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同じ星空を見ている
スマートフォンが手の中で震えている。
ディスプレイに表示されたメッセージは、まるで荒れた心の断面図のようだった。
句読点は無視され、感情だけが前のめりに詰め込まれていて、焦りを感じられた。
『乱文、失礼します。突然で申し訳ありません。
でもどうしても、この気持ちを伝えたくて。
あなたが言っていたあの場所、駅裏の丘公園、今、来ているんです』
送信者は、かつて同じ職場で働いていた|佐々木《ささき》|世那《せな》。
彼女からの連絡は数年ぶりだった。メッセージは更に続く。
『本当に綺麗ですね、星空が。東京じゃ絶対に見られない。
あなたが「星空の下で話せば、どんな悩みも小さく見える」って言った意味が分かった気がします』
俺は、既読をつけたまま返信を躊躇った。
佐々木の声が、あのいつも少しだけ震えていた声が、テキスト越しに聞こえてくるようだった。
彼女は確か、人間関係のトラブルで会社を辞めたんだったか。
その時の相談の相手が俺だった。
『私、もう疲れてしまったのかもしれません。
ここから見上げる空は、まるで別世界の出来事みたいに綺麗なのに、私の現実は全然違ってて。
馬鹿みたいですね、こんな時間に、こんな乱文送ってきて』
彼女の苦しみは痛いほど伝わってきた。
でも、その時の俺の心境は、驚くほど冷静だった。ベランダに出て、自分が見上げている同じはずの夜空を見つめる。都会の光害で星はまばらだ。
『こんなこと、他人事みたいに聞こえるかもしれないけど』
そこでメッセージは途切れていた。
俺にとって、佐々木の悩みはもはや「他人事」だった。
数年という月日は、感情のつながりを薄れさせるのに十分な長さだ。
あの頃は親身に聞いていたはずなのに、今はただの過去の記憶。
彼女の置かれた状況を想像することはできるが、胸が痛むことはない。
俺は少し考えてから、短いメッセージを打ち込んだ。