の外に見える炎獄を眺めながら苦笑し、そのまま黒い炭と化した。
武装探偵社事務所の社長室で、社長の福沢諭吉が窓から外を眺めていた。
福沢「……間に合わなんだか」
焦ることなくそっと目を閉じたまま、融解した建物の泥濘に呑み込まれて消えた。
無数の人々が。
無数の人生と共に。
その煙幕に焼かれて、思い出や後悔や絆や生活や約束や記録や執着や野望や愛をまるごと残したまま、それでいてそんな諸々の人生など最初から存在しなかったかのように──白と黒の灰になって消滅した。
国木田と太宰は、島の石畳を駆けている途中でそれを目撃した。
国木田「何だ、あれは……!」
監禁室で暴れて脱出に成功した国木田の手首には、まだ手錠の痕がくっきり残っている。
太宰「あれが“異能兵器”だ」
太宰は奇妙に静かな声で云った。
太宰「ルイスさんも向かったと思うけど、どうやら間に合わなかったようだね」
国木田「あれが……異能だと? 莫迦な、あんなもの、異能力の|規模《スケール》をはるかに超えている!」
縮小する熱球殻が、二人の許まで到達した。
島を端から焦がしながら、熱殻があらゆるものを溶かす。
海水すら沸騰し、蒸発し、それすら足りずにプラズマ化した。
数千度の温度を持つプラズマ水蒸気が二人を吹き飛ばし、骨まで炭化させた。
太宰の持つ異能無効化でも、副次的に発生したプラズマ水蒸気までは無効化できない。
二人は影となって石畳に焼き付き、その石畳さえもすぐに溶解した。
消滅する瞬間に太宰が何かをつぶやいた。
だがその声を伝えるはずの空気すらプラズマ化し、どこへも届くことなくかき消された。
ルイスside
敦「なんっ……何ですかこれは! 一体どうやってこんなこと……!」
そう敦君が眼下の景色を見て叫んだ。
しかし、僕に言葉を返している時間はない。
“|殻《シエル》”を止める方法なんて、存在しない。
あの兵器自体を|異能空間《ワンダーランド》に送ることは無理だ。
鏡で熱波を抑え込むことは、兵器の力が強すぎて難しい。
ウェルズ「こちらだ!」
ウェルズが窓際で叫んでいた。
顔を上げると、熱波が島の中心地へ確実に迫ってきていることが判る。
巨大な熱殻が爆心地に向かって縮まっていた。
すぐに僕達のいるこの時計塔へ着くことだろう。
ウェルズ「何をしている!」
ウェルズが手招きする。
いつの間にか支柱のひとつに|鉄線縄《ワイヤー》を巻き付け、腰の滑車へと結びつけている。
割られた硝子の隙間から飛び降りるつもりか。
敦「でも……!」
ウェルズ「お前の仲間を救いたくないのか!」
敦君の迷いが一瞬にして消えた。
彼女を信用しきれていなかった彼の瞳に、決意が宿る。
彼は駆け出した。
そして、差し出された手を掴む。
ウェルズ「降りるぞ!」
砕けた窓を越え、僕達は空中に飛び出した。
塔の最上から、地上へ向けて落下する。
回る視界には、空を覆って迫ってくる紅蓮の殻。
沸騰する海。
たちまち熱波が僕の喉を焼く。
急激に気化し膨張した海水が衝撃波を生み出し、球殻よりも先にここまで到達しているのだろう。
それは、世界の終わりの光景だった。
ルイス「アリス!」
アリスside
アリス「判っているわよ!」
代わってすぐに私は異能力を発動させた。
鏡を上手く活用しながら、無事に着地をした。
敦君もウェルズも問題なさそうね。
ウェルズ「目の前の林に地下室への入り口がある! そこまで走れ!」
指された方に私達は無言で走った。
地下室の入り口は、地面に埋め込まれていた巨大な観音開きの鉄扉だった。
中央には巨大な錠前がかけられ、鎖で封印されている。
熱波の到着まであと10秒もないわね。
ウェルズはこじ開けようと軍用の|短刀《ナイフ》を取り出した。
アリス「敦君!」
敦「はい!」
両腕を虎化し、爪を鎖へと叩きつける。
二度、三度と叩きつけるうち、鎖の弱い部分が砕けて壊れ、錠前があらわになる。
ルイス『今のままじゃ……!』
ルイスの声が聞こえる。
まだ諦めるには早い。
敦君が虎の腕で錠前を掴んだタイミングで、私は異能力を発動させた。
10秒もいかないが、ほんの少しタイムリミットを伸ばせる。
敦「うおおおおああああああああああっ!」
虎の腕が急速膨張する。
敦君の顔ほどもあろうかという鋳鉄製の錠前が、虎の膂力で軋み、溶接部分から弾き飛んでいく。
彼の力に耐えきれず、悲鳴のような音をたてて錠前が二つに裂けた。
同時に私の鏡を割れて消えた。
ウェルズは素早く鉄扉に取りつき、全身の力を使って扉を開く。
ウェルズ「飛び込め!」
云われなくても、もう熱波が眉毛まで焼いているわ。
私達は底も見ずに地下室へと飛び込むのだった。
*****
鉄扉から落ちた先にあったのは、巨大な地下室だった。
むき出しの石床に落ちた時、とっさに受け身を取ろうとした。
しかし、失敗して足が赤く腫れていた。
痛みも尋常ではない。
異能力を使うことは無理そうだし、ルイスに戻るわけにもいかなかった。
ウェルズ「大丈夫か?」
アリス「まぁ、何とかね」
薄暗い部屋の中央に机がひとつだけあり、その隣にウェルズは立っていた。
それにしても、奇妙な空間ね。
壁も床も天井も、すべてがむき出しの石で造られた四角い部屋。
唯一の光源は、中央の机に置かれた《《映写機》》だけ。
敦「痛たたた……」
ウェルズ「気がついたか」
敦君も気がついて、とりあえずは一安心。
多分だけど、今からウェルズがしようとしていることは彼がいないと不可能ね。
敦「ここは? 別の場所……島の外に飛んだのか?」
確かに、そう思ってしまうのも無理はないわ。
直上の入口は、髪の毛が焦げるほどの熱風が吹き荒れていたもの。
なのに此処は《《熱くない》》。
そして、ここには音もなかった。
地上では今も熱殻が島を焼き尽くそうとしている。
建物が崩壊し、島そのものが破壊されていく轟音が聞こえない。
ルイスの異能空間と同じく、無音なのだ。
ウェルズ「残念ながらまだ島の中だ。この部屋もいずれ消滅する。だが私の異能で時間を引き延ばし、外からの影響を遅らせているだけだ」
女性らしさを押し殺したような平坦な声が、部屋の壁に何度も反響する。
敦君は周囲を見渡し、それから上を見た。
頭上に見えるはずだった私達が飛び込んできた鉄扉の姿はない。
その場所には、どこからともなく這い寄ってくる闇に覆われて暗く溶けている。
ウェルズ「時間がないので簡潔に云う」
不意にウェルズが云った。
ウェルズ「兵器が起動し、この島と周辺の大地は消滅した。範囲は半径35|粁《キロメートル》。兵器が生み出した熱球殻の最高温度はおよそ六千度。事前にした試算では、焼け死んだ人間の合計は概算で約四百万人だ」
敦「よんっ……!」
四百万といえば、ほぼ横浜に生活する人々すべてが犠牲になったことになるわね。
ウェルズ「原因は大戦末期に開発された、“消滅兵器”、あるいは“|殻《シエル》”と呼ばれる兵器のせいだ。何者かがこの島にその兵器を持ち込み、起爆させた。私はその起爆を阻止するために島に潜入した。だが阻止に失敗して……後は知っての通りだ」
敦「まっ……待ってください。あなたはテロリストのはずじゃ……第一、どうやってその兵器のことを知ったんです」
ウェルズ「簡単だ。あの兵器は私が開発した」
絶句する敦君。
でも、私達にはそう時間が残されていなかった。
ウェルズは淡々と続ける。
ウェルズ「十四年前の大戦で、欧州の国家は異能者を戦場に投入した。ユゴー、ゲーテ、そしてシェイクスピア……“超越者”と呼ばれる異能者達が激突し、史上かつてない程の戦争被害をもたらした」
敦君は、何も云うことができない様子だった。
大戦のことは知っていたかもしれないわね。
でも、その内幕で異能者が動いていたことは世界的に知られていないもの。
ウェルズ「私は英国の技術者として、異能兵器の開発に携わっていた。その頃の英国では、“異能力の特異点”を意図的に起こし、それを兵器に組み込む研究が行われていた。……異能力の特異点は知っているか?」
敦「知らない」
ウェルズ「簡単に云うなら、二つの異能力が相互反応を見せて、普通の異能の範囲ではありえないほどの大規模な結果をもたらす。それが“異能力の特異点”」
敦「それじゃあ……あの巨大な熱の天球も、その“特異点”が使われて……?」
ウェルズは頷く。
ウェルズ「そうだ。私の異能は、局所的に時間を操る。その異能と、さまさまな魔法的効果を━━この場合は熱球殻を発生させる呪符を描く異能。その二つを組み合わせて“特異点”を発生させ、異能の限界とされる箍を外したのだ」
アリス「敦君、不確定性原理を知ってるかしら?」
敦「不確定性原理……?」
ウェルズ「異能とは関係なく、この世界では時間とエネルギーとの間には不確定性が存在している」
ちょっと良いかしら、と私は手を挙げて話を遮る。
アリス「話が難しいこともあるけど、普通に時間がないから簡潔に話した方がいいと思うわよ」
ウェルズは少し考えてから頷く。
時の流れを遅くしているとはいえ、あまり悠長にしている時間はない。
ウェルズ「ごく簡単に云えば……そこらにありふれた|燐寸《マッチ》の火。そんなものでも、1秒の一兆分の一の、さらに一兆分の一のさらに一兆分の一の、そのまた一兆分の一……そんな極小時間の中でなら、地球を焼き尽くすような高エネルギーを持ちうる。いわばエネルギーの“ゆらぎ”だ。ただし、大きいエネルギーほどごくごく短い時間しか存在できないため、外界に影響を及ぼすことは決してない」
簡単にまとめてるけど、それでも難しいかしらね。
アリス「物凄く短い時間の間だけ発生する、物凄く大きなエネルギー。そして“時間”を操る能力と、特異点。ここまで云えばわかるかしらね」
敦「あ……!」
ウェルズ「気がついたか?」
敦「ひょっとして、その短い時間にだけ発生する高いエネルギーを……異能で無理矢理、あの巨大火球になるように調節したんですか?」
概ねその通りかしら。
説明したいことは山ほどあるでしょうけど、今は本題に入らないとね。
敦「そのとんでもない兵器を、誰かが━━あなたではない誰かが、この島で起動した」
ウェルズ「そいつの正体も目的も判らない。だが兵器の場所はほぼ特定した。この島の最深部ら最高機密区の最下層である地下五階だ」
しかし、部屋まではまだ判明してないという。
そしてウェルズは一拍あけてからその一言を云った。
ウェルズ「君には今から過去は遡行し、犯人を見つけ出して兵器を奪ってもらう」
敦君は啞然とした。
敦「……、……は?」
ウェルズ「申し訳ないが、納得してもらうための時間は割けない。嫌でも飛んでもらう」
敦「いや、ちょっと待ってください。過去へ遡行? 兵器を奪う? 一体どういう意味……」
アリス「そのままの意味よ。存在の不確定性。小さなエネルギーだったら存在の時間は過去から未来へと広がりを持つの」
ウェルズ「少し説明を省くが、私の異能力『タイムマシン』は“存在”が過去にあるように世界を誤認させることができる」
色々と省略すると、敦君自体を過去に送るわけではない。
全て送るなら数秒前ぐらいしか戻れないかしら。
なら、何を送るのか。
敦「記憶信号……?」
ウェルズ「人間の思考も感情もすべては脳神経細胞の発火に過ぎない。記憶はその電気信号で脳細胞に定着した、いわばデータだ。その記憶信号だけなら、極めて微弱なエネルギーしか持たない」
アリス「ウェルズ、上」
ウェルズ「……そろそろ限界か」
まだ説明したいことは沢山あることだろう。
でも、天井からかすかに砂利が落ちはじめてきたわね。
部屋の時間が外界に追いついてきた。
ウェルズ「脳の記憶信号を過去に送る場合、安全に送れる限界はおよそ3300秒。つまり55分だ。それが君の“二週目”の開始地点となる」
|映写機《カメラ》の光が強くなりつつある。
薄暗かった部屋が、今や昼間のように明るいわね。
ウェルズ「君に頼るのは、私もルイスも過去に遡行できないからだ。私の異能は、一度対象となった人間の時間を遡行させられない。そして私はすでに戦場で一度、ルイスも別の時期にだが過去遡行を使っている」
ウェルズの声が、光に飲み込まれるように遠ざかっていく。
ウェルズ「私はこれまで、幾多の事件や事故に立ち会い、この異能で危機を回避してきた。あまりに私の行く先で事故が多発するため、テロリスト扱いされる始末だ」
アリス「……ウェルズ」
ウェルズ「さっきは《《嫌でも飛んでもらう》》と云ったが……できれば君の意思を確認したい。兵器の起動を止め、君の国の人々、そして仲間を救う気はあるか?」
敦「あります」
力強い返事が、しっかりと聞こえた。
ウェルズ「ひとつ忠告だ。君が知っている未来について、《《他の誰にも話すな》》。できるだけ誰の協力も望まず、一人で動け。仲間が大規模に動けば、他の人間も影響を受ける。狭い島だ、いずれその動きが犯人の耳に届きかねない。……今回、兵器起動の時刻はきっかり正午、12時だった。だが君の行動の仲間の行動が変われば、犯人の気も変わり、正午より早く兵器が起動される可能性が高い」
敦「分かりました」
ウェルズ「最後に一つだけ。本当に困った時はルイスを頼れ。彼は私のことについて色々知っているから、状況を説明すれば力を貸してくれる筈だ」
頼むぞ、と最後にウェルズは告げた。
No side
???「……最後に君に会えて良かったよ、ウェルズ」
そんな声が部屋に小さく響いた。
ウェルズ「逃げないのか?」
???「着地を失敗した時の痛みで集中できない。今の状態じゃ、流石に人は送れないよ」
そうか、とウェルズは彼の隣へと座り込む。
少年は優しい笑みを浮かべていた。
少年「……敦君のことが心配?」
ウェルズ「まぁ、多少はな。でも君が信じるなら信じることにしよう」
少年「彼が変えた未来でも、また話せたら━━」
その瞬間、部屋を覆っていた時間制御が消滅。
地下室の時間軸が地上に追いつき、灼熱の熱風が地下を薙ぎ払う。
摂氏数百度という焦熱の暴風が何もかも砕いていき、何もかもが赤い旋風の中に飲み込まれた。
最後に赤い熱殻が降ってきて、部屋の一才を蒸発させた。
ウェルズもルイスも、|映写機《カメラ》も溶けて消える━━その一瞬前、空から何か黒い人影が降ってきたような気がした。
確かめることはできなった。
それが彼らの見た最後の光景になったからだ。
あらゆるものが消し飛ばされ、視界が消え、肉体が消え、意識さえもかき消されるその瞬間━━。
---
--- 2023/08/23投稿「55minutes(Re)」 ---
---
「おい敦! あとルイスさん! そんな舳先に立って、海に転げ落ちても知りませんよ!」
No side
いきなり聞こえた声に、敦の心臓が跳ね上がった。
驚きのために、呼吸も、鼓動も、血液も、何もかも止まった気がした。
言葉が出ない。
頭が真っ白になり、状況が理解できない。
目の前には海。
高速艇が波を切り、巻き上げた飛沫が敦にまでかかる。
敦「あ……、う……」
敦は口をパクパクさせることしか出来ない。
ルイス「敦君、どうかした?」
ルイスの声が聞こえるが、横を見ることもできない。
敦「ルイス……さん」
震える喉で、どうにかそれだけを言葉にした。
海はどこまでも青い。
ウミネコが頭上で鳴いている。
何の危険もない海の上だ。
熱殻も、熱風も、何も──。
国木田「本日の気象情報は降水確率0%だ。風速は南の風のち南東の風で、波の高さは1|米《メートル》のち1.5|米《メートル》。それから──」
敦「あの、国木田さん」
敦はようやく振り返って云った。
敦「今……何時ですか?」
国木田「はぁ? 11時05分だが、それがどうした」
正午の──55分前。
国木田「それより船室に入れ。この船に乗っているのは遠足ではないぞ。仕事の打ち合わせをする」
国木田が手帳をしまいながら云った。
その後ろをついていくルイスの背を敦は、ふらふらと追いかけた。
敦side
お二人の背中を追って船室に入ると、中には探偵社の調査員がいた。
谷崎さん、ナオミさん、与謝野さんに賢治君。
それぞれ思い思いの格好と行動で、船内の移動時間を潰している。
僕はその光景が目に入らなかった。
視界に収めているけど、脳の表面を上滑りして頭に入ってこない。
目の前に広がっている光景ではなく、僕の視界は体験《《していない》》はずの記憶の中にあった。
──焼け死んだ人間の合計は概算で約四百万人だ。
──君には今から過去に遡行し、犯人を見つけ出して兵器を奪ってもらう。
国木田「これより会議をはじめる。全員注目!」
国木田さんが何か叫んでいたけど、誰も反応することはなかった。
谷崎さんはうなされているし、与謝野さんは写真の選定に夢中だし、賢治君が寝ているし、ナオミさんは谷崎さん以外意識にないし、ルイスさんは小説を読んでいる。
かという僕も、国木田さんに声が耳に入っていなかった。
もしあれが妄想ではなく、現実に起こることなのだとしたら──。
残された時間は55分。
たったの55分だ。
国木田「敦、何を呆けている」
不意に国木田さんに声を掛けられて、僕は我に返る。
敦「あ……はい、すいません。何でしたっけ?」
国木田「おいおい、頼むぞ。遠足気分でいられては困るぞ」
敦「すいません。あの、国木田さん、実は……」
──君が知っている未来について、《《他の誰にも話すな》》。
──君の仲間の行動が変われば、犯人の気も変わり、正午より早く兵器が起動される可能性が高い。
敦「その……いえ、何でもありません」
僕は言いかけた言葉を無理やり飲み込んだ。
国木田「やれやれ……先が思いやられるな。俺達せ依頼された仕事は、島にいる盗賊を捕まえることだ。この連絡船の向かう先である『島』に依頼人がいる」
僕は頷く。
もちろんよく判っていた。
盗賊退治の結末がどうなるかも。
国木田「そもそも警察ではなく俺達のような民間探偵業者に依頼が回ってきたのは、これから向かう島の特殊性によるところが大きい。大型洋上浮動都市『スタンダード島』。独逸・英国・仏蘭西の欧州三国が共同設計した、“航海する島”だ。操舵による自立航行能力を持ち━━」
一度聞いたことのある国木田さんの説明も、頭に入ってこない。
説明を遠い潮騒のように聞きながら考える。
兵器の起動を阻止するのは、思ったほど簡単ではない。
まず兵器の場所が判らない。
ウェルズさんは“最高機密区”、つまり金貨エリアの最下層である地下五階のどこかだと云っていた。
問題は僕達は金貨を持っておらず、廃棄に近づくことすらできないということだ。
金貨エリアに近づくことがいかに困難かは、“前回”に盗賊と対峙した時に厭というほど思い知っている。
完全武装した兵士達と、監視カメラ。
あれをどうにかしない限り、潜入して兵器を探すどころの問題ではない。
国木田「おい敦、聞いているか」
情報が足りない。
調べなくてはならないことが多すぎるが、55分のあいだに全部調べるのは不可能ではないだろうか。
何とかウェルズさんと合流できないだろうか。
しかし彼女は表向きテロリストという立場上、身を隠すように行動している。
それに“私では過去に遡行できない”と云っていた。
つまり僕が過去に戻ってきた人物だと知らない。
その状況で、彼女をこちらから探し出して接触するのは、かなりの回り道をしないと━━。
国木田「どうした敦。観光島への遠足に浮き足立って、心ここに在らずか?」
すぐ間近に国木田さんの声がして、僕はハッとする。
国木田「観光気分でいてもらっては困るぞ。仕事の情報は頭に入っているか? あの島は━━」
敦「あの島は観光島であると同時に、独逸・英国・仏蘭西の三国が共同設計した人工島であり、かつ三国が共同統治する領土としての側面もあるんですよね」
国木田「う、うむ……確かにそうだが」
敦「加えて島の内部では、一般人が立ち入りできない区域を、識別信号発進の機能がついた硬貨で区分してますよね。観光客でも入れる銅貨区域、職員しか入れない銀貨区域。そして選ばれたごく一部の人間しか入れない機密区域である、金貨区域」
ふむ、とルイスさんが声を上げた。
ルイス「君、金貨区域のことを何処で?」
敦「それは━━」
国木田「お前がきちんと予習して仕事に前向きであるということは判った。大変すばらしい……今後もそのような姿勢で臨むように」
敦「はい」
ルイス「……もしかして、ね」
ルイスさんがそう云ったことを、僕は知らない。
ふと視線を上げると、高速艇の進行方向に、目指す島が見えてきた。
島というより海に浮かぶ機会と呼ぶに相応しい、巨大な外観。
遠目からでも見える風力発電の風車と、島中央の艦橋。
敦「いよいよ上陸ですね」
僕は国木田さんに向けて云った。
敦「……どうしました?」
国木田さんは椅子に深く腰掛け、頭を稲穂のように垂れている。
横から見る表情には燃え尽きた灰のように生気がない。
国木田「俺の手帳に……書いてないことがあった、だと……? しかもそれを敦が知っていた、だと……? もう駄目……死ぬ……」
死人のようにそう呻くと、国木田さんは椅子にばったりと倒れた。
ルイスside
ルイス「ほらー、国木田くーん、降りますよー」
国木田「もう駄目……死ぬ……」
ルイス「君、それ地味に敦君のこと馬鹿にしてるの気づいてる?」
生気を失った国木田君を何とか立たせて、僕達は下船して島へと入った。
島に入ると、古びた倫敦の街並みが僕達を歓迎した。
煉瓦の家に石畳。
往来する馬車。
懐かしい、と思いながら僕は辺りを見渡していた。
国木田「最初に、全員にこいつを渡しておく」
ようやく復活した国木田君が、懐から身分証の銀貨を取り出した。
僕以外の全員に配られていくのを見ながら、矢張り違和感を覚える。
アリス『ルイス』
ルイス「云われなくても気づいてるよ」
全く、と僕は国木田君の話を聞かずに街を見渡す。
多分だけど、彼女がこの島に来ているのだろう。
敦君の様子が変になったのは11:05。
ルイス「……つまり12:00か」
僕は今回別行動だし、良い感じにサポートしていこうかな。
その時、一台の幌馬車がガラガラと音を立てながら僕達の前にやってきた。
???「はぁ……。武装探偵社様御一行ですか?」
盛大なため息とともにかけられた声に、僕達は振り返る。
馬車から降りてきたのは青い作業着を着た青年。
年齢は30歳前後だっただろうか。
でも、年齢の割にやけに年老いた印象を受ける。
ウォルストン「私はこのスタンダード島の船長を……はあ、しております、船長のウォルストンと申します。皆様にお越し頂くよう手配した、はあ……依頼人でございます。どうぞお見知り置きを」
国木田「貴方が船長か。出迎え、感謝する。ところで……随分お疲れのご様子だが、大丈夫か?」
ウォルストン「はあ……ご心配、恐縮です。ですがこれが……はあ、私の通常勤務態度でございますので……はあ、お気になさらぬよう」
国木田「ではウォルストン船長、早速依頼の詳細を伺いたいのだが」
不意に、気の抜けるような電子音が響いた。
よく拉麺の屋台で鳴らされる、|客寄せ笛《チャルメラ》の音だった。
ウォルストン「はあ、すみません、電話のようです」
ウォルストンさんが懐から携帯電話を取り出した。
ウォルストン「もしもし」
僕は彼を見る。
ウォルストン「はい、それはもう! 申し訳ありません! 必ず見つけておきますので……皆様のご迷惑にはならぬよう、はい、決して!」
ルイス「……まさか船長」
必死に謝っているウォルストンさんを見て、ある仮説が浮かんだ。
ただでさえ腰が低いのに、あれほど謝っているのはおかしい。
無くしたものは──。
敦side
ルイス「──金貨か」
敦「え!?」
思わず驚いてしまった。
ルイスさんは僕と違って二週目じゃない。
なのに、金貨の存在まで辿り着いている。
否、何もおかしいことではない。
あの人は前から船長と知り合いらしい。
そして何度もこの島に来たことがあるようだった。
元軍人、しかも共同統治している三国が一つ英国の人間だ。
この島について、二週目の僕よりも詳しいかもしれない。
──本当に困った時はルイスを頼れ。
ウェルズさんも、そう云っていた。
自分一人で動けなくなった時は事情を説明して、ルイスさんに協力してもらおう。
全て背負う必要はない。
そう言われた気がした僕は、凄く心が軽くなったような気がした。
ウォルストン「さあさあ、お入り下さい。島の宿でも|解約《キャンセル》待ちがあるほどの人気宿でございます。まずは旅の疲れをお取り下さい。以来の話はその後に」
今まで深く考えてこなかったけど……船長は何故殺されたんだろうか。
船長を殺したのは背広姿のテロリスト、つまりウェルズさん。
彼女は拳銃で船長を撃ち殺した。
何故だろう。
彼女の目的は兵器の発見と奪取であって、島の関係者を殺して回ることじゃない。
監視映像に映った、ウェルズさんの感情のない瞳。
答えはすぐに思い至った。
船長は“容疑者”だったんだ。
彼女は船長を犯人の一人ではないかと疑っていた。
というより──かなりの精度で、船長が兵器を所有していると思っていた。
だから船長を殺すことで、大量虐殺を止められると思っていた。
敦「……でも違った」
船長を殺しても、兵器の起動は止められなかった。
犯人は別にいたんだ。
ウェルズさん自身は過去に戻って犯人探しをやり直すことができない。
つまり彼女は“一週目”だった。
だから犯人捜しについて、詳しい情報を得られなかったのだと推測できる。
けど、裏を返せば、それはつまり──。
船長に促されて宿に入る前に、僕は小さな声で訊ねた。
敦「船長。ひょっとして……船長は“金貨”をお持ちじゃないですか?」
ウォルストン「えぇ!?」
いきなり船長がのけぞった。
ウォルストン「ど……どこでその話を!」
国木田「おい敦、どうした? 部屋に行かないのか」
敦「すみません国木田さん、先に行って下さい! すぐ追いかけます!」
ルイス「僕もいるから心配しなくていいよ」
僕の背後で、そうルイスさんが云った。
国木田さんは首を傾けながらも、宿に入っていく。
なるべく“一周目”と違う話を聞かせたくなかったけど、ルイスさんなら大丈夫かな。
ウォルストン「そのう、金貨のお話をどちらで?」
ええと、と僕は事前に考えておいた云い訳を喋る。
敦「探偵社が事前に調べたんです。この島には機密区域があって、そこには識別信号発信の機能がついた金貨がないと入れないと……でも船長はこの島でも偉い人な訳ですから、お持ちではないかと思ったんですけど」
船長は金貨を持っている筈だ。
ウェルズさんが船長を“容疑者”と思ったということは、少なくとも船長は金貨を持ちうる立場だったと云うこと。
そうでなくては、ウェルズさんの考える犯人像からかなり遠ざかってしまう。
ウォルストン「あ、いや、そのう……持っている、ことは、持っているんですが」
しどろもどろになって弁明する船長。
ふと──先刻船長が電話で云っていた台詞を思い出した。
──申し訳ありません! 必ず見つけておきますので……。
“前回”では大して気にも留めていなかった台詞だ。
しかし船長のこの落ち込みようから考えると、ひょっとして──。
ルイス「失くしたんでしょ、金貨」
ウォルストン「ぎゃっ!」
ルイスさんの言葉に、船長は驚いて飛び上がった。
ウォルストン「いえ、その……はあ……あまり職員には云わないで下さい。あれだけ貴重な金貨で、絶対に他人に譲渡してはならないものだったのですが……どうやら、誰かに盗まれてしまったようで」
ルイス「……馬鹿でしょ」
ウォルストン「船長、盗まれたと云うのは?」
ルイス「肌身離さず持っていたのですが……はあ、降格どころでは済まないかも……どうしてこんな事に……毎日島の守り神様にお祈りしているのに……」
敦「守り神様?」
ルイス「島が出来た頃から島の人間を見守ってきたと云われる伝説の“守護者”だよ。その力は島の形をじざいに変え、あらゆる外敵から島を守ってきたと云われてる」
ウォルストン「はあ、自室に十字架と一緒に像を飾って、毎日お祈りしていたのですから、その凄い力で一回くらい助けてくれても……」
敦「はあ……」
どんな場所にも伝説というものはあるらしい。
しかしこんな最新技術の詰まった島に、そんな土地神様のようなものがいて良いものなのか。
第一、島の伝説を十字架と一緒くたにしてお祈りしたら、本式の神様に怒られそうな気がする。
何にせよ、これで船長がため息ばかりついてた理由がはっきりした。
敦「で、どこで盗まれたのか心当たりは?」
ウォルストン「今朝早くに着替えた時には持っておりましたから、それ以降の定期報告か、観光区域での移動時か……その辺ではないかと思います……はあ」
ルイス「盗んだ誰かが機密区域に侵入したらどうするの、本当に」
ルイスさんの言葉で気がついた。
犯人──兵器を起動した大量虐殺犯は、島の関係者とは限らないということか。
兵器が金貨エリアで起動されたのなら、犯人はそこに入る権限を持っている人物だと思っていた。
しかし船長の金貨が犯人によって盗まれたのだとすれば──それで兵器のある場所まで侵入されたのだとすれば、“容疑者”はぐっと増える。
ウォルストン「もし発見されましたら、何卒、何卒ご一報を」
ルイスside
ウォルストン「あの、ルイスさんの宿はどちらですか?」
ルイス「久しぶりに歩いて回りたいから送迎はいいよ。身分証再発行のとこのお爺ちゃんは変わってない?」
ウォルストン「はあ、あの面倒くさ……真面目な方です。警備に取り次いで、何とかしてもらえるといいんですけど……はあ」
とりあえず、船長と分かれることになった。
アリス『これからどうするの?』
ルイス「船長の金貨と、彼女を探すつもりだよ」
敦君は“未来を知る男”だ。
そして、多分だけど一度《《異能兵器が横浜近海で起爆されている》》。
なーんか面倒なことになりそうだな。
まぁ、彼女が関わっている時点で大変なことは確定しているけど。
ルイス「……あれ」
考え事をしていたら、貨物保管区域に来ていた。
煉瓦倉庫の並ぶ区域を歩いていると、職員とおぼしき一団がどたばたと慌てて走ってきた。
職員「君、このへんで黒髪で背の高い男を見なかったか?」
ルイス「見てませんけど……どうかしたんですか?」
職員「密入島だ」
あー、という僕の反応は見ずに職員は走り去った。
アリス『太宰君かしら』
ルイス「まぁ、テロリストの侵入経路を摑んだり、滞在に必要な硬貨を盗む手段を調べてるからね」
そんなことを話していると、見慣れた人影を二つ見つけた。
敦「その男なら、西の方へ走っていくのを見ましたよ」
職員「そうか。助かる!」
少年が西を指差す。
僕がさっき話した職員もおり、情報交換をしながら西へ走り去った。
国木田「背の高い黒髪なんか見たか?」
敦「それはこれから見ます。それよりルイスさん、何も訊かずについてきてくれますか?」
あぁ、と僕は笑う。
やっぱり敦君は“未来を知る男”なのだろう。
どうやら、誰かの元へ向かっているらしい。
国木田君もいるのは、少し意外だったな。
国木田「? おい?」
敦君はまっすぐ石畳を横切り、足音を殺してそっと歩き始めた。
国木田君の呼び掛けにも、人差し指を唇に当てて“静かに”の合図を出すばかり。
それから街路の一角にある灰色の塵箱へと、静かに近寄った。
そしていきなり蓋を掴んで開け──。
敦「わぁっ!!」
???「どひぇえ!」
ルイス「何やってんだコイツら」
アリス『ルイス、本音が出てるわよ』
おっと失礼。
敦君が大声で叫ぶと、中にいた人物が塵箱ごと飛び上がった。
国木田「太宰!? 何をしてるんだお前、そんな場所で?」
唖然とする国木田君に、塵箱ごと横倒しになった太宰君。
彼は目をぱちくりさせている。
それにしても敦君、二周目だからって驚かそうとしたんだろうな。
敦「すみません、太宰さん。よくないとは判っていたんですが、こんな好機一生に一度しかないと思うと、つい」
ほら。
太宰「……は……」
敦「ひょっとして……怒ってます?」
太宰君は目を見開いたまま返事をしない。
本気で怒ったら敦君死んじゃうんじゃないかな。
敦「あの、本当にすみません! 何というか、その、ちょっとした出来心で」
謝る敦君と、微動だにしない太宰君。
これ、呼吸もしてないな。
敦「だ、太宰さん? 太宰さん?」
敦君が慌てて駆け寄り、太宰君を起こそうと体を掴む。
しかし、敦君は驚愕して飛び退いた。
敦「つ……冷たい! 脈がない! 死んでる!」
真っ青な顔色で僕らの方を振り返った敦君。
その瞬間──。
太宰「ばぁ!」
敦「ぎゃあああ!」
ルイス「……仕返しにしては、あまり面白くないね」
はぁ、と僕はため息をついた。
太宰「あっはっは。私を一瞬でも驚かすなんて大した成長じゃないか敦君。その褒美に私の秘技“心臓止め”を特別に披露してあげた次第だ。光栄に思い給え」
国木田「お前いよいよ人間離れしてきたな」
ルイス「心臓を止めても死なないとか、本当に同じ人間か疑うよね」
太宰「自殺の道を究めんと邁進するうちに身に付けた秘技です。心臓はすぐ動くから大丈夫」
国木田「意味が判らん」
石畳に転がっていた敦君に手を差し出す。
敦「太宰さん、聞いてほしいことがあるんですが」
相談することに、もう迷いはないようだった。
未来を経験しているからこそ、選択が真剣になる。
なんか敦君、少し成長したな。
太宰「聞こうじゃないか」
太宰君は嬉しそうに肩をすくめた。
太宰「ただ、その前にひとつ思い当たった事実がある」
ルイス「……。」
流石は太宰君、か。
太宰「《《君が》》“《《未来を知る男》》”《《だね》》?」
敦君は目を閉じて、微笑んでいた。
敦side
僕は三人に全てを話した。
盗賊退治の顛末、船長の死、拘束と脱出、ウェルズとの邂逅、そして兵器の起動。
何が手掛かりになるか判らない。
憶えている範囲でなるべく詳細に、会話した人々の挙動まで含めて、ありのままを話した。
その間三人は黙って僕の話を聞いていた。
時々相づちを打つ以外は、全く話に口を挟まなかった。
すべて語り終え、僕が息を吐いた時、国木田さんが云った。
国木田「もし本当だとすれば、これは未曾有の大事件だぞ」
国木田さんはいつもより多く眉間に皺を寄せた。
国木田「しかし……敦の云っていることが白昼夢や幻覚の異能攻撃ではない、実際に起こる未来だと云い切れるか?」
太宰「それは間違いないと思うよ。私しか知らない筈の兵器の詳細を敦君は知っていたわけだからね」
ルイス「それに敦君の様子がおかしくなったのは11時05分。ウェルズが記憶信号を送れるのは55分だから間違いない」
ルイスさん、よく僕のこと見てるんだな。
この島についても、ウェルズさんについても知ってるし最高の味方ではないだろうか。
国木田「だとしても……どうする? そのウェルズとかいう女の云う、“仲間の行動が変われば、犯人の気も変わり、正午より早く兵器が起動される可能性が高い”……それも一応の説得力がある。俺達が表だって騒げば、正午と云わず、今すぐ兵器を起動するかもしれん」
太宰「するだろうね、間違いなく。深く考えなくても、これは“自爆テロ”だ。犯人は最初から四百万人と心中する気なんだ。そして正午というキリのいい時刻は、犯人が自分で決めた“審判の時”だろう。自分で決めただけの時刻なのだから、何か問題が起これば予定を繰り上げようとするのは当然」
ルイス「そのうえ犯人の正体も兵器の在り処も不明だからね……」
ある程度、予想はつくけど。
そうルイスさんが呟いたのを僕は聞き逃さなかった。
今回の事件は条件が厳しすぎるのかと思っていた。
なのに、ルイスさんはもう予想がついたと云う。
ふと目が合うと、ルイスさんは僕を見て笑った。
まるで《《黙っていてほしい》》ように。
敦「あ、あの……太宰さん、何か方法はないんですか?」
太宰「《《ないと思う》》?」
あ、この笑みには見覚えがある。
太宰「未来が判っているなんて利点のある仕事、私にしてみれば激甘も良いところだよ。犯人が判らなかろうが時間制限があろうが関係ない。いくらでも手はある」
太宰さんは西へと歩きだした。
僕は慌てて後ろを追う。
不意に太宰さんは足を止め、視線を町並みへと向けた。
太宰「まぁ、敦君も知りえないような不確定要素が、何処かで発生していなければ──だけどね」
その時、ちょんと肩を叩かれた。
敦「……ルイスさん?」
ルイス「確認したいことが幾つかあってね」
ニコッ、と笑いながらルイスさんは色々と聞いてきた。
金貨エリア、盗賊団の詳細、大佐の背格好、異能兵器が起動される時間、ウェルズさんの背格好。
どうして再確認したかったのか、僕には判らなかった。
でも、これで犯人に確信が持てたようだった。
教えて下さい、と云えるわけがなかった。
僕が一周目のことを話している間、ずっとルイスさんは辛そうだったからだ。
敦「……ルイスさん」
ルイス「何?」
敦「僕なんかじゃ力になれないと思うんですけど、一人で抱え込まないでください」
僕が貴方に救われたように、今度は──。
ルイスside
アリス『敦君に心配されてたわね』
うん、と僕はある場所を歩いていた。
その場所とは《《金貨エリア》》。
太宰君の命で僕はあるものを設置しに来ている。
アリス『でも。本当に良かったの?』
ルイス「何が?」
アリス『犯人について。彼でしょう、異能兵器を起動させようとしているのは』
彼。
それは大佐のことだ。
敦君から改めて話を聞いたことで確信が持てた。
12時丁度といえば|偽物《ミミック》と呼ばれた兵士達に、大佐の部下に味方からの攻撃命令が出された時刻。
どうせヨコハマで失意のうちに死んだと思っているのだろう。
ルイス「……そんなことないのにね」
僕はそう呟いて、その部屋の前で足を止めた。
あの部屋には鏡がないからわざわざ歩いていくことになってしまった。
見張りに会っても、僕はそこそこの有名人だから特に問題なく地下五階へ来ることが出来た。
パスワードとか面倒だな、と思っていると勝手に部屋の扉が開いた。
太宰君が開けてくれたのだろう。
僕は部屋に入り、周りに目もくれず部屋の中央にある机の前に立つ。
ここが入って一番目につきやすい。
指を鳴らすと、|異能空間《ワンダーランド》から黒いアタッシュケースが僕の手元に来た。
多分、数分後に敦君が手にするだろう。
そんなことを考えながら僕は来た道を戻るのだった。
*****
太宰『やぁ、ルイスさん。無事にアタッシュケースを置けたようで何よりです』
ルイス「……もう通信機がつながるところまで戻ってこれたのか」
太宰『敦君とすれ違ったりしましたか?』
いいや、と僕は地下三階を歩いていた。
僕も敦君の側に居れば良かったかな。
でもウェルズにこの状況を説明しないと。
そんなことを考えていると、いきなり障壁が閉まり始めた。
敦君がヘマをしたとは思えない。
ルイス「アリス」
アリス『あー……中々厄介な人が来たわね』
ルイス「どういうこと?」
ほら、とアリスは僕の目の前に鏡を出した。
そこに映し出されている映像は──。
ルイス「芥川君?」
太宰『え、どういうことですか?』
太宰君も把握していなかったのか、驚いた声が通信機から聞こえてきた。
何故か芥川君が地下三階に、外から入ってきた。
因みに外というのは海からということ。
まぁ、障壁が閉まっても仕方ないか。
ルイス「多分兵が全部此方に流れる。敦君の方は大丈夫だろうね」
太宰『芥川君の方をお願いします』
ルイス「了解」
僕はとりあえず芥川君の元へ向かうことにした。
彼が此処で処分されると少々面倒くさいことになる。
どうにか金貨エリアの兵より先に会いたいけれど──。
芥川「ルイスさん!?」
ルイス「おぉ、ナイスタイミング」
急で申し訳ないけど、と僕は監視カメラがないことを確認して|異能空間《ワンダーランド》に送りつけた。
アリスに説明は頼んで、上手く兵を誤魔化すことにしよう。
運のいいことに、此処は地下二階に繋がる階段のところにいた。
逃げたことにすればいいよね、多分。
ルイス「さて、予定通り僕は帰りますか」
*****
結果から云えば、兵器の起動は阻止された。
十二時丁度になっても、何も起こらずに済んだのだ。
犯人である大佐は確保され、例の兵器も地下五階の最奥の隔離シェルターに保管されている。
で、何か特務課の依頼で|殻《シエル》を引き取らなくてはいけなくなった。
回収して持ち帰れとか、人使いが荒すぎやしないだろうか。
しかも、一番安全ということで一時的に異能空間に入れることになった。
そんなこんなで、僕は今、船長と太宰君と地下に向かっていた。
太宰「……疲れた!」
ルイス「うるさいよ、太宰君」
太宰「だって私まで地下五階に降りる必要ありますか? 普通に船長とルイスさんだけでいいでしょ!」
ルイス「残念ながら僕は正式な武装探偵社社員じゃないからね」
文句を云いながらも、太宰君はついて来てくれた。
地下五階まで降りてきた僕達は、隔離シェルターに向かう。
|殻《シエル》を隠している金庫は暗証番号と大佐の指紋認証が必要らしいし、暫く待機してないとな。
そんなことを考えていると、嫌な匂いがした。
僕は思わず走り出す。
この、鼻につく匂いは──。
ルイス「……ッ」
最悪だ。
本当に最悪だ。
ルイス「太宰君! 地上に連絡だ!」
太宰「なっ、金庫が開けられて……!?」
兵器がない。
床には大佐の切断された手首が落ちている。
指紋認証は突破されてしまった。
ウォルストン「る、ルイスさん……大佐が殺されていたと連絡が……!」
ルイス「──チッ」
太宰「確証がありませんが、大佐は利用されていたのかもしれません。兵器を起動する実行犯として」
口封じ。
黒幕。
本当のテロリスト。
思い浮かぶのは、一人の女性の姿。
アリス『ルイス』
アリスの声を聞いて、ハッとした。
ウェルズが黒幕なわけがない。
あの人はいつも、世界の危機を回避してきた。
僕は頬を叩いて深呼吸をする。
大丈夫。
誰かの為に、僕はまだ戦うことができる。
ルイス「太宰君は僕と地上に向かって。ウォルストンさんは兵器の捜索をお願い」
此処の辺にあるとは、思えないけど。
ウォルストン「そんな、一人でなんて無理ですよ!?」
太宰「此処に一人残されることが嫌なら、心配はいらない。すぐに国木田君が来る」
国木田「そこで何をしている太宰──って、これはどういうことだ!?」
ほら、と太宰君は笑った。
相変わらず全て君の掌の上だな。
太宰「敦君は一緒じゃないのかい?」
国木田「小僧なら行きたい場所があるらしくてな。大方、盗賊団のところだろう」
ルイス「この状況を伝えてもらっても良いかな。詳しくはウォルストンさんに聞いて」
それだけ言い残した僕は、地上へと走り始めた。
鏡を使っても良いけど、太宰君とこれからについて話し合いたい。
太宰「敦君はどこにいますかね」
ルイス「時計塔」
太宰「……即答ですか」
ルイス「僕が犯人なら、彼処で──」
その先を、僕は声には出さなかった。
多分、太宰君は気づいていない。
この違和感は盗賊団を、ウェルズを。
そしてこの島についての知識がある僕だから気づいたことだ。
アリス『ルイス、貴方は泊まる予定だった|宿泊亭《ホテル》に向かいなさい』
ルイス「……何でまた?」
アリス『火事が起こったのよ』
本当に何でだよ。
とりあえず太宰君には時計塔に向かってもらい、僕はアリスの言うとおり、|宿泊亭《ホテル》に向かうことにした。
もう火は消されている。
この島の警察には顔見知りがいるので、部屋に通させてもらった。
警察「火災報知器が壊れていて、あわや大火事になるところだった。そして、此処を借りた客は絶対に部屋にはいらないよう厳命していたらしい」
ルイス「……部屋に入らせてもらうよ」
本当、話が通って良かった。
下手に部屋を見られる前に調べられる。
部屋は焼け焦げていた。
ルイス「アリス」
そう、僕が云うと部屋中に鏡が現れた。
異能力で全体を把握すれば、現場を荒らさなくて済む。
ルイス「……なるほど」
警察「何か判ったんですか?」
ルイス「火災報知器は《《壊されている》》。部屋の中央にあるそれらを燃やしたかったのかな」
小型|演算機《コンピューター》。
盗聴機、望遠鏡、小型無線機。
残骸で分かりにくいが、多分それだろう。
太宰君に一応連絡を入れておこう。
ルイス「それじゃ、僕は急いでるから」
敬礼する警察達。
そういうの嫌いだし、僕は敬礼されるほど凄い人間ではない。
まぁ、そういっても意味がないからわざわざ云わないけど。
*****
それから僕がやって来たのは、時計塔。
途中でネモの死体があったりと、気になるところは多々あったがとりあえず着いた。
太宰君は、もう敦君と合流して上へ向かっているのだろうか。
そんなことを考えていると、何か嫌な気配がした。
???「今のを避けるとは、流石英国の戦神だな」
ルイス「……初めまして、で良いんだよね」
飛んできた岩を避けた僕は、彼にそう云った。
盗賊団について聞いた時、少し気になることがあった。
ガブという名の少年を見たことがあるような気がするのだ。
しかし、こうやって会ってみて思い出した。
ルイス「君は彼の──“七人の裏切り者”の一人、ジュール・ガブリエル・ヴェルヌの異能力かな」
ガブ「ご名答! 正確には異能が強化されて、変質し、意思を持ったんだけどな」
ルイス「それじゃあ君は異能生命体と云ったところか」
辻褄が合った。
彼は『島で死んだ人物の異能を吸収する』能力でウェルズの異能を奪い、何度か過去へ戻っているのだろう。
今回は何かイレギュラーが発生し、探偵社がこの島に来ることになってしまった。
ガブは異能生命体で、太宰君に触れられれば存在が消えてしまう。
本来の異能力を発動する瞬間だけは、その効果範囲を島全体に広げなければならない。
その時に太宰君が島にいれば、彼は消滅してしまう。
ここまで大掛かりなことをして太宰君を騙そうとしているのは、脅威を排除するため。
ルイス「僕の前に現れたのは、邪魔されないためか」
ガブ「そういうこと。だから大人しくしていてくれ」
敦side
“前回”と同じように、最上階の一つ手前で|昇降機《エレベーター》を降り、|階段《ラッタル》で目的地へと向かうことにした。
|階段《ラッタル》を静かに上りながら、僕はひそかに混乱していた。
ウェルズさんは──彼女はどこかの国の秘密機関のエージェントなのだろうか?
そんなこと、とても考えられない。
彼女は兵器を開発したのは自分だと云った。
だからこそ兵器を止めに来たのだと。
僕にはそれが嘘とは考えられなかった。
(考えても仕方ない)
ウェルズさんの時間操作は凄まじい異能だが、戦闘系能力ではない。
単純な力比べなら、虎の異能に分があるだろう。
本人から聞き出すしかない。
必要とあれば、力づくで。
|階段《ラッタル》を上り、最上階に出た。
顔だけを出して、そっと様子を窺う。
観測室は前に見た時と変わりない。
壁面はすべて硝子で、青い海と青い空がよく見える。
ウェルズさんの姿はすぐに見つかった。
窓際の丸椅子に腰掛け、外を眺めていた。
僕は太宰さんに向けてうなずく。
それから静かに|階段《ラッタル》を抜け、ウェルズさんへと近づいた。
幸い、彼女はこちらを背にしている。
音を立てないように移動するのは、この島に来てから随分慣れた。
右腕を虎化し、その爪をウェルズさんの首筋に突きつける。
敦「動かないでください。虎の爪は鉄骨をも引き裂きます。拳銃も短刀も、この腕には効きません」
ウェルズさんは答えない。
敦「教えてくださいウェルズさん。盗賊団を殺し、兵器を奪ったのは貴女ですか? 何故です! 答えてください!」
太宰「待て敦君。何か様子が変だ」
後から部屋に入ってきた太宰さんが静かに云う。
その時、ゆっくりとウェルズさんの体が傾いだ。
床に体が落ち、鈍い音をたてる。
ウェルズの胸に、短刀が突き刺さっていた。
衣服は真っ赤に染まっている。
敦「そんな、どうして彼女が……彼女は事件の黒幕じゃ……」
太宰「敦君。刺さっている|刃物《ナイフ》は彼女の所有物で間違いないかい?」
僕は短刀の柄を見た。
軍用の短刀──彼女が鎖を壊すために使っていたものと同じだ。
敦「はい。間違いありません」
太宰「妙だな」
太宰さんは目を細めながら云った。
太宰「短刀の柄に少し油がついている。|演算機《コンピューター》を燃やした時の油だろう。だとすると──辻褄が合わない」
敦「辻褄が合わない?」
太宰「ここの設備さ。破壊された跡が全くない。電探も、望遠装置も、すべて生きている」
太宰さんは測量机やその周辺にある電子機器を全て確かめながら云った。
太宰「私が敵なら、ここまで来てウェルズさんをただ刺して帰るなんて事はしない。ここが生きている限り脱出経路は……空も、海も、海中さえも監視範囲内になるからね。敵は脱出する気がないのか? 否、というよりこれはそもそも根本的に……だがそうなると……」
顎に手を置いたまま、太宰さんがぶつぶつとつぶやきながら何かを考えている。
目は太宰さんにしか見えない景色を高速で追って左右に動く。
不意に、太宰さんの動きが停止した。
敦「太宰さん?」
ゆっくりと顔を上げ、それから茫然とつぶやいた。
太宰「やられた」
敦「え?」
太宰「兵器を狙う第三国なんて最初から存在しない」
太宰さんの表情に浮かんでいたのは、驚き。
太宰「燃えた|演算機《コンピューター》も|偽装《フェイク》だ。やるじゃあないか、実に周到な──では奴は今もこの」
太宰さんの台詞が、部屋に響いた金属音に掻き消された。
そいつが驚きの声をあげると同時に、太宰さんが僕の方へ突き飛ばされる。
???「放置しておいても死ぬと思ったからトドメは刺さなかったけど、その怪我で動くとかイカれてんだろ」
仕方ねぇ、とそいつは床に倒れていた血だらけのルイスさんに短刀を向ける。
刺さる直前で僕は異能力で虎化し、ルイスさんを抱えて避難させた。
ルイスさんの呼吸は浅く、出血量も尋常じゃない。
今すぐにでも与謝野さんに見せないといけないほどの重傷だ。
???「流石は又三郎だな。今のは完全に刺さったと思ったぜ」
だが、とそいつは小さく笑う。
太宰「か……は……?」
太宰さんの胸から刃物の先端が突き出ている。
背後には石の腕があり、刃物をさらに押し込んでねじった。
骨がこじ開けられるような、めりめりっという音が響く。
太宰さんの口から鮮血がしぶいた。
短刀が抜かれ、血がごぼりとあふれた。
僕は震えていた。
そして、汗が止まらない。
敦「……ガブ?」
ルイスside
少しの間、意識を失っていたのだろう。
意識が朦朧とする中、ただ一つ判ったことがある。
僕は太宰君を守れなかった。
うっすらと見える視界では太宰君が青白い顔で何かを云っている。
声にならないのか、僕の耳が聞こえていないのか。
最後の言葉は分からなかった。
敦「国木田さん! 至急与謝野さんを時計塔に連れて来てください! 太宰さんが刺されて、心臓が止まりかけています! ルイスさんも重傷で意識がありません」
国木田『何だと!? くっそ……こんな時にか!』
スピーカーにしているからか、国木田君の声も聞こえる。
何故か激しく争う音や銃撃、それから家屋が揺れる轟音もだけど。
国木田『急に地面から腕が無数に生えてきて無差別襲撃を始めた! 探偵社全員で何とか持ちこたえているが、観光客を庇うので手一杯だ!』
敦「……国木田さん、心臓が止まりました」
国木田『そうか』
国木田君は何かを無理矢理押さえつけるような声で云った。
国木田『敦、手順は判っているな?』
敦「はい」
異能無効化の能力を持つ太宰君に、治癒能力は効かない。
それは真実だ。
でも、《《太宰君の傷を異能で治癒する方法は存在する》》。
国木田『問題はこの攻撃だ。この攻撃を避けながら時計塔に向かっていてはとても時間が足りん。敦、この攻撃をして異能者は判明しているな?』
敦「はい」
国木田『そいつを倒せ』
国木田君は簡潔に云い切った。
国木田『一秒でも早くだ。他に方法はない。おそらくはそいつが例の兵器も持っている。これ以上の犠牲を出さんためにも、黒幕を倒せ』
敦「時間がありません。太宰さんの蘇生は二分以内にしなくてはなりません。でも僕の攻撃力では、あいつの異能を突破できません。このままでは──」
ウェルズ「それは判らんぞ。──私に考えがある」
ルイス「それは判らないよ。──時間なら延ばせる」
ウェルズと声が重なった。
僕はどうにか体を起こして、壁にもたれかかる。
ウェルズ「すまんが、傷のせいで自分では歩けん。ここの近くに私の地下基地がある。あそこまで連れて行ってくれ。あそこは熱殻の被害を防ぐために作られた部屋。奴の異能も簡単には侵入できんはずだ」
敦「ですが……」
ウェルズ「私ならその男の寿命を二十分程度は延ばせる。私が今死んでいないのと同じ方法でな。だから連れて行け。頼む」
--- 私の前に、これ以上死人の山を作らせないでくれ ---
敦「……判りました。でも流石に三人は」
ルイス「それなら心配はいらない」
ふぅ、と息を吐いて敦君の目を見る。
ルイス「君が先にこれを持っていけ」
タイミングよく、アリスが大きめの鏡を出してくれる。
異能空間には送れずとも、異能で創った鏡通しなら今の状態でも送れるはず。
ルイス「そしたら|鏡の国のアリス《Alice in mirrorworld 》で全員送る」
ウェルズ「場所は判るのか?」
敦「僕、二週目なので。それじゃあ行ってきます」
虎の異能を使えば移動はすぐだろう。
今のうちにアリスと変わっておいた方がいい。
やらなくちゃいけないことも、思い出したしね。
*****
アリスと入れ替わり、僕は|異能空間《ワンダーランド》にやってきた。
怪我は現実に置いてきたから、アリスが辛い状況になっているだろう。
少し罪悪感を覚えながらも、僕は彼を探すことにした。
そんな変なところにおいては置かないだろうけど、どこにいるのだろうか。
ルイス「あ、いた」
芥川「ルイスさん、迎えが遅いです。いつまで僕をここに拘束するつもりですか」
ルイス「アリスから聞いてるとおもうけど、色々と大変な状況になっていてね。君に頼みたいことがある」
そう云った瞬間、芥川君の背筋が伸びた気がした。
ルイス「現在、僕が重傷で太宰君が死んでいる。助かるにはある異能力者を倒さなくてはいけなくてね」
芥川「人虎では倒せないのですか?」
あぁ、と僕は即答した。
敦君だけも勝てるかもしれないけど、二十分という時間制限のある中で倒せるかどうかは判らない。
新世代の双黒として、二人が協力すれば勝機はある。
芥川「……判りました。人虎に手を貸してやることにします」
ルイス「意外と素直に聞いてくれたね」
芥川「足を引っ張ったらすぐに切り捨てます」
芥川君らしいな。
そんなことを思いながら、僕は微笑む。
ルイス「僕はまだしも、太宰君はこんなところで死ぬべき人じゃないからね」
任せたよ。
僕が指を鳴らすと、芥川君の姿が消えた。
さて、と僕も背伸びをして微笑む。
*****
壁も床も天井も、すべてがむき出しの石で造られた四角い部屋。
唯一の光源は、中央の机に置かれた映写機だけ。
|映写機《カメラ》型の異能道具が使われ、地下室内の時間が一時的に操作されているのだろう。
ウェルズ「……戻ってきたか」
ルイス「そりゃ、いつまでもアリスに押し付けるわけにはいかないからね」
これは僕が受けた、僕の傷。
無関係のアリスに背負って貰うものじゃない。
それに、頼みたいこともあったし。
ウェルズ「やはり君は強いな、ルイス」
ルイス「僕は弱いよ。強かったら重傷になんてなってない」
ウェルズ「私が今云っているのは戦闘能力の話じゃない」
じゃあ、何の話だろうか。
そんなことを考えている僕に対して、ウェルズは優しく微笑む。
ウェルズ「さて、引き伸ばせる時間は二十分が限度だ。君は少年が島の騒動を収めるところまで出来ると思うか?」
ルイス「どうだろうね。僕は未来が見れるわけじゃないし、確定はできないよ」
でも、彼らなら大丈夫。
僕はそんな確証を持っていた。
現在時刻12時54分。
13時14分には僕達の蘇生は不可能になるだろう。
ルイス「……頑張ってね、二人とも」
*****
どうにか意識を保ちながら、僕は腕時計を眺める。
死までのカウントダウンは刻一刻と近づいてきていた。
今まで死の手前まで行ったことは何度かある。
でも、こんな風にゆっくりと過去を振り返る暇はなかった。
ルイス「……ウェルズ?」
太宰君はもちろん話すことはできなかったが、ウェルズからの返事も返って来なくなった。
時刻は13時10分。
今回ばかりは、死んだかな。
そんなことを考えていると、地下室の入り口が開いた。
|映写機《カメラ》とは違う明かりが部屋を照らす。
???「お待たせしました!」
賢治君の声が、地下室に響き渡る。
谷崎君と与謝野さんも、続いて降りてきた。
ルイス「……ははっ」
僕は小さく笑って、蝶を眺めるのだった。
谷崎「与謝野|女医《せんせい》、心肺蘇生を開始します!」
太宰君を異能で治療する方法は、存在する。
死にたがりの太宰君が本当に死んだ時のため、国木田君を中心にかなり綿密に検討されてきた。
まず、太宰君の心臓が停止したとする。
この時点で脳への血液供給が止まり、太宰治という人間は死亡。
この瞬間に異能無効化は消滅し、治癒異能が効くようになる。
次に素早く外傷を応急処置し、蘇生処置を行う。
蘇生処置はよくある普通の手続きで大丈夫だ。
除細動器による電気刺激で、太宰君の心臓を再び動かす。
これが成功すれば、太宰君は“死”から“瀕死”の状態になる。
与謝野|女医《せんせい》の異能力は『瀕死の人間の外傷を完全治癒させる』能力。
つまり、瀕死にさえなれば怪我の治療は可能。
でも同時に、太宰君の異能無効化が立ちはばかってくる。
与謝野さんの異能が通じないとなると、本格的な医療機器も輸血設備もないこんな場所では治療のしようがない。
この蘇生は無駄に終わる。
しかし、この異能の|衝突《コンフリクト》にも、ほんの僅かな隙がある。
心配蘇生を行うと、心臓が動いてから脳に血液が届くまでに、ほんの一瞬の|時間差《タイムラグ》が存在する。
この間、心臓が動いているから“瀕死”状態というのは変わりなく治癒異能は通じるけど、同時に脳は停止しているため、太宰君の異能無効化は邪魔をしてこない。
その時間差、およそ0.5秒。
生と死の一瞬の時間差、そして異能発動条件の間隙を突いたこの方法でなら、異能の通じない太宰君に治癒異能を使うことができる。
--- 『|君死給勿《キミシニタモウコトナカレ》』 ---
成功か、失敗か。
それは次に聞こえた一言で判った。
太宰「……あれ、私は死んだはずでは」
ウェルズ「ははっ、大した異能者達だ」
そう、ウェルズが笑ったのを横目に僕も胸を撫で下ろしていた。
*****
地下室を出て、僕達は敦君達の方に向かい始めた。
何があったか太宰君に説明もしておく。
その道中、大地が大きく揺れた。
人工島であるここで地震はありえない。
与謝野さん達が治療に来れたということは彼との決着もついている。
谷崎「今のは一体……」
谷崎君がそう呟いた次の瞬間、僕の目の前に鏡が現れた。
アリス『大変よ。島の出入り口である桟橋が爆発。船もやられてるわね』
ルイス「……彼が亡くなったことで全面破棄が始まったか」
アリス『海岸の水位も上がってる。このままだと島が沈没するわ』
船がやられたとなれば、誰も脱出できない。
島の沈没までの時間は10分前後だろうか。
職員と観光客を全員|異能空間《ワンダーランド》に送ってもいいが、時間が足りない。
両方の異能力を使っても、間に合わないだろう。
太宰「心配入りませんよ、ルイスさん」
ニコニコと、太宰君はいつも通り悪巧みをしている時の笑みを浮かべていた。
それと同時に聞こえてくる、硬い羽ばたきのような音。
空を見上げると、青い飛行物体がある。
太宰「乱歩さんに事件概要の映像を携帯通信で送っておきました。まぁ、流石に島が沈むほどの危機に陥るとは思ってませんでしたけど」
ルイス「……君、死にそうな時でも変わらないねぇ」
おや、と太宰君は輸送機が着地しそうなところを見る。
どうやら乱歩と鏡花ちゃんが来ているようだ。
そして、そこには敦君や国木田君もいる。
太宰「その年で少女を泣かせるとは、女泣かせの才能があるのだねぇ、敦君」
敦「だ──太宰さん! ルイスさんも!」
太宰「聞いたよ。私が折角ぽっくり死ねたというのに、蘇生するなんて……随分ひどいことをするじゃないか。刺されるの痛かったのだよ? しかも、君達は内緒で私の蘇生法を前から検討していたそうじゃないか。自殺計画を練り直さなくては……そもそも」
国木田「太宰ぃいいぃぃウォラァアァ!」
太宰「げぶぁ!?」
国木田君が太宰君の側面から|揃え蹴り《ドロップキック》をぶちかました。
くの字に折れ曲がって太宰君が吹き飛ばされる。
国木田「お前はコラ! また勝手にオラ! 好き放題仕事を引っかき回しおってウォラ! お前を蘇生させるために俺達が、どれだけ、苦労、したと!」
太宰「い痛い痛い痛いよ国木田君、蹴りながら首を絞めながら怒るのはやめてくれ給え」
国木田「大体何が『折角死ねたのに』だこの失格人間! そんなに死にたいなら俺が殺してくれるわ! こうか! こうか! この角度か!」
首を絞めながら太宰君をガンガン地面に打ちつける国木田君を、誰も止めようとはしない。
全員が二人を眺めながら、安心した表情を浮かべている。
ふと、敦君は振り返り、機械の山を見た。
夏の熱を孕んだ海風が瓦礫の上を吹き抜けるだけ。
ルイス「何か思うことでもあったのかな?」
敦「……ルイスさん」
その、と敦君は少しずつ話し始めた。
敦「ヴェルヌに仲間であり同志だった“七人の裏切り者”も、こんな風な仲間だったのかなって。守護者だったヴェルヌが消滅して、異能生命体のガブとなった時、最初に仲間を求めて盗賊団に入ったんです。でも、何度も“初入団”を繰り返す形でしか仲間と一緒にいられなかったガブには、主人が“七人の裏切り者”と築いたような絆を感じることができなかったと思うんです」
ルイス「……。」
敦「もしガブにも、ヴェルヌのような仲間が、僕にとっての探偵社があれば、こんな風に殺し合わずに済んだんでしょうか?」
僕は少し考え込む。
多分、彼はいつか来る消滅を恐れていた。
生きたいというただ一心で、彼は今回の騒動を起こした。
ヴェルヌとガブの姿を交互に浮かべて、僕は青すぎる空を見上げた。
ルイス「その問いには、誰も答えられないだろうね」
──夏はまだ長い。
No side
事務室の|天井扇《ファン》が、生温い空気をかき回している。
窓から差し込む斜めの陽光が。事務所の床を白く照らしている。
あるかなきかの微風に、室内の観葉植物が頭を垂れている。
「「……あぁ~~~ぅぁ暑っつい~~~……」」
溶けた氷菓子のように、探偵社員が机に伸びていた。
谷崎「何もこんな時に冷房が故障しなくてもいいのに……」
賢治「修理が来るのは午後だそうですよ」
太宰「そんなに待ったら煮汁が出てしまうよ」
事務所にいるのはいつもの面々だ。
太宰、敦、谷崎、賢治、乱歩、与謝野、鏡花、ルイス。
鏡花とルイスは汗ひとつかかず涼しい顔をして、うだる社員達を不思議そうに見つめている。
乱歩「あー全く、探偵社の精鋭が揃っていながらとんだ為体だな!」
乱歩がやけっぱちめいて叫んだ。
乱歩「誰か異能で涼しくできる奴はいないのか!」
国木田「いそうで……いませんね」
うむう、と乱歩が机に突っ伏した。
乱歩「判った。こうなったら全員で避暑にでも行くしかないな。社長にスタンダード島事件の慰労だと云ってお願いしよう」
谷崎「それは素敵ですね」
谷崎が顔を上げて云った。
谷崎「具体的にはどこに行きましょう?」
太宰「山がいいなぁ」
敦「山、いいですねぇ」
国木田「うむ。標高が高ければ涼しかろう」
乱歩「何だそれは。避暑といえば海じゃないか」
「「海はもういいです!」」
全員が声を揃えて云った。
全員のげっそりした顔を順番に眺めてから、乱歩はつまらなそうに立ち上がった。
乱歩「ふん。好きにしろ」
島の事件に参加しなかったために今ひとつ海に関われなかった乱歩は、唇を尖らせながら云った。
乱歩「一階の喫茶店で涼んでくる。谷崎、賢治君。お供しろ。奢ってやるぞ」
賢治「喜んで」
乱歩、谷崎、賢治は連れだって事務所を後にした。
太宰「いいなぁ。私も“うずまき”の抹茶氷、食べたい」
太宰が去っていく社員の背中を眺めながらつぶやいた。
国木田「お前は仕事だ。スタンダード島事件の報告書。さっさと仕上げろ。特務課が痺れを切らしているぞ」
太宰「えぇ?」
太宰がいかにも面倒そうに不満の声を上げた。
太宰「やってもいいけど……国木田君、何か涼しくなる方法知らない? 君の異能で何とかしてよ」
国木田「異能ではないが、全身が適度に冷える方法なら知っている。やってやろうか?」
太宰「え、本当? どうやるの?」
国木田「心臓を二分ほど止めて蘇生させる」
太宰「……厭な実績を作っちゃったなぁ」
太宰が恨みましい目で国木田を見た。
太宰「死ねると思ったら寸前で蘇生されるのはもう沢山だよ。報告書、書けばいいんでしょ? 敦君、そこの資料取って」
敦「あ、はい」
急に呼ばれた敦は立ち上がった。
敦は事務机にある回覧書棚から、事務員がまとめた資料を探して取り出した。
ふと、その表紙に添付されていた写真に目を留める。
敦「あれ? これって……」
ルイス「おや、敦君はまだ見ていなかったんだね」
敦が見ていた写真は、島の海岸にうち捨てられた金属片の山だった。
野ざらしになったその金属の中に、見覚えのある品があった。
黒いアタッシュケース。
留め金が開かれ、内部の機構が破壊されている。
元の姿を知っているものではなくては何の機会だったか判らないほど、念入りに破壊されていた。
太宰「島を引き上げる前に、それだけ調べておきたくね。皆に頼んで探してもらったのさ。完全に破壊されている。壊されたのはおそらく正午すぎ。地下五階から兵器が盗み出された、すぐ直後だ」
ルイス「ガブは、兵器を使う気は全くなかった。盗み出して破壊したのはおそらく、兵器を誰にも──僕達や特務課を含めて使わせないためだろうね。彼も彼で、兵器による破壊を止めようとしていた」
最後まで彼は守護者だった。
ルイスは肩をすくめながら小さく笑った。
敦「そういえば、国木田さんに頼まれて大佐の過去について調べたのですが──結局大差が兵器を使ってまで世間に伝えようとした秘密は、判らず仕舞いでした。何だったのでしょう」
──正午は、部下への攻撃命令が出された時間じゃ。味方からのな。
──幕僚本部の関係によって裏切り者にされた部下達は、逃亡し、兵士の|偽物《ミミック》と呼ばれながらこのヨコハマに流れ着き、失意のうちに死んだと聞いておる。
敦は事務員の手も借りて、過去の事件、大佐の経歴、果ては海外の民間探偵業者を頼ってそれらしい戦場の記録まで調べてみた。
だが結果は何もなし。
大佐の部下で“裏切り者”として処理された部隊もなければ、海外の元軍人がヨコハマで死亡したという記録にも該当するものは存在しなかった。
太宰「見つかるはずがないよ」
太宰は不意に窓の外に目を向けて云った。
太宰「あの件は特務課が徹底的に抹消している。その死んだ部下の死亡記録どころか、街角で偶然映り込んだ写真ひとつさえ残っていないはずだ。そういう仕事は特務課は大得意だからね」
敦「太宰さん、その人達を知っているのですか?」
太宰はその問いには答えず、机に肘をついて空のどこか一点を見つめた。
その目は現実の風景ではなく、頭の中に残っている鮮やかな記憶を眺めていた。
太宰「大佐には悪いけど、彼らのことを世間に暴露する必要はないよ。彼らは最後は満足して死んだ。掘り返さず、そっと眠らせておくべきだ」
ルイス「……さて、僕は失礼させてもらうよ」
太宰「あれ、報告書手伝ってくれないんですか?」
ルイス「それぐらい自分でやりなよ」
じゃあね、とルイスは探偵社を後にするのだった。
*****
鮮やかに白い入道雲が見えた。
降り注ぐ陽光が、緑の木々の表面で光となって弾けている。
ウェルズ「面倒をかけたな」
敦「ウェルズさん」
敦は笑顔になって云った。
敦「ご無事だったんですね」
ウェルズ「君のおかげで、人生に突き刺さっていた汚点を消し去ることが出来た。礼を言う。……それはそうと、君達武装探偵社に、軍警から国際テロリストである私の捕縛命令が出たと聞いたが」
敦「国木田さんが依頼書を受け取っていました。といっても。その後すぐ依頼書をびりびりに破いて捨てていましたけど」
ウェルズ「そうか」
ウェルズは目を閉じて微笑んだ。
ウェルズ「私は次の災いへと向かうことにするよ。いつか私が息絶え、時の中に埋没して忘れ去られるその時まで……」
敦は先を行く国木田の方を見ながら何かを云おうとしていた。
しかし、その言葉を聞くことなくウェルズは小さくうなずいた。
次の瞬間、景色はがらりと変わる。
ウェルズ「……やはりここは異質だな」
ルイス「そんなこと云わないでよ」
はぁ、と息を吐きながらルイスは腰に手を添える。
ルイス「それで、云われた通り変装は用意したけど……背広の英国紳士は辞めるの?」
ウェルズ「まぁ、暫くは女性の格好で行こうと思う。ルイスは暫くこの街に滞在するんだろう?」
ルイス「……僕、君に話したっけ」
どうやら、探偵社と一緒にいるところを見てそう思ったらしい。
ルイスはここ十年以上ひとりで活動してきた。
仲間を作ららず、組織にも所属していなかった。
ウェルズ「そんな君がアリスと和解して、あんなに楽しく笑っていた。今度こそ守れるといいな」
あぁ、とウェルズにルイスは優しく笑った。
ウェルズ「……この前、懐かしい二人にあったぞ」
ルイス「懐かしい二人?」
ウェルズ「君と戦場に立った帽子屋の二人だ」
ルイスは少し驚く。
そして、昔のことを思い出しながら問いかけた。
ルイス「二人とも元気そうだった?」
ウェルズ「あぁ。心配しなくても想いを大切に今日も生きているぞ」
そっか、とルイスは安心していた。
ウェルズ「じゃあな。アリスによろしく伝えておいてくれ」
*****
ウェルズを現実へと戻し、ルイスは|異能空間《ワンダーランド》内を歩いていた。
今までも何度か説明しているが、|異能空間《ワンダーランド》には色々なエリアがある。
この中で今回ルイスがやって来たのは寝室だ。
寝具に簡単な家具。
一人暮らしの部屋のようになっているそこにアリスはいた。
椅子に座り、英語で書かれた本を読んでいる。
アリス「あら、ウェルズとの別れは済んだの?」
ルイス「話すことも特になかったから」
アリスは小説に栞を挟み、近くの机の上に置いた。
???「……んぁ?」
そんな声が聞こえ、アリスは|寝台《ベット》へと視線を向ける。
ルイスもアリスの隣へ移動した。
ルイス「気分はどうかな?」
???「お前……それよりも此処は……」
ルイス「異能空間」
少年は起き上がり、目をぱちくりしながら辺りを見渡した。
そして、ルイスとアリスを交互に見た。
暫くすれば理解が追い付いてきたようだった。
少年「俺が消滅する寸前に異能空間に送ったな?」
ルイス「転送したのは僕じゃないよ。君のせいで死にかけてたから」
アハハ、とルイスは目を細めた。
瞳に光は宿っていない。
アリス「貴方の体に鏡があったから、それを通じて送ったのよ。ルイスの傷も治っていたからギリギリだったけれど」
少年「何故助けた? 俺の消滅を阻止しても良いことないだろ」
ルイス「あぁ」
損得で動く人間じゃないんだよ、僕。
そう笑ったルイスは、どこか寂しそうにも見える。
ルイス「君は消滅寸前に島の守護者を降りた。そのせいで僕をはじめとしたスタンダード島にいた人は海の藻屑になりかけたんだけど」
アリス「ルイス、話が脱線してるわよ」
おっと失礼、とルイスはアリスの隣に椅子を持ってきて座る。
ルイス「守護者を降りたことで君は自由になった」
ルイスが深呼吸をし、少年へ手を差し出す。
ルイス「僕がヴェルヌにとっての“七人の裏切り者”になれるとは到底思えない。でも、僕でよければこの手を取ってはくれないかい?」
少年は厭だった。
時間遡行をやめ、時間が通常通り流れはじめれば、いずれ遠からず自身は消滅してしまうことが──厭だった。
意思が消滅し、自分がまたどことも判らない闇の中に沈んでしまう。
そう思うと我慢ならなかった。
だから生まれたばかりの少年が取った行動は“主人と同じ行動をする”。
つまり、同じ時間を繰り返すこと。
閉じられた時間の中で|反復《ループ》し続け、決して外に出ないこと。
少年「自由もいらねぇ、喜びもいらねぇ。俺は、ただ生きたかった。だけど──」
一人は寂しい。
生まれたばかりで、誰とも状況を共有できず、繰り返しの中を生きるしかなかった。
自身にもヴェルヌや敦のような絆ある仲間がいたらと、何度も考えていた。
同じほうを向いて、同じ時間を分け合う仲間がほしかった。
だから、盗賊団に入ったのだ。
ネモの弟子となり、ビルゴと三人であんな馬鹿げたことをした。
少年「……どうせ此処から出たら俺は消滅するんだろ?」
ルイス「僕が死んでも消えるね」
はぁ、と少年はため息をついた。
そしてルイスの差し出す手を取って、寝台から降りる。
少年「あの島でしか生きられなかったことに比べたら、ちょっとはマシかもしれないな」
少年はそんなことを呟き、顔を上げた。
少年「今日からよろしくな、えっと……」
ルイス「ルイス・キャロル。そして此方がアリスだよ。まぁ……うん、君と似たような存在かな」
アリス「えぇ。異能生命体ではないけれど」
ニコニコと笑うアリス。
ルイスも優しく笑っていた。
ルイス「僕達のことは呼び捨てで構わない。君のことはどう呼ぶのが良いかな?」
少年は人生で一番の笑みを浮かべた。
ガブ「俺はガブ。ルイス、アリス。これからよろしくな!」
---
--- 2023/08/23投稿「55minutes(Another story)」よりおまけ ---
---
No side
ある日のこと。
|異能空間《ワンダーランド》にてガブは暇をもて余していた。
ルイスは探偵社の手伝いで現実に行っており、|異能空間《ワンダーランド》にはガブとアリスの二人しかいない。
しかし、アリスもルイスが必要としたときに手を貸せるよう、忙しくしていた。
ガブ「なぁ、アリス」
アリス「お菓子なら棚に入ってるわよ」
そうじゃない、とガブは欠伸をしながらぬいぐるみを抱き締める。
ガブ「お前は異能生命体じゃないんだったよな?」
アリス「えぇ」
ガブ「だったら、お前は何なんだ」
アリスは作業を止め、キョトンとした顔をする。
人間ではないのはもちろん、異能生命体でもない。
ガブはずっと気になっていた。
ガブ「主人も色々見てきたけど、お前みたいなのは初めて見た」
アリス「私はルイスの異能発現と同時に生まれた副産物。それ以上でもそれ以下でもないわ」
何か云いたそうだが、ガブは諦めたようだった。
ガブ「まぁ、そういうことにしておいてやるよ」
お菓子取ってくる、と棚の方へ行ったガブ。
アリスは見送りながら作業を再開した。
アリス「……勘が良くて嫌になっちゃうわ」
*****
ガブ「お菓子♪ お菓子♪」
ガブは棚を開けながら変な歌を歌っている。
ガブ「変な歌とは何だ、変な歌とは」
此方に干渉しないでください。
ガブ「へいへい」
何だその返事は。
どうやら、此方の声を無視しているのかガブは棚の中を見る。
色々なお菓子がある中、ガブは煎餅を取った。
ガブ「島では食べれなかった」
──とのこと。
|異能空間《ワンダーランド》では色々制限があるものの、島ほどではない。
ガブは、此処で充実した生活を送っている。
アリスの件は引っ掛かるところがあるが、あれ以上追求するつもりはなかった。
アリス「……ただの副産物なわけねぇだろ」
ぬいぐるみを抱き締める力が、少しだけ強くなった。
*****
ただいま、と元いた場所に戻ってきたガブは目を見開いた。
そこにいたのは──。
ガブ「……又三郎」
アリス「心配しなくても、今のところ命に別状はないわよ」
苦しそうな表情で眠る敦を見て、アリスはため息をついた。
アリス「ただ、与謝野さんの治療が効かなくてね。毒らしいわ」
ガブ「……症状は?」
アリス「熱と目眩などの全身症状。因みに傷口から入って、毒は緑色──」
アリスが顔を上げる時には、もう其処には誰の姿もなかった。
走る音が遠くなっていく。
ガブの走る方向に、アリスは心当たりがあった。
確かに彼処の物なら敦を助けられるかもしれない。
でも、与謝野の用意した解毒剤が効かないとなると、この世界にある薬も効かない可能性がある。
ガブ「はぁ……はぁ……」
ガブが肩で息をしながら、机に手をつく。
机へ置いたのは、この世界の薬品庫から持ってきたもの。
しかし、薬はひとつもない。
植物や乳鉢など、薬を作るのに必要なものだ。
アリス「まさか、一から作るの?」
ガブ「あぁ」
アリス「無理よ。毒の成分とか何も判ってないのよ?」
ガブ「作れる」
ガブが嘘をついている様子はなかった。
ガブ「繰り返す中で島の図書館の本は全部読んでいる。金庫とかに入れられてるやつも全部な。薬の知識はお前よりあるつもりだ」
ガブの異能は『島で死んだ異能者の能力を吸収できる』能力。
彼が──ヴェルヌが『どんな薬でも失敗せずに調合することが出来る』異能を吸収していたのならば。
深呼吸をして、ガブは作業をはじめた。
*****
アリス「お手柄だったわね」
ガブ「……どーも」
ガブは調合終了から床に座り込んでいた。
ペットボトルのジュースを受け取り、少し口に含む。
異能のお陰もあってか、調合は一回目で成功した。
敦に飲ませると顔色が幾分かマシになり、数時間経った今では元のように仕事したり出来ていた。
アリス「それにしても、ただ生きたいだけじゃなかったの?」
ガブ「……迷惑かけたからな。それに知り合いを見捨てるほど俺は非情じゃない」
アリスはガブの隣へ腰を下ろし、優しく頭を撫でた。
反抗されると予想していたが、子供扱いしたことを怒られたりはしない。
アリス「……お疲れ様、ガブ」
すやすやと眠る彼の頭を撫でながら、彼女は微笑んだ。
---
--- おまけ ---
---
No side
スタンダード島事件から一ヶ月。
夏の暑さがまだ残る中、ルイス・キャロルは|異能空間《ワンダーランド》にて──。
ルイス「いよっっっしゃぁぁぁぁああああ!」
異様な程ハイテンションだった。
ガブ「ついに頭イカれたか、此奴」
アリス「心配しなくても、元から頭はおかしいわよ。あと莫迦」
ルイス「酷い云われようだね」
ガブ「お前のことだぞ」
あー、疲れた。
そうルイスはぬいぐるみの山へとダイブする。
そして携帯電話をイジっていた。
ルイス「あ、もしもしぃ? ……そうそう、出来たんよね。うん、だから……やっぱ君しか勝たんわ! 日程? それはこっちが合わせるからなんでも良いよ。……え? いや、判ってるって。君まで僕のこと莫迦にするのかい? 泣くぞ? 成人男性のガチ泣きみたい?」
ため息をついたルイスは電話を切り、そのまま眠りについた。
アリスとガブは、二人とも首を傾けていた。
*****
全員「職業体験?」
あぁ、と福沢は腕を組みながら説明を始めた。
武装探偵社の会議室には、珍しく全社員が集まっている。
福沢「秋から異能特務課で働き始める異能社がいるらしくてな。そこで職業体験という形で異能力、我が社についての知識を深めたいという話だ」
国木田「秋から、というのは少し珍しいですね。何か理由でも?」
福沢「その……私も詳しくは判らない」
そんなこんなで、職場体験当日になった。
???「えっと、その……」
探偵社の事務室。
そこに少年は立っていた。
何故か、困惑の表情を浮かべている。
ユイハ「神宮寺ユイハって云います。その、えっと、よろしくお願いします……?」
国木田「何故に疑問系……?」
ユイハ「勝手に決められたので」
はぁ、とユイハはため息をついた。
ユイハ「呼び捨てとタメ口で大丈夫です。改めて、これからよろしくお願いします」
谷崎「よろしくね、ユイハ君」
ナオミ「よろしくお願いします、ですわ!」
国木田「今日から職場体験ということで、小僧」
敦「へ?」
国木田「貴様がユイハに業務の説明をしてやれ。簡単にいうなら……教育係だな。鏡花と二人で頼んだぞ」
賢治「そういえば国木田さん、太宰さんは相変わらず川を流れているんでしょうか?」
乱歩「さっき下の喫茶店にいたよ」
国木田「賢治、回収してきてくれ」
賢治「はぁーい!」
敦「そういえば鏡花ちゃんは?」
賢治が部屋を開けると同時に、外から鏡花が入ってくる。
ただいま、と鏡花は何かを引きずっていた。
ユイハ「ヒッ」
鏡花「回収してきた」
太宰「酷いよぉ、鏡花ちゃん。外套が少し汚れちゃった」
国木田「貴様がユイハの来る時間に間に合うよう来なかったのが悪い」
敦「ユイハさん、顔色悪いけど大丈夫ですか?」
ユイハ「あ、えっと……大丈夫だ……」
ユイハの表情は、あまり良いものではなかった。
それはそうだろう。
何故なら彼にとって太宰は脅威《《だった》》。
ユイハ(俺、本当になんで探偵社にいるんだろ)
時は、少し遡る。
*****
ルイス「ということで、これ着て」
ガブ「ナニコレ」
ルイス「あの、MMDとか3Dモデル動かしたりするアレ」
アリス「語彙力ないわね」
疲れてるんだよ、とルイスはガブに機械のついた服を着せた。
ルイス「半強制的に着せて悪いね。ついでにこれもよろ」
ブフォッ、とガブは何かを被せられる。
それは何かの機械のようだった。
ガブ「……なんだ、これ」
ガブは驚いていた。
声が違う。
目の前にはルイスとアリス。
そして、変な服と機械を着けた自分の姿があった。
自身の服装を確認してみると、スーツだ。
ガブ「ホントニナニコレ」
ルイス「それが君が外で行動できる姿」
ルイスが指を鳴らすと、ガブの目の前に鏡が現れた。
黒い髪に、水色の瞳。
元の自身とは違う、日本人の顔立ち。
ルイス「仕組みは流行りの2.5とかと変わらないよ。君に着せた服で人形と同じ行動が可能。視界はアリスの異能を使ったVRのような感じだね。声は変声期を通じて形から発されるように調整した。残念だけど食事は無理だった、ごめんね」
ガブ「……そういえば、外で行動できる姿って」
ルイス「|異能空間《ワンダーランド》を出れば、君は消滅してしまう。その人形を通じて、外を見ろ」
あぁ、とルイスが微笑む。
ルイス「人形の名前は神宮寺ユイハだ。秋から特務課で働き始める18歳、って設定だね」
アリス「あら、ルイスにしては良いネーミングじゃない」
ルイス「へへっ、読者の人に募集したからね」
アリス「メタいわよ」
ガブ「神宮寺ユイハ、か……」
そうガブ──ユイハは呟く。
表情は、とても嬉しそうだった。
ユイハ「ありがとな、ルイス」
ルイス「どういたしまして」
*****
ユイハ(──って、ことがあったけど)
何故に探偵社、とユイハは心の中でツッコミを入れていた。
外を見ろ、なんてルイスは云ったがハードルが高すぎる。
何処でヘマするか判ったものじゃない。
福沢「業務に入る前に最終確認をする。ユイハ、ついてこい」
ユイハ「は、はい!」
ユイハは福沢に連れられ、社長室へとやって来る。
扉を開くと、そこにはルイスがお茶を飲んでいた。
ユイハ「何してるんだよ!?」
ルイス「やぁ、無事挨拶は済んだようだね」
ユイハ「済んだけども!」
福沢「あまり大声で騒ぐと事務室まで聞こえるぞ」
福沢の言葉に、ユイハは黙り込む。
こんなところで|自身《ガブ》だと気が付かれたら色々と面倒くさい。
特に、あの事件に関わってるメンバーには気づかれたくなかった。
福沢「期間は一週間。設定は判っているな?」
ユイハ「あぁ」
ルイス「ま、頑張りなよ。敦君や他の社員と仲良くなれると良いね」
ジュール・ガブリエル・ヴェルヌ改め、神宮寺ユイハによる武装探偵社での職場体験が幕を開ける──!
何故こうなった?
ということで、55minutesの総集編です。
おまけは如何でしたか?
何かね、おまけ書くのが楽しい((
打ちきり漫画風になったけど、ちゃんと書こうと思ってるよ。
気が向いたらだけど。
神宮寺ユイハくんは、二人の方の案を合体させました。
応援コメントくださった皆様、本当にありがとうございました!
見た目はラストに。
めっちゃ可愛いよね、男子だけど。
てか、このメーカーが好き。
それじゃ、またお会いしましょう!
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目次
- 1......Chapter.1 七十億の白虎
- 2......Chapter.1 次回予告
- 3......Chapter.2 三社鼎立
- 4......Chapter.2 次回予告
- 5......Extra edition.1 55minutes
- 6......Extra edition.2 特務課新人の職場体験
- 7......Chapter.3 死の果実