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都合の良いクスリ
僕のフェチ(心臓・聴診器)をふんだんに込めたやつです。
いのちを削ってる行為に興奮するやつ。
エロくなくてごめんね。
約5400文字
滋養強壮薬として売られている「魔鏡」。
副作用として一時的に心臓発作的に心臓のリズムが乱れさせ、心拍数を上げるというのがある。若者たちはこの薬を大量に買い乱用するという「Heart Beat Trip」という危険な火遊びをしている。
少なくとも通常の10倍ほどの量を飲み、早ければ15分ほどで効果が出始める。|巷《ちまた》で話題の|OD《オーバードーズ》と呼ばれるものだった。
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さあ、今宵の月は誰がする?
グループの誰かが言った。
平日の深夜帯のことだった。
大人たちでも家路に帰るレベルの夜の濃度。光の神殿のごとく輝く、歓楽街の危険なエリア。そこから少し離れた闇の棲む場所。ガード下の暗い雰囲気に、さらに影が落ちた。
未成年者の集いの場所である。安心して眠れずにいて、昼夜が逆転してしまった者たちが集っていた。
ネグレクト、家庭内暴力、いじめ、不登校、近親相姦、自殺未遂……。自分の身体を傷つけて、身内の大人、周囲の大人たちに助けを求めたが無視されてしまった。気付いたのは同じ境遇を持つ同年代の仲間たち。死にたいと願う男女の危険な界隈。その場所だった。
深夜はいつもここで夜を明かし、昼になると家に帰る。
集落と化したここに、一般的な社会の知識など無用の長物。学校なんていう真面目さ、宿題というつまらない時間、規則正しいという手堅さ。ここでは全部ダサい代物だった。
私がやっていい?
グループでは中間層の、〇学生女子が手を挙げた。こんなところにいるべきではなかった。彼女の通っている学則では、髪染めやピアス、化粧はだめらしいのだが、そんなの知ったことではない。茶髪に耳ピに黒のネイル。悪魔の使いのような黒を基調とした服装。裾上げしてミニスカート化した制服。
そんな彼女の立候補に、夜の友人たちは謎の盛り上がりをしている。かしわ手に似た強い響きが数発、夜の歓楽街に弾ける。花火でもやっているかのよう。
そんなに意気込むなら、景気づけにやってみよう。
いいよ、早くやろう。
そう来なくっちゃな。
当たり前のように白い錠剤の入ったビンを取り出した。
裏ルートで仕入れたらしいいつもの「|魔鏡《遊び道具》」。彼女はそのビンを受け取って蓋を開けようと力を入れる。
ビンはいつも新品だった。250錠もあるこのビンを、一日あれば|空《から》になってしまう。
ビンを開けるとなぜか盛り上がる。どのくらい飲むのと隣の人は聞く。えー、どうしよっかな、なんて挑戦者の彼女はとぼけている。
まずノルマとしてこのくらいでしょと、10錠を手のひらに乗せた。
そしてそのまま口のなかへ放り込む。自販機で買ったペットボトルで流し込んだ。
一回一錠を一日二回服用。錠剤の大きさは比較的小さめで、一気に飲めてしまう。すぐ飲めてすぐ効く。OD向きの市販薬。
おっ、いった!――と彼らは盛り上がった。
この時点で通常の量の五倍だった。
彼女はまだまだと挑発的にビンを振り、錠剤を取り出した。
夜の友人たちは彼女に話しかける。前回はプラス24だったから25でいいっしょ。彼女はその提案に乗った。じゃらじゃら音を立てて、白い錠剤を手のひらに乗せる。
一部は彼女の小さくて細い指の|器《うつわ》から抜けていったが、構わず地面に落ちたものを拾って手のひらに乗せた。
じゃあ、いっただきまーす、と彼女は大声で言って、口のなかに放り込む。それからえづきながらもお茶で流し込んだ。おー、と友人たちは拍手をした。
効果が現れるまで談笑していた。
最近の近況や今のトレンドについて共有した。
突然だった。彼女は立っていられなくなる。
ほつれ糸のようによろめいた。
大丈夫? ……大丈夫。
彼女は気丈に立ち上がるのだが、その後何回か転んでは復帰して。の繰り返し。
その間隔が狭まり、とうとう立つことができなくなってしまう。
地面のアスファルトの床に転がった。背骨を丸め、身体を縮みこませ、胸を押さえている。
ヤバい。心臓がバクバク鳴ってておかしいんだけど、ヤバい。
笑いながらみんなに言う。本人による実況中継ができるほど、声の方はまだ余裕はあった。
おっ、始まったか。
周りはニヤニヤした。彼女の異変に誰も心配なんてしない。むしろ待っていたといった感じだった。
彼女は自身の胸が熱くなっていくのを理解した。インフルが胸にだけ感染したような感じ。それ以外は全然普通だ。普段は感じない動悸がすごいした。心臓の鼓動が加速する。バクンバクンと大きく動いている。
肩で息をするように、呼吸が乱れる。普段は感じないはずの心臓が、肺を押してまで大きく動いているのが分かった。この時点で心拍数は150は越えていた。
仰向けに倒れて無様にがき苦しんだ。服の上から掴むように胸を押さえている。
始まったぞ、急げ、とみんなは言った。バーゲンセールのように彼女の周囲に人が集まりだした。
助けるためではない。彼女の急変の心配なんて誰もしていない。むしろここからが楽しむポイントだ。自身の胸を守るように、押さえている。いのちを削っている音を抱えている。その彼女の手をどけて、手首を掴んだ。
無理やり仰向けにさせ、腕を左右に広げるようにした。見えない十字架が地面の先に見える。彼女はゼイゼイと息を吐き殺して、苦しそうにしている。
その彼女を半ば強姦のように一人の男が身体の上に乗っかった。体重をかける。スカートの布と太もも全部に圧がかかる。
手足の自由を奪われて、前のボタンは夜の友人の手によって外されていった。
ぷち、ぷち、とボタンの外される音がする。彼女の声はただ喘ぐばかりに弱くなった。
ボタンを外していくと、乳房を支える下着の色が覗いた。おいおい|湿気《しけ》た色してんな―、と白色のブラをつまみ上げ、素肌を露出した。所々にキスマークが付けられた胸。それに反応する男たち。
夜の友人たちは、乗っかっている男以外に4人ほどがいて、全員がノリノリだった。それぞれ手と足に体重をかけ、拘束を担当している。
その、拘束する一人が聴診器を取り出した。
急変を確認し、救出するための手立ての道具ではなかった。楽しむための道具だった。
彼女の左胸に聴診器を当てた。聴診器は明確に、胸の中で激しく駆動する臓器音を捉えた。
ドクッ、ドクッ、ドクッ……。
心臓が皮膚から服ごと突き破ってこないか、心配になるほどだった。心臓発作と呼べるものだった。なのに、速い、速いと何故か喜んだ。他の男たちは大いに笑ったが、彼女の手足を拘束する力は緩めなかった。
よく聴こえるよ、
すごいすごい。頑張ってるよ。
力強い鼓動を褒めるような事を言う。聞き手は倒れてもなお鼓動する生を聴いてうっとりとしていた。
挑戦者の彼女は力なく首を動かしている。心臓の動きに従い、頷いているのだろうか。
彼女のブラの色やおっぱい大きさ、乳首の敏感さには目もくれなかった。あわよくば、そのまま下半身へ手を伸ばして、スカートの裾をめくりあげ、下着の汚れ具合と陰毛の生え具合、外性器の様子まで余すことなく閲覧可能な状態だった。
実は、今夜の彼女は昼間に性行為をしていた。見ず知らずの人とセックスをして、中に出され代わりにお金を得ていた。フェラチオだってしていた。歯磨きをせず、スイーツでごまかしたから、もしかしたら誰かがキスをすれば、精子のかすかな味があじわえただろう。
けれど、夜の友人たちは、それについてはどうでもいいと、胸の、中心部の音を聴診器で吸い取り、「彼女のいのち」について感想を述べていた。
ヤバッ。え、ヤバッ。
すっごい速いんだけど。
え速っ、なにこれ、ウケるんですけど。
聴診器を当てながらそんなことをつぶやく。
もっと聴きたい、もっと知りたいと、小さな金属をさらに沈み込ませた。
胸の中に、小さな円盤を押し込む。医学的な知識は浅いから、心臓は左胸にあると思っている。だから左胸に聴診器を当てている。
しかし、彼女の心臓付近にあることは確かだった。乳首のすぐ下。鼓動がもっともよく聞こえる場所。心尖部に当てている。聴診器の|円盤《ピース》を小刻みに跳ね返している。
聴診器の先に力を込めると硬い物質に当たった。肋骨だ。骨が聴診器の円盤の侵入を防衛している。そして肺の上下する動き。だが、聴診する持ち手は年上の男の子だ。その力はいつまでも沈み込めそうな気分がある。
彼女の乳圧に打ち勝ち、その奥の硬い部分、肋骨を押した。下品な笑い声とともにひび割れを入れてもよいぐらいの力で押した。肋骨の隙間を押し広げるようにしていった。仮に胸から離せば内出血の跡が一つ増えるだろう。
しばらく聴いたら耳を交代する。圧迫する者は固定だ。
速くなった、強くなった。
彼女の許可なく胸を触る者がいた。
ドクドクドク。
跳ね返してくるのが指に伝わる。
酒瓶の回し飲みならぬ、心臓の回し聞き。
乱れに乱れた心臓のバッドトリップ。
いのちを削ったドリップコーヒー。
心音のみを吸い上げる金属のストロー。
飲み込んだ錠剤は35錠。
通常の17.5倍。
後遺症は残らないと思い込んでいる。
苦しむ彼女もそう思い込んでいる。
現在進行形で苦しみながら、いのちを削る遊びに夢中だった。
あわよくば、死ぬかもしれない遊び。
あわよくばでないから面白い。
リストカットよりも白熱した火遊び。
若者たちは自分の心臓を差し出して、友人たちの娯楽としている。
いのちと直結している部分を差し出した。平気な顔をして。
普段なら大事にしているはずのところ。そこを、どこまで早く動かせるか。
挑戦していた。毎晩、この時間になると。
12345……。12345……。
聴診器を当てながら心拍数を早口で数えている。
10になると一つずつ指を折って、再び12345と数えた。そうしないとスピードに追いつかないから。はだけた彼女の「いのち」を聞いた。最大心拍数の220は絶対超えている。スピードアップ。250。それ以上。その気配が一段と増す。
でも、これだけでは終わらなかった。終わらせられなかった。
「Heart Beat Trip」。
「Heart Beat」は聞いているが、「Heart Beat Trip」は聞いていない。
かなり速いとはいえ、乱れていない。規則正しさは優等生の証。我々のように、乱れさせないといけない。
行くね、と主導権を握る男は言った。
いつまでも聴診器は、船のいかりのように沈んでいる。海底の奥を吸音している。
ドクドクドクドクドクドク……
苦難を与えてもなお優等生である心臓の真上。聴診器の真上に両手を重ね合わせ、手のひらを合わせた。
聴診器に合わせ、ぐっと両手を押し込んだ。あばら骨とともに、金属のいかりは深く沈む。
くぐもった彼女の苦しそうな声を出す。彼女は被害者。
その顔ににやりとした。男は加害者。
地面、背中、心臓、肋骨、聴診器、皮膚、男の両手。
地面と、男の押し込む両手が一気に縮まり、心臓の駆動範囲が一気に狭まる。
ドクドクドク……ドッ…………ドクドクドク。
脈が飛んだ。一秒につき4回は収縮するはずの赤い臓器が、一秒だけ停止した。
聴診器でそれを聴音した者は、それについて喜んだ。
停まった、停まった。連呼した。
代わって代わってと、隣の人は聴診器をねだった。そして聴いた。30秒ほど経過して、その機会を待った。なかなか来ないから、圧迫する力を強めた。
すると、すぐに乱れを確認した。連続で来た。
聴診者はとてもわめいた。規則正しい生活に対して反抗することがこれほど嬉しいように。
彼女に対する心臓圧迫で、期外収縮を聴けたら人を変えるということをし始めた。心臓が止まることに反応した。
ヤバい、ヤバいんだけど。
聴けた、聴けた。
同じ言葉を連呼するのみだった。
一周すれば、手足の拘束はもう要らなくなっていた。もう半周するころには彼女の目は虚空を泳いでいた。意識はもうない。白目の表面積が多い。もう気絶して、涙を浮かべていた。それでもなお、心臓の虐待は継続される。
心臓だけが懸命に圧迫の抵抗に喘ぎ、心臓停止の時間が若干延びる。
血流が4秒停止すれば、脳に血液がいかなくなって意識を失う。彼女の意識が飛んだということは……。
このまま続ければ許容範囲を超え限界を迎えるのだが、だれも彼女の危機に憂慮していない。心配も、AEDを用意することも、万が一のことも考えていない。全く考えていない。そうならないという架空の確信がそこにあった。
ただ下卑た笑みを弾けさせて、胸の圧迫をし続け、心臓の停止を頻発させて、聴診器の回し聴きをしているのみ。とても速く動いているのに、停止するのだ。それが面白いと感じている。
乱れた心臓の音を、聴診器で味わうのが最高のひととき。いのちを削る遊びは少なくとも30分以上は続く。心臓の調教、いのちの調教、彼女の調教。調教の時間は生の実感。
意識消失がとてもウケる。その脱力した顔がとても笑える。それなのに挑戦するのがとても楽しい。
次、オレがしまーす。
彼女の心臓が弱まることが契機となって、〇学生の男がビンをじゃらじゃら振った。彼女は放置され、バーゲンセールは終了する。いつかは復活するだろう。次だ次。
彼女の飲んだ数プラス1錠が喉を通り、薬物が胃で溶解されるな否や、次の発作が始まった。同様に胸を押さえ、そのまま倒れた。今度は立ち上がることはなかった。彼女よりも年齢が低く、体格も低い。義務教育中だった。
来た来たと期待する者たちが聴診器を持って飛んでいく。彼女は放置された。
服を脱がせ、胸に当てる。すぐさま高鳴る心臓を捉えた。
|心臓《いのち》を早く動かすのって、死ぬほどたのしい。次は|自分《ぼく》が立候補しようかな。
書き終わった後調べてみると「OD依存症になったら舌が青くなる」というのがあるらしく、「入れてー要素だったわー」とか思った。
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