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『悪魔の子』
しばらく呆然としていたエリカは、頬に垂れた水滴で我に返った。
(……とにかく、外に出てみよう…)
エリカは薄暗い洞窟を歩きだす。歩くたびにひんやりとした空気がかき混ぜられ、エリカの髪の上を滑り去っていく。エリカの心臓は、うるさいほどに音を鳴らしていて。
「……あ」
エリカの口から、短い音が漏れた。
——ぽっかりと開いた洞窟の出口からは、清々しいほどの青空がのぞいていた。
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爽やかな風がエリカの髪をもてあそぶ。温かい日差しからは、生命の息吹さえ感じられて。エリカは胸いっぱいに空気を吸い込んだ。ぽかぽかと温かい陽気がエリカを歓迎する。
洞窟の外は、視界いっぱいに広がる草原の丘の上だった。
「……これから、どうしよう」
エリカの呟きは誰にも聞かれることもなく、ぽとりと地面に落っこちて。自然と、エリカの視線も下に落ちる。
(………)
やっぱり、転生したとしか考えられないのだろうか。でも、そんなことは本当にあるのだろうか?ぐるぐると同じ考えが回り、風船を膨らませるようにエリカの不安も大きくなる。エリカは立ち込める黒雲を払おうと首を振り、
「……!」
——町らしき、ほのかな明かりを見た。
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その町は、ヨーロッパの田舎のような雰囲気を漂わせていた。
レンガでできた建造物。行き交う人々。ただ、エリカと同じ黒髪の人は見当たらない。一応彼らが話している言葉は日本語として聞こえてくるが、|ゲート《門》に書いてある文字までは読めない。見たこともない、いかにも”異世界”らしい文字が使われていた。
エリカは町に入る勇気が出ず、入口の前で立ち往生する。ぐずぐずしているうちに、近くにいた男とぱっちりと目が合った。
「……!!」
男は目を見開き、エリカを凝視する。コミュ障のエリカの思考はたまらず固まる。
(あっ…、そうだ、挨拶しなきゃ…)
程なくして、ようやくエリカの頭は動き出した。
「…あ、えっと…あの…」
しどろもどろになりつつも、エリカは耳を真っ赤にしながら必死に言葉を紡ぐ。
「…こん、にちは…、?」
ようやくまともに男の顔を見れたエリカは、思わず眉をひそめる。
男はエリカを凝視したまま、何かを言いかけ口をパクパクと動かしていた。しかしその口からは言葉が放たれることはなく、音にならないまま空気に混ざっていく。まるで、信じられないものでもみたかのような反応だ。
「あの…?」
エリカが声をかけると、男はびくりと肩を震わせた。怯えた瞳がエリカと交差する。困惑するエリカの前で、ようやく男の口から言葉が漏れ出る。
--- 「——『|悪魔の血を引く者《インフェルノ・ブラッド》』だ!!」 ---
——エリカは、戦慄した。
男の声を聞いた町人が、一斉にエリカの方を見たからだ。
すべての人々の目に、恐怖と憎悪が宿っていて。
「な、なに…?」
声が、唇が、身体が震える。本能が警鐘を鳴らしていて、普段動いているかわからないような心臓が激しく波打っている。
そして、一人の男が叫んだ。
「ここから出ていけ、悪魔の子が!!」
それを皮切りに、町人たちが次々と敵意に満ちた言葉を投げつけてくる。
「こっちに来るな、化け物!!」
「どこかに行け!!お前にい場所なんて無いんだ!!」
鋭く冷たい言葉の刃は、脆く弱いエリカの心に傷をつける。
「っ……!!」
ついには石まで投げつけられた。ジンジンと痛む頬からは、滲みだした血と一緒に大切な何かが溢れ出てしまいそうで。
たまらずエリカは走り出した。
行き先なんて、わからない。
なぜ、こんなに自分が嫌われているかわからない。
『|悪魔の血を引く者《インフェルノ・ブラッド》』が、『悪魔の子』がなんなのかよくわからない。
……ただ。
——転生しても自分は一人ぼっちなのかもしれない、という事実だけがわかった。