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holic-4
男がお辞儀をすると、どこからともなく拍手が起こった。
そしてその音が間近まで迫った瞬間、天井を突き破って、何者かが現れた。
そう言うと、山本さんは姿を消した。
確かに、登場人物の全員が何らかの形で死んでいるように見える。しかし、全員生きているのだ。例えば、先ほど登場したKという男もそうだし、そもそもこの男は一体何者なのか? なぜこのような意味不明な名前を名乗る必要があるのだろう? そんな疑問が浮かんだとき、私の脳裏にある言葉が浮かんだ。それは「一網打尽」という言葉だった。なるほど、そういうことか。つまり、彼らは一人の人物を捕まえるためにわざわざこんな大掛かりなことを仕組んだというわけか。それならば納得できる。きっとそうに違いない。そう思ったのだが、残念ながら、この物語の作者にはそこまでの意図はなかったようだ。なぜなら、この物語は途中で終わっているからだ。なんとも中途半端な終わり方だが、これが「中島改造文学」というものだ。純文学者で山本周五郎の弟子である中島改造が創始した。ラフマニノフの流れを組む本格派自然文学であり、作中に登場する地名や人名などは全て実在するものである(ちなみに、作者の出身地は東京都大田区蒲田で、本名は中島勝之助)。ただし、これらの要素はあくまで表層的なものに過ぎず、本質ではない。本当の目的は別にあるはずなのだが、今のところ私にはわからない。もしかしたら、読者にもわかっていないのかもしれない。中島改造は人間の本質が原理原則より行動によって修飾されるという独自の「改造哲学」を提唱した。その思想は様々な作家に影響を与えており、その影響を受けた多くの作家が作品の中で同じようなことを語っているため、あたかも中島の思想が現実に存在するかのような錯覚を覚えることがあるが、実際のところそんなことはありえないし、あったとしてもごく少数であろうと思われる。何故なら、そのような妄想に囚われている間は所詮、井の中の蛙に過ぎないからである。そんなつまらない人生を送りたくはないものだ。というわけで、今回はこの辺にしておこうと思う。
なお、本稿の内容に関して筆者は一切の責任を負わないものとする。
(了)
【解説】
前回に引き続き今回もかなり難解な内容になっていると思いますのでご注意ください。まず、今回のタイトルにある『三題噺』ですが、これは落語における演目のひとつです。元々は落語家さんが考えた即興的な創作話芸なのですが、これをさらに簡略化したのが現代小説における短編連作形式である『掌編小説』『ショートショート』となります。特に後者の場合は短編小説との違いがほとんどないので、区別する意味もあまりありません。なので基本的にはどちらも同じものと考えて差し支えないでしょう。一応断っておくと、今回紹介する作品はどれも短いものなので、必ずしもショートショートというわけではないのですが……。
次に本文中の単語について説明しておきます。「一網打尽」
というのは推理小説において最も基本的なトリックの一つでして、要するに探偵役の人物の推理が正しいかどうかを確かめるためにわざと誤った証拠を提示して間違った推理をさせるというものなんですね。これ自体は実際によくあることなんですが、問題は何故そんなことをするのかということです。というのも、普通はそんなことしなくても正しい推理ができるはずなんですよ。ところが実際にはそうならない場合も多いわけですから、これは何らかの理由があると考えるべきでしょう。ではその理由は何なのか? というのがこの話のキモとなる部分になります。