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欠け始めた満月
身分が上の人たちは西洋の貴族のような文化ですが文明は現代程度繁栄しています。
夢兄弟などが転生していて長男がナイトメア(白)、次男がドリーム、三男(長女)がナイトメア(黒)です。
ナイトメア(黒)に女体化要素が含まれます。また多くのオリジナル設定を含みます。
こんこん、と扉をノックをする音が昼下がりの静かな部屋に響く。部屋の主がノックをした者を部屋に通す。
「妹様。御主人様と奥様がお呼びです。」
恭しく頭を下げたその執事を、部屋の主である彼女のシアン色の瞳が捉えた。
「父上と母上が俺を呼ぶとなると婚姻話だろう。」
「妹様、また…。」
顔馴染みの執事が彼女の一人称に苦言を呈す。
「分かっている。お前しかいないから“俺”などと言っているのだ。」
続けて彼女は口を開いた。
「お前の前じゃなければ自分でいられないからな」
*
「ナイトメア、来たのね」
ナイトメアの姿を見ると彼女の母は嬉々として話し始めようとする。
「ええ、御母様、御父様。」
ナイトメアは口元で笑みを浮かべて答える。
「用件は私から言おう」
彼女の父、この家の当主が口を開く。
「ナイトメア、お前の結婚相手が決まった。」
「まぁ、私なんかを娶りたいという男がいるのですね…?」
表面的には驚いている様子を見せる。一人称も先ほどの“俺”から“私”に変えている。両親はナイトメアが体の形状を変えられるのをいいことに、男として生まれた彼を女として育てた。そしてナイトメアが“私なんか”という自らを卑下する言葉を使った理由。それはナイトメアが兄弟以外の親族から“呪い”や“災厄”などという扱われ方をしているからだった。
「そうなのよ。お相手は正室がいるけれど側室はまだいないのよ。お若く出世頭だから私達一族は仲良くなっておく必要があるから。」
つまりこの結婚は政略結婚になると言いたいのだろう。転生して物理攻撃もダメージとして受けるようになりタマシイも一つしか持たなくなったナイトメアに、反抗して生き延びる道はない。よって従わざるを得ないのだ。
「そうなるとお前は私達のものではなく結婚相手のものになる。」
ナイトメアは思わず自らの首に掛かっている林檎を模ったペンダントを触る。これはナイトメアを両親の管理下に縛りつけるための物であり、ナイトメアが両親の所有物であるという印だ。
「決して失礼のないように。婚姻の儀は2ヶ月と半月後だ。」
一気に両親の視線が冷たい物になる。冷たい視線を受け、結婚まで時間がないことを内心嘆きながらナイトメアは部屋を後にした。
ナイトメアが自室に戻ると専属執事であるクロスが紅茶を準備していた。
「手間をかけさせて悪いな」
「いえ。これが俺の仕事ですので。」
ナイトメアとクロスしか部屋にいないからか口調は砕けた物になる。クロスとナイトメアは転生前、前世からの主従関係にある。きってのヴィランだったナイトメア、その右腕だったクロスが、転生しても似たような関係になっているのは何の因果か運命だろうか。
「ナイトメア様も、家族以外のものになるのですね」
クロスがどこか惜しいような表情でしみじみと呟く。同名の兄がいることからナイトメアのことを名前ではなく“妹様”と呼ぶことを執事やメイド達は一族の主人から命じられていた。しかしクロスは密かにナイトメアのことを名前で呼んでいた。
「ようやく忌々しい林檎の呪いから逃れられると思ったのに…非常に残念でならん」
臭い物でもつまむように林檎のペンダントをつまみ上げる。ナイトメアは呪いと呼ばれているが、本質的にはこのペンダントがナイトメアにかけられた呪いだった。その呪いは、ナイトメアを両親の管理下に確実に置くことを可能にした。呪いから逃れるためには“ナイトメア自身が誰かのものになることを両親の前で宣言し、行動で示すこと”だった。誰がナイトメアを管理下に置くかは呪いから逃れる条件と同じことを行えば変更可能で、結婚すれば夫に縛り付けられるだろう。視線を落としナイトメアは息を吐いた。
*
結婚が知らされてから数日後。ナイトメアのウエディングドレスが届いた。純白のそれにはたくさんのフリルやレース、そしてそれらで作られた薔薇があしらわれている。
「綺麗だねぇ…」
妹のナイトメアがドレスを見に行った時にはすでに兄2人がその場にいた。
「あっ、メア!!」
兄2人は妹に気付いたようで直ぐに駆け寄ってきた。
「これは、少し早いけど婚姻祝い…?みたいな…」
兄のドリームが何も書かれていないメッセージカードを妹のナイトメアに渡す。
「あっ、別にプレゼントも用意してるよ。だけど、これ。受け取って欲しいんだ。メアにとって最高の結婚式にしたいから。」
兄達が何を言っているかよく分かっていないナイトメアはメッセージカードを受け取り、ドレスのある部屋を後にした。
そして、ナイトメアが部屋に戻ると待っていたかのようにクロスがいた。
「ドリームとナイトメアからメッセージカードを貰ったのだが、何も書いていない。」
ナイトメアはクロスに意見を仰ぐように呟いた。
「ドリーム様達が何の仕掛けもせず真っ白のメッセージカードを渡すとは思えません。炙り出しなどは聞いたことがありますがこれはカードになっていて分厚いですし…」
「炙り出し、か」
そう呟き、メッセージカードを触っていると、それに撓んでいるところがあるのにナイトメアが気付いた。
「クロス、ナイフはあるか?」
「ええ、こちらに。」
クロスはナイフを取り出し、ナイトメアに手渡す。そのナイフでナイトメアはメッセージカードに貼り付けられた紙を剥いだ。剥がれた紙をそっと蝋燭の火に当てる。
紙に何か文字が浮き出てきた。
「『ダッシュツコウ ハ ホノオ』」
浮き出てきた文字を2人で読み上げ首を傾げる。
「何の脱出口なんだ?」
「そうですね、でも覚えておいて損はないでしょうか……?」
その時2人は、このメッセージが自らの人生を良くも悪くも変えてしまうことを知らなかった。
逃げるが勝ちか、留まるが勝ちか。