公開中
EP4 シャリアピンステーキ 〜フレッシュソースと共に〜
キャラクターのメニュー表です
https://tanpen.net/novel/series/eb823d12-6e69-4a23-b651-9551240a2c82/
潮風薫る田舎町。
晴れ渡る空の下を小さな歩幅で歩く一人の女性がいた。
その人の足はとあるレンガ造りの壁、いや張り紙の前で止まる。
「レストラン…デリージュ?」
この街に住んでかなり経つが、一度たりとも聞いたことのないその名に彼女は首をかしげる。
しかしその張り紙に書かれていた一つの文句に一瞬にして目を奪われた。
『Can use magic』
彼女は張り紙を隅から隅まで見たが、レストランまでの経路は書かれていない。
仕方なく向かうことを諦めようとしたその時であった。
突然、頭の中にあるイメージが飛び込んできたのであった。
---
カランカラン…
誰かがデリージュの扉を開ける音。
「ようこそお越しくださいました。こちらでございます。」
レストランのオーナー、ジョン・リドゥルがその扉を開いた者を招き入れる。
「あの…私、お客としてではなく…」
自信なさ気なその女性、クリーム色の髪を後ろで一つにくくり青く濁った瞳をしている、が小さな声で客ではないことを伝えようとするが、ジョンはにこやかに微笑みかける。
「すべて承知しておりますのでご安心ください。ルータ・スティルさん。」
彼女、ルータは驚いた様子で目を|瞬《しばたた》かせた。
---
「では、貴方が当店で働くことをお選びになった理由をお聞かせ願えますか。」
営業時間外のレストランホールに簡易的な面接場を設営し、
緊迫した面持ち、いつも通りのにこやかな微笑みを貼り付けてはいるが、でジョンは目の前の椅子に座るルータに問いかける。
ルータも緊張した表情でその問いに答える。
「はい、私が貴店で働くことを志望した理由は…」
そこでルータは口ごもってしまった。
魔法が使えることを条件にしていた店に興味を持ったからというのが、少し動機として弱いかもしれないと感じたからだ。
そんなルータの気持ちを汲み取り、ジョンは言葉を付け加える。
「ほんの些細な理由でも、人を動かす動機になりますよ。さぁ、遠慮せず。」
ルータはコクリと頷いて、話し出す。
「私が貴店を志望した理由は、私自身魔法を使うことができるからです。」
ジョンはうんうんと首を縦に動かしながら、綺麗に背筋を伸ばした姿勢で次の質問を送る。
「では、貴方はどのような魔法をお使いになられるのですか?」
ルータは「はい」と返事をした後、右の手の平を下に向けたが、ハッとしてその手を引っ込めた。
「えっと、爆発させて燃やす、魔法です。」
まだ緊張しているのか、辿々しい口調で彼女はそう言葉を紡ぐと、また辿々しい動作で座り直した。
「では、貴方のご希望のポジションはホールでしょうか?それともキッチンでしょうか?」
「キッチンです。」
それを聞くとジョンは姿勢を伸ばしたまま立ち上がり、怖いくらいに微笑んでルータの視線を奥の方に誘導した。
「合格でございます。それではキッチンを案内いたします。」
「え、早い」
---
ルータをキッチンに案内すると、そこには溜息を吐くレイがいた。
「オーナー、面接って本当に要るんですか?いつだって人手不足なのに選り好みしている場合じゃないでしょ?」
「気持ちですよ、気持ち。」
ジョンは表情を崩さぬままそう言い放つと、フライパンを握るレイを見て満足げな顔になった。
「料理研究ですか?レイさんは熱心ですねー」
「なんかオーナーに言われると腹立ちますね…」
レイは笑顔を浮かべながらも、かすかに歯軋りをして怒りを紛らわせている様子だった。
それに気がついているのかいないのか、気を取り直してジョンはルータにキッチン内部を案内する。
「彼女はレイ・ルージェさん。当店の料理長です。キッチンの担当は今まで二人のみだったのですが、ルータさんが入ってくださるということで三人になりますね。もう一人の方は後日レイさんがご紹介します。そしてこちらがコンロでこちらが冷蔵庫でございます。冷蔵庫は5つありますが、それぞれにしまうものが異なっておりますので料理長から説明を受けてください。そしてここが…_」
数分後。
「説明は以上になります。それでは、これからよろしくお願いしますね。」
マシンガントークの説明が終わると、ジョンは満足した表情で自分の仕事に戻って行った。
説明を受け終わったルータは、少し疲れた様子で静かに長い溜息をついた。
そしてせかせかと料理の研究をしているレイの方に向かって深々とお辞儀をした。
「あ、あの、私はルータ・スティルと申します。調理係の一員としてこれからどうぞよろしくお願いします。」
その様子をちらりと見たレイは、笑顔でルータの前にお皿を差し出した。
その上には何かの肉料理がのっている。
「ルータ、これ味見して欲しいんだけどいいかな?」
「は、はい。」
明らかに年下ながらタメ口でサラッとしたレイの態度に少し驚いたが、おかげで緊張がほぐれたルータはその皿を受け取るとまずは香りを確認した。
潮を感じる磯の香りに香ばしいバターと甘いキャラメルの芳香。そしてその向こうに隠された不思議な香り。
「お肉にキャラメル…?」
一抹の不安を抱えながらも、その肉をナイフとフォークで一口サイズに切り分けそっと口に運ぶ。
「な、なにこれ!?」
ルータが驚いたのはその肉質だった。
豚でも牛でも鳥でもない。もちろん羊でも馬でも象でもない。
一度も食べたことのない不思議な感覚が、噛んだ瞬間に上下の歯と歯の間を弾んだ。
端的に表現すれば「ブヨップル」という感じである。
「ぶよっぷる…」
「え、今なんて?」
レイがルータの表現に吹き出しそうになるのを堪えて、かろうじて彼女に聞き返す。ルータにはその質問が聞こえないほど、ブヨップルという感覚が口内を跳ね回っていた。
「実はこの肉、イルカなんだよね。」
「イルカ…?」
初めて食べるイルカの味は非常に濃厚で甘かった。
「とても…美味しい。」
すると何か思い立ったのか、ルータは突然壁にかかっていた底の浅いフライパンを手に取った。
「私も何か調理してみてもいいでしょうか?」
レイの許可を得てから、先程までの辿々しさとは裏腹にテキパキとした手際で調理を進めていく。
調理の段階が進むごとに、キッチンの中に芳醇な香りが広がっていく。
出来上がったのは玉ねぎのソースがかかっているだけの、至って普通のステーキだった。
そこからふわふわと白い湯気が上へ上へと立ち昇っている。
「味見してもいい?」
例は一言聞いてからその肉にナイフを刺し入れた。
肉は柔らかく、フォークで簡単に切ることができた。
レイはそのまま一口頬張る。そして二回ほど頷き、徐々に顔に笑みが広がっていく。
「私、先ほどの料理のように珍しいものを作ったことはないけれど、このシャリアピンステーキだけは得意料理なんです。」
はにかみがちにそう言ったルータは、濁りつつも決意のこもった目でレイを見つめた。
「もっと得意料理を増やしたい、そう思ってこちらで働くことを決めました。料理長、ご教授よろしくお願いします。」
深々と頭を下げたルータを、レイは物珍しげな顔で見つめてステーキを飲み込んだ。
そして内心、彼女のあまりの謙虚さに、このパワハラレストランでこれからやっていけるのかと心配になるのであった。
<キャラ原案>
ルータ・スティル_ABC探偵さん
ありがとうございます!