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11 書斎にて
「おはよう、アーゼン。今日は遅いのね」
「……ルーフェリアか」
「昨日ずっと訓練してたでしょ? もう強いんだからいいじゃない」
私が言うと、アーゼンはそうか、とベッドから降りる。
「……強いか。そう言われると妙だな」
「妙って何よ。事実じゃない」
「そうか」
「まあ、私のほうが強いけどね!」
「……余計だぞ」
そう言いながら、アーゼンは部屋の扉を開けた。
「で? 今日は訓練じゃなくて、普通に朝食行くんでしょう?」
「行く。……腹が減った」
「でしょうね。顔がそんな感じしてるもの」
「どんな感じだよ」
「へへっ」
途中、すれ違う魔族の兵がアーゼンに軽く会釈する。
「アーゼン様、昨日の巡察お疲れ様でした」
「……ご苦労。持ち場は問題なかったか?」
兵は一瞬驚いたように背筋を伸ばす。
「は、はい! 問題ありません!」
「ならいい」
その短いやり取りだけで、兵が少し嬉しそうにしているのが分かった。
言葉少なだけど、ちゃんと返しているあたりが彼らしい。
「なんか、評判いいじゃない」
「仕事をしただけだ」
「そこよ。あんたは仕事しただけで評価上がるんだから」
「褒めてるのか?」
「まあ、そういうことね」
アーゼンはまた少しだけ歩幅を合わせてくる。
こういうの、本人は無意識なんだと思う。
「アーゼン、将来私と結婚しなさいよ」
「ん? 当たり前だろ」
「……はあ、わかってないわね。乙女心ってやつよ」
私がアーゼンの胸をぽんぽん、と叩くと、彼は少し顔を赤くする。
「アーゼンって|初心《うぶ》なのね」
「……馬鹿にしているのか?」
なんてことを話していると、リュカ君が食堂から出てくる。
「あら、リュカ君! なんか久しぶりね。元気にしてた? ていうかなんの職業なのよ? そんなに私と会わないようなのに就いたの? っていっても魔王城内よね? 騎士団とかかしら?」
リュカ君は一瞬きょとんとした顔で固まった。
アーゼンが小さくため息をつく。
「……ルーフェリア、質問が多い」
「だって気になるじゃない。久しぶりなんだもの」
リュカ君はようやく口を開いた。
「俺は、魔導団に配属されていて、まだ下位ですが、訓練がすごいんですよ」
「あら、戦闘職だったのね。どうりで見ないわけだわ。ていうかアーゼン知ってたのに黙ってたでしょ」
「……」
「なんか言いなさいよ、お子様ね。まあいいわ。リュカ君、あなたは今から訓練なの?」
「ああ、はい。そうです。もう嫌になっちゃいますよ」
アーゼンはお子様だと言われたのがよほど嫌だったのか、不貞腐れている。
「じゃ、それでは。アーゼン、頑張れよ」
リュカ君はアーゼンの肩をちょんと小突くと訓練場へ行ってしまった。
「あら、あんたたちってそんな仲良くなってたのね。初耳だわ」
「リュカが勝手にからかってくるだけだ」
「リュカ君の心情、分からなくもないわ」
リュカ君が去っていったあと、アーゼンはまだどこかむくれたまま歩いていた。
その横顔が妙に子どもっぽくて、私はつい笑ってしまう。
「なに笑ってる」
「別に? ただ、可愛いなって思っただけよ」
「……」
「可愛いわよ、普通に」
「普通にってなんだよ。まじでルーフェリアは一言余計だ」
「怒ってる? そういうところよ、かわいいって言われるの」
「ただ人のこと初心だって馬鹿にしてるだけだろ」
―――――――――――――――――――
「あら、父様なんか楽しそうね。何かあったの?」
私は管理室に入り、その書斎で魔導書を探しながら父様に聞く。
「いや、最近は何か調子が変なんだ。良い意味でも……悪い意味でもね」
「相変わらず意味深ね。何か意図でもあるの?」
「いいや。そんなことはないさ。ただ、何か起こりそうなんだ。だから僕は楽しむことにした」
私は顔をしかめた。
「まるで死んじゃうみたいだわ」
「そんなことはないさ。まあ、そういう日も近いうちに訪れるだろうけどね」
私は思いがけない言葉に絶句する。
沈黙が続いたが、管理室のドアが鳴る。
「どうぞ、入りなさい」
父様がそう促すと控えめにドアが開かれる。
「ああ、アーゼンか。何かあったかい?」
「ルーフェリアはいますか? あいつ、これ落としてたので」
「ルーならそこにいるよ」
父様が私の方に手を向ける。
「何落としてたっていうの」
「ほら、これだよ」
アーゼンは何も見せないでそう言った。
多分、言いたいことがある。
「ああ、ありがとう、アーゼン。__先に行ってて。後で行くから__」
アーゼンは一瞬だけ父様を見てから、ゆっくりと私のほうへ視線を移した。
「……わかった」
小さくそう言うと、アーゼンは踵を返して部屋を出ていった。
「ふふ、あの子は本当に分かりやすいね」
父様が楽しそうに笑う。
「父様、さっきの死ぬ日が近いって話、冗談じゃないんでしょう?」
私が問い詰めるように言うと、父様は肩をすくめた。
「冗談じゃないけど、深刻に考える必要もないさ。僕は僕の役目を果たすだけだよ」
「……ほんと、意味深なことばっかり言うんだから」
「ルーフェリア。君は君のやるべきことをしなさい。アーゼンも、きっと同じだ」
父様はそう言って、机に置かれた魔導書を一冊、私のほうへ押し出した。
「これだろう、ルーが探しているの」
「ちょっと、父様持ってたのね。早く言いなさいよ、大人げないわ」
父様は目を細めて笑った。
私はくるっと後ろを向いて「じゃあね」と手を振り、書斎から出た。