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第4話:大塚家へようこそ!
大雅の家の前で、琥珀はゴクリと唾を飲み込んだ。
目の前には、コンクリート打ちっぱなしの、どこか「要塞」を思わせる立派な一軒家。門には達筆すぎる字で『大塚』と書かれた表札。
「……琥珀。無理に入ることはないぞ。……怖ければ、今すぐ引き返しても……」
大雅がサングラスの奥で、不安そうに琥珀を気遣う。
(親父が変なことを言わないか……お袋が琥珀をいびらないか……俺の部屋の『キスのコツ・メモ』を見られたらどうしよう……)
彼の脳内は、国家機密を扱うスパイ並みの緊張感でパンク寸前だった。
「大丈夫だよ、大雅くん! お父さんもお母さんも、あんなに優しかったじゃない」
琥珀が笑ってインターホンを押すと、地響きのような足音が近づいてきた。
「おおお! よく来たな、琥珀ちゃん!!」
ガラッと扉が開いた瞬間、そこに立っていたのは「山から下りてきた熊」、あるいは「引退した伝説の組長」のような風格を持つ、父だった。
180cmを超える巨躯、浮き出た血管。黙っていれば誰もが道を譲るその顔面。
「ヒッ……!」
一瞬、琥珀の体が強張る。しかし。
「さあさあ、上がりなさい! 琥珀ちゃんの好きなメロンを買っておいたぞ! ほら、大雅! ぼーっとするな、エスコートだ!」
父がニカッと笑った瞬間、目尻が極端に下がり、凶悪な人相はどこへやら。そこには近所の子供に「トトロ!」と指をさされる、究極の癒やし系スマイルが降臨していた。
「……親父、近すぎる。……琥珀が困っているだろ」
大雅がムスッとして琥珀を背後に隠すが、和正はお構いなしだ。
「何を言うか! 息子が連れてきた天使だぞ! よし、まずは俺直伝の『紅茶の淹れ方(作法重視)』を――」
「あなた。……うるさいわよ。」
リビングの奥から、鈴の音を転がしたような、けれど絶対零度の声が響いた。
大雅と和正の肩が、同時に「ビクッ!」と跳ねる。
エプロン姿で現れたのは、大雅の母。おっとりとした美人だが、その瞳にはすべてを見透かすような鋭さがある。
「琥珀ちゃん、いらっしゃい。このむさ苦しい親子がごめんなさいね。……あなた、大雅。そこに座りなさい。」
「「……はい。」」
170cm超えの巨漢二人が、一言も発さずにリビングの床に「正座」した。
琥珀はその光景に、思わず目を丸くする。
「あら、大雅くん。お父さんとお揃いで正座してる……」
「……これが、大塚家の序列だ、琥珀。……俺たちは、お袋には勝てない」
大雅が消え入りそうな声で呟く。
その後、父がお手製のケーキ(見た目は岩のようだが、味は繊細)を運び、和やかな茶会が始まった。
和正は隙あらば大雅に「いいか、女子というのはな、指先の動き一つで――」と独自の恋愛哲学を吹き込もうとするが、そのたびに母の「あなた、何言ってるの(にっこり)」という一言で沈黙させられる。
「ふふっ。大雅くんの家族、すっごく仲良しなんだね」
琥珀が楽しそうに笑うと、大雅は耳まで赤くして視線を逸らした。
「……まあ、うるさいだけだ。……だが、琥珀が笑ってくれるなら、悪くない」
帰りがけ、玄関で和正が大雅の肩を叩き、ボソッと耳打ちした。
「大雅。……別れ際の『角度』だ。……忘れるなよ」
「…………わかってる」
大雅は意を決して、琥珀の手を取った。
父の教え通り、斜め45度の角度。心臓がうるさすぎて、もはやサングラスが曇りそうだ。
「琥珀。……今日は、来てくれてありがとう。……その、また、来いよ」
「うん! またね、大雅くん!」
結局、キスの「キ」の字も出せないまま、琥珀を送り出した大雅。
それを見守っていた両親の影。
「あなた、今の見た? 大雅のあのアプローチ」
「ああ……。……まだまだ修行が足りんな。よし、今夜はまた特訓だ!」
大塚家の夜は、愛と強面と、少しの勘違いで更けていくのであった。
🔚