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    2-2「進展」
    
    
    
    「ん……」
 眠りからの緩やかな目覚め。
 それに従い目を開くと、眠りへ再び|誘《いざな》おうとする意識をかき消すようなまばゆい光が飛び込んできた。
 ――おかしい。
 いつもと目覚めの感覚が違う。
 いつもは、誤差二分程度というなかなかの精度で決まった時間に起きるのだが。
 その時の目覚めは、朝起きられない全ての人が羨むほどの爽やかな目覚めなのに。
 この目覚めは。
 休日の朝のような、目覚める時間を定めていない時の目覚めの感覚と同じ。
 嫌な予感がして、ばっと時計を見る。
 時計は――
 ――八時、ちょうどを指していた。
 寝坊した。
 ◆
「|ふっごふごーふ《いってきまーす》!」
 焼かないままの食パンを口にくわえた僕は、母に見送られながら道を全力疾走していた。
 時刻は八時五分。
 信号に引っかからずに行けたのなら、まだぎりぎり間に合う時間だ。
 なんで起こしてくれなかったんだ、と思っても仕方のないことを思いながら、走る、走る。
 母のことだから何度も起こしてくれていたのだろう。
 それでも起きなかったのだ。
 完全に夜ふかしした僕が悪い。
 ――ああ、走りづらい。
 当然だ、口に食パンをくわえているのだから。
 手を動かす。
 右手で食パンを掴み、首を振って食パンを噛みちぎった。
 もそもそと食パンを口の中に収めながら、前を向く。
 まずい。
 信号が点滅するのを見ながら、走る速度を上げる。
 間に合うようにと願いながら、横断歩道を駆け抜けた。
 ◆
「はぁ、はぁ……」
 既に息は荒く、口の中も乾ききっている。
 しかし、それでも足取りだけはしっかりしていた。
 最後の一口を口に放り込む。
 遠目に学校が見えた。
 やたらねっとりしている口の中のものを飲み込むと、速度を一段階上げる。
 そのまま、最後の力を振り絞って駆けた。
 ◆
 間に合った……。
 教室に滑り込み、かばんをひっくり返して中身を全て机の上に出した後、僕は上半身を机に投げ出していた。
 後ろから「あいつ朝から何やってんだ?」なんて声が聞こえてくるが、そんなのはお構いなしだ。
 おかげで成瀬先生にも「こいつ何やってんだ?」というような目で見られたが、気にしないことにする。
 まあ、この朝のドタバタのせいで眠気は完全に吹き飛んだから、悪いことばかりというわけではない。
 今この状況に陥っている原因の全てが今朝の寝坊、ひいては昨日の夜ふかしに集約されるのだから、結局プラスマイナスで言ったらマイナスじゃないか、というのは置いておいて。
 今日は、一時間目から異能に関する授業がある。
 昨日、未来の僕の苦労を無視してまで得た成果が発揮できるというわけだ。
 久方ぶりに感じる胸の高鳴り。
 鏡なんて見なくても、今の僕の目が輝いていることぐらいは分かる。
 そうして始まった授業。
 行われる場所が教室である以上、そこまで大々的な異能の行使はできないわけだが。
 それでも、教える内容が内容であるため、やはり授業内で異能を扱う時間が設けられた。
 異能を扱えない僕は見学を余儀なくされるが、文字通り「見て学ぶ」ことはできる。
 一度瞬きをし、視界を切り替えた。
 色が失われた世界で、みんなの動きを注視する。
 確認するのは、異能を使う時のエネルギーの動き。
 これを消費して異能を発動するのだから、これの動きと異能の発動の因果関係が皆無ということはないはず。
 果たしてその予想は――
 当たっていた。
 例えば炎を出す異能を行使した時。
 手から炎を出すのであれば、まず手にエネルギーが集中する。
 その集中したエネルギーは一旦手から放出された後、「発火」という現象に変換されていた。
 一つ、気になる異能が。
 保有者は、|千《ち》|羽《ば》|海《かい》。
 この異能のエネルギーの動き方が、身体強化をした時のエネルギーの動き方と酷似しているのだ。
 他の異能はどこか発動する起点――一点にエネルギーが集まるのに対して、この異能はエネルギーが全身を高速で巡っている。身体強化もこれと大体同じで、部位によって差はあれどエネルギーを全身に巡らせて行っているのだが。
 千羽海の異能――指を傷つけて異能を行使している点から見て、恐らく治癒系か自傷を前提とする強化系――と身体強化では得られる効果が異なる。
 ということは。
 ――エネルギーを現象に変換する出力の段階に何か秘密がある。
 まあ、その「秘密」が分かっていれば苦労しないのだが。
 取り敢えずやってみるか。
 試してみないと何も進まない。
 いつもと同じように体にエネルギーを巡らせた。
 身体強化の出力を下げて、回復能力を上げる。
 それを意識し、出力を調整した。
 筆箱のはさみを取り出し、刃を指先に這わせる。
 鋭い痛みが走り、赤い血が出た。
 さて、実験が成功なら――
 血が止まるのはいつもより若干早かった気がする。
 だが、劇的な早さかと言われれば違う。
 やっぱり、僕が気づいていないだけでなにか条件があるのだろう。
 さすがにそこまで上手くいくことはないか。
 少しだけ落胆の気持ちもあるが、異能の発動のプロセスが少しだけでも分かったのは大きな進展だ。
 明日からゴールデンウィーク。
 たくさんの時間がある。
 焦らずじっくり考察と実験を繰り返していこう。
 ◆
 ――そう、思っていたのだが。
「ここ、どこ……?」
 次の朝、起きたら謎の白い空間にいました。
 どうしてこうなった。
    
        作中の説明が分かりづらかった方へ。
簡単に言えば、「見えている部分の式は全く同じなのに、答えは全然違うから見えていないところになにかあるよね」ということです。