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第2話:消える花嫁と、焦る若旦那
禪院家に来て一週間。私はこの広大な屋敷の構造をだいたい把握した。
そして何より、私の新しい「お仕事」も見つけた。
「紬様、またそんな高いところを……! 降りてくださいまし!」
「ふふ、大丈夫ですよ。ここ、埃が溜まっていましたから」
私は術式で姿を消したまま、ひらりと鴨居の上に飛び乗り、はたきをかける。使用人たちは、誰もいない空間からパタパタとはたきの音だけが聞こえる怪奇現象に、最初は腰を抜かしていたけれど。
「……あ、紬様。ついでにその横の欄間もお願いできますか?」
「はい、お任せください!」
今では、掃除の難しい場所を任される「便利なお嬢様」として、すっかり馴染んでしまった。
そんな和やかな空気の中、ドカドカと激しい足音が廊下に響く。
「おい! 紬! どこにおんねん!」
不機嫌さ全開の直哉様だ。私はいたずら心が疼き、術式を維持したまま声を殺して、彼の頭上から様子をうかがう。
「……チッ、またおらんのか。あの女、勝手に外出しとんのとちゃうやろな」
直哉様は私の姿が見えないと分かると、目に見えて焦りだした。キョロキョロと辺りを見渡し、しまいには使用人の襟元を掴まんばかりの勢いで詰め寄る。
「おい、紬はどこや! 隠しとんのか!」
「い、いえ……紬様は、その……」
使用人は私の居場所を知っているけれど、私の「しーっ」というジェスチャーを見て、必死に笑いを堪えている。
「……っ、どこや! 紬! 呼び捨てにして怒っとんのか!?」
直哉様の声が少し裏返る。相当焦っているらしい。私は鴨居から音もなく飛び降り、直哉様の背後、耳元でそっと術式を解いた。
「……ここにおりますよ、直哉様」
「うわあああっ!?」
直哉様は情けない声を上げて飛び上がった。弾かれたように振り返り、私の顔を見るなり、今度は顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。
「自分、ええ加減にせぇよ! 驚かすな言うたやろ!」
「ふふ、あまりに直哉様が一生懸命探してくださるから、嬉しくて」
「……誰が一生懸命や! 暇つぶしや、暇つぶし!」
直哉様は吐き捨てるように言うけれど、その手は私の手首をぎゅっと、離さないと言わんばかりに強く掴んでいた。
「……おい、直哉。紬ちゃんをそんなに怖がらせるな。腰が引けとるぞ(笑)」
廊下の先で、直毘人様がひょうひょうと酒を煽りながら現れた。
「親父! 黙れや! こいつが、術式でコソコソ隠れるのが悪いんや!」
「ガハハ! 紬ちゃん、直哉はな、お前の姿が見えんとすぐパニックになるんや。愛されとるのう」
「愛とか言うな! 汚らわしい!」
顔を真っ赤にして私を引っ張るように歩き出す直哉様。その背中を見ながら、私は心の中で小さく笑った。
(直哉様、本当にお耳まで真っ赤……。可愛らしい方)
「……直哉様、明日は『かくれんぼ』、もう少し難しくしてもよろしいですか?」
「……二度とすな! ずっと俺の視界に入っとけ、命令や!」
繋がれた手から伝わる直哉様の体温は、驚くほど熱かった。
🔚