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第十話 雨夜、アタック
大変長らくお待たせしました!
ついに戦いが始まりましたよ!
一番槍を務めたのは、雨夜とそれからもう一人。亞間宮だった。この男、ナイフ使いだけあり、なかなかどうして俊足だ。
「へー、キミ、新入りなのに速いね」
上から目線にいらつきながら、精一杯にらみを聞かせて礼を返す。
「そりゃ、どうも!」
廃校がぐんぐん近づいていく。遠目にエネミーらしきものが見える。すると、桜庭から連絡が入った。
『おそらく門に入ったところで見張りが何体かいるはずです。後続が到着する前に処理してください。……門はあと数十メートル先です』
雨夜はナビゲートに従う。やがて門にたどり着き、
雨夜はぎょっとした。
門はこじ開けられていた。しかし、力ずくではない。鍵の部分が打ち壊され、門が横開きに開いている。
雨夜が驚いたのは、壊されていたことではない。ーーてっきり、エネミーが知恵のないバケモノだと思っていたからである。門がきちんと横に開かれていたということは、間違いない。エネミーには、知能がある。
ーーどうせ、猿並みだ!
雨夜は、驚きとほんの少しの戦慄をねじ伏せて廃校に侵入った。ついに、エネミーを至近距離で捉える。
いびつな奴らだった。
人間のかたちをしている。しかし、どこもかしこもいびつだった。髪の毛がごっそり抜けているのはまだいい方で、個体によっては単眼だったり片足だ。不自然に小柄だったり大柄だったり。頭が異常に巨大、内臓のあるはずの部分がへこんでいるなど、明らかに身体のバランスがおかしかったり。
雨夜はエネミーを視界に捉え、そのおぞましい姿を脳内で処理し、そして。
雨夜は、両手にもったナイフで、二匹のエネミーの喉笛を同時に掻き斬った。躊躇は、しなかった。当然だ、こんなもの、二流のゾンビゲームにも劣る。醜悪さはむしろCGのほうが勝るくらいだ。
雨夜は余勢を駆って、残り数体の胸を刺し、頭をかち割り、皆殺しにした。
『……見張りは、もういませんね。では、しばらく待機してください。ところで、雨夜さん、平気ですか?』
どういう意図の質問だろうか。負傷の話だろうか? まあ、怪我はしていないから、無事ということでいいのだろう。
「平気だ。でも、」
雨夜はまず、エネミーの死体を見た。次に、ナイフを見た。そして、自身の服を見下ろした。
「ところで、なんで血がないんだ?」
返り血が全くなかった。刺したところからも、赤色が見えない。
『……そういうイキモノだからですよ、エネミーが』
桜庭はそうとだけ言った。
「……いや、もっとなんかないのか?」
『そう都合よく生物学に精通している人間が生き残っていると思いますか? ましてや未成年ですよ』
ポン、と肩に手が置かれる。
「うんうん」
亞間宮が、至近距離にいた。心臓が飛び出るかと思った。
「ドッキリだいせいこー」
「殺す!」
「あははー」
亞間宮は飄然と笑いながら両手をひらひらと振る。雨夜はさらに怒鳴り付けようとしたが、そこに凛とした声が割って入った。
「こらっ! 殺すなんて言っちゃダメでしょ!」
日向だった。後ろには、雨夜たちに遅れてきた奴らがひしめいている。
「げ」
多分、その時の雨夜はとてもげんなりした表情だっただろう。雨夜が固まっていると、亞間宮が意地悪そうに隊員に話しかける。
「随分遅かったね、鴇崎サンたち。腕落ちてんじゃないのー?」
「……こちら、鴇崎。先遣隊に合流しました」
『了解です』
鴇崎は無視して桜庭に通信をとる。
「あぁ!? 亞間宮テメェ、もう一回言ってみろ!」
だが、逢沢は見事に食いついた。足音を鳴らしながらずんずんと亞間宮に詰め寄る。
「だからぁ、腕、なまってんじゃないの? って言ったんだよ」
「ざっけんな! 俺はな、新人に合わせてやってたんだよ!」
逢沢は日向を指差す。日向が申し訳なさそうに縮こまったので、多分本当だろう。
「へえー」
亞間宮は若干つまらなそうな顔をした。逢沢が得意気に笑う。
「それ僕の指示だけどね」
すると、鴇崎が口を挟んだ。
「はぁ!? 言われなくてもやってたっつーの!」
「どうだかね」
「テメェは俺をなんだと思ってんだ!」
……なんだか見ていて面白い。雨夜が無言で喧嘩を眺めていると、やおら春冷が近づいてきて聞く。
「これ、雨夜ちゃんがやったの?」
これ、とはエネミーのことだろう。
「ああ、まあ」
「初めてなんでしょう? すごいね...…」
春冷がしげしげとエネミーの死体を眺める。血が出ていないとはいえグロいのだし、そんなつぶさに見るべきものではないと思うのだが。殺し方もただ斬っただけで何の面白みもない。
春冷はふいに、弾かれたように顔を背ける。
「あー、止めにしましょう。こいつらの死体なんて見てたら目が腐ります」
……じゃ何で見てたんだよ。
半目で眺める雨夜をよそに、春冷は未だに喧嘩中の二名の間に割って入る。もっとも、喧嘩というよりは今や逢沢が一方的にがなっているだけだったが。鴇崎の顔が、口を出すんじゃなかったと雄弁に物語っている。
「お二方。早くエネミー殺しに行ったほうがいいんじゃないですか?」
鴇崎と逢沢の動きがぴたりと止まった。即座に、桜庭が通信を送ってくる。こちらの動きをうかがっていたのだろう。
『エネミーの動きはどうですか?』
鴇崎も、逢沢にうんざりしていたのか、好都合だとばかりにすぐ言う。
「数体がこちらに向かっています」
『了解です。喧嘩も済んだようですし、校内のエネミーも駆逐し始めてください』
逢沢がふんと鼻をならした。
『スナイパーも、見える範囲はどんどん撃っちゃって大丈夫ー?』
予期していなかった声が頭に響き、雨夜は少し驚く。夕守だ。なるほど、さっきからめっきり声が聞こえなくなったなと思えば、スナイパーと連絡をとっていたのか。
「問題ありません」
鴇崎は隊長らしい決断の速さでそう答えた。刹那の後、轟音が鳴り響いた。
銃声だった。
校舎の二階にある窓がばりんと割れるのが、校庭からでもはっきりと目視できた。しばらくの後、足音が大地を轟かすように響いてきた。見るまでもなく、エネミーの足音だ。
雨夜は短剣ナイフを静かに構えるーーそこで、腕が雨夜の前に伸び、制止が入った。
「雨夜ちゃん、さっきこいつら倒して疲れたでしょ? 私がやるよ」
この声は、春冷だ。そんなことねえよ、僕がやる。そう思いを込め腕の主を訝るように見上げーー
直後、息を呑んだ。目玉がこぼれんばかりに瞼が開く。
春冷が、笑っていた。ひどく楽しそうに、ひどく嬉しそうに。ひどく酷薄に。喜色満面かつ、残忍無比に。
エネミーの群れが昇降口に見えた瞬間、春冷は、引金を引いた。弾丸の雨あられが、エネミーたちを貫く。弾切れまで撃ちきると、春冷は驚異のスピードでマガジンを交換する。
そこで雨夜は再び慄然とした。幾つものマガジンが、春冷の腰にぶら下がっている。一体、どれだけ撃つつもりなのか。
エネミーの断末魔が響く。
「……うるさい、うるさいうるさい!」
春冷が狂ったように叫びだす。すると鴇崎が慣れた様子で話しかけてきた。
「あー……あれがいつも通りだから、気にしないで。あの数にナイフは不利だし、カバーだけしてほしい」
鴇崎はそうとだけ言って、自身も淡々と散弾銃を取り出し、撃ち始める。動揺はちっとも見受けられなかった。
……こいつら全員イカれてんな。
雨夜はひとつ苦笑して、座り込んだ。