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1 三色菫
真っ白な布に咲いた、三色菫の噺
戦争が、終わった
その時の光景を
私は
忘れることが
できない
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私は2階の一室で、日刊預言者新聞を眺めていた。
『新たな魔法大臣 ハーマイオニー・グレンジャー女史』
目立つように光らせられているゴシック体が目にちらつく。
「…もはや嫉妬も湧かねーわ」
口からつい、出てきた言葉はあまりにも惨めで。
自分に乾いた笑いを漏らす。
ふと時計を見ると、もう時間だった。
「…開店、しますか」
私は新聞を放り、椅子から立ち上がった。
「いらっしゃいませ」
私は、この自分だけの城で笑みを浮かべて客を待つことはしない。呼び子もしない。
挨拶の時だけは口元に薄く笑みを浮かべ、それ以外は何もしない。
聞かれたら答える。そんな接客にも、つく客はいるものだ。
この辛口で無愛想な接客が功を奏し、いつの間にか、ここ『pensée』はそれなりの売り上げを誇る仕立て屋となっていた。
仕立て屋といっても、仕立てだけをするわけではない。既製品からメイク、頼まれた時にはヘアアレンジまでレクチャーするのがこの店だ。
今店内にいるのは、ホグワーツの六年生ほどの女子たち。
楽しげに顔を見合わせながら商品を物色する彼女たちが、いつの間にか自分に重なった。
私たちには、あんなに明るい6年生はなかった。
闇の帝王が復活したという暗い雰囲気の中、あんなに笑い声を上げることなど叶わなかった。
7年生の時も、もちろん。
苦い記憶が蘇る。
そういえば、と私は思った。
(私がおしゃれに目覚めたのはいつからだったかしら)
物心ついた時には、美しいものが身の回りにあって。その頃からおしゃれは身近にあった。
でも、こんなふうに店を持つなんて、考えたことはなかった。
(そうだ、あの時)
もう忘れかけていた記憶を思い出した。
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「闇の帝王が倒れた…何ということか」
「あなた、どうかしっかりなさって」
「義父上、まずは今後の立ち回りです」
ホグワーツの戦いの次の日、私は屋敷の扉の前でそんな話を聞いた。
私はその話の中には入れない。だからよく盗み聞きをしていた。
私たちは死喰い人では無かったけれど、裕福な純血家系として多額の金銭的な援助を行っていた。
このまま裁判にかけられれば、有罪は確定。他家からの信用は失い、家は落ちぶれ、血は途絶える。そのことを父たちは言っていた。
「…パンジーを嫁がせることもできましょう」
不意にそんな言葉が聞こえてきて、はっと扉を見た。
結婚。その言葉が急に現実味を帯びて私の目の前にやってきた。
嫌だ。
すぐに浮かんだのはそんな思いだった。
前まではそんなこと思わなかったのに。
(結婚なんて、したくない)
私は扉の前から足早に去った。
後日、パーキンソン家は賠償金の支払いを命じられた。
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選ばれし者の勝利から約半年後
私はホグワーツで学び直すことにした。
学生の間は、結婚の話なんて出ることはない。
たった一年間の猶予だけれど。
それでも、考えるには十分だ。
私はこんな考えを持ち始めていた。
(結婚したくない。なら、お金を稼いで自立すれば良い)
要は家を出てしまえば良いのだ。
(でも、お金を得る手段なんて…)
ぼんやりと自分の机の上に目をやった時、ある考えが頭に閃いた。
数日後のホグワーツの廊下で女子たちは、とある話題で持ちきりだった。
『ねえ、聞いた?』
『あれでしょ? 良いメイクが正規より安く買えるって』
『本当かしらね』
『でも、呆れるわよねぇ。あの“パーキンソン”が此処までするなんて』
『落ちぶれたわねえ』
疑う者、此処ぞとばかりに貶す者、面白がる者。反応は三者三様だが、その根底には、誰もが好奇心と僅かな期待を抱いていた。
(何とでも言いなさいよ。どうせみんな買うんだから)
思惑通り、人目を忍ぶようにして買いに来る生徒たちは多かった。
そんな時。
「ね、ねえ!」
土曜日の午後、廊下で声をかけられた。後ろを振り向くと、ふわふわとした茶金の髪の女子生徒が立っていた。
「わ、私にも、口紅、売ってくれない、か、__な__」
その言葉を受けてじっと彼女の姿に目を走らせる。
ネクタイはハッフルパフ。化粧っ気のない顔、そして言葉遣い……
(ちょっと良いやつ、くらいでいいかな)
品質に当たりをつけ、バッグから3本取り出す。
「はい」
差し出すと、彼女は試してもいいか、と訊いてくる。
(当たり前でしょう。じゃなきゃどうやって選ぶっていうの)
そんな本音を押し留め、私はいいわよ、とだけ言った。
彼女はそのうちの一つ、ローズの色味が気に入ったらしい。
買おうとする彼女を見て、いつのまにか声に出していた。
「ねえ、それ、買うつもり? あんたには似合ってないけど」
相手の反応も見ずに続ける。
そして並べていた3つのうち、他のものを取る。コーラル、と書かれたものだ。
「それよりもこっちの方がいい。高いけど。それだと肌がくすんで見える。──尤も、それで良いのなら構わないけど」
私の言葉に彼女は驚いたように目を見開いた。
私がアドバイスしたことによほど驚いているらしい。私だって驚きだ。
こんな純血かどうかもわからない、おどおどした子に助言するなんて。
彼女は私が勧めたリップを気に入ったらしく、値を聞いてきた。
「2ガリオン。まけは無し。」
そう言うと彼女はすぐに金貨を取り出し、何か言おうと口を開いた。
何を言おうとしているのか察しがついた私は、遮るようにして話した。
「お礼なんていらない。そもそも私、あんたみたいにおどおどしてる奴嫌いなの。堂々としてたらいいのよ──じゃなきゃ、上手くいくデートも上手くいかないってものだわ」
じゃ、と言うふうにひらりと手を振って、私はその場から去った。
後日。
私は談話室で、久しぶりにマニキュアの瓶を開いていた。
塗られた美しい色が乾くのを待っていると、後ろから誰かが飛びついてきた。
「わっ……なんだ、ダフネか」
思わず後ろを振り向いた私の目の前にいたのは、ダフネ・グリーングラス。私の友人だ。
「ハイ、パンジー。噂を流す方から流される方になった気分はどう?」
「煽りならどっか行って」
「んもう、冗談じゃない」
悪戯っぽく笑いながら話しかけてきた彼女に少し呆れる。
全く、このスリザリン寮で表面上だけでもいつも通りなのは彼女だけではないか。
「まあ、でも、噂がやっかみから羨望になってきたのはいいんじゃない?」
「んー、そうかしらねぇ……」
ダフネの言うとおり、最近の噂の内容は少しずつ変わってきた。この前のハッフルパフの女子への対応が誰かに見られていたのだろうか。
(……ま、それを期待されてるならやりますけど)
しかし、ダフネが揶揄い目的のみでやってきたとは思えない。何かしら話したいことでもあるのだろうか。
「で? どうしたのよ」
そう訊くと、ダフネは曖昧に笑った。
「んー進路相談的な? あ、別に話半分で聞いてていいから」
少し照れたように、焦るように言う彼女に溜息をつく。
「なんでまた……私なわけ?スラグホーンとかにしたらいいじゃない」
「え、私の友達だし。それにスラグホーン先生よく分からないからさぁ」
自然に答えた彼女に目を見張る。友達と明確に言われたのは久しぶりだった。
「いいわ、のったげる」
「やったー」
少し上から目線になってしまったのは致し方ないだろう。
「それで、一応何になりたいのよ」
「一応が余計だね。……えーと、実は」
自分から切り出したにも関わらず口籠もる彼女を急かす。
「何よ、早く言いなさいよ」
そうすると、ダフネは少しだけ睨むように、呆れないでよ、と前置きをした。
「|慰師《ヒーラー》に、なりたくて……」
少し顔を俯かせながら話した彼女に首を傾げる。
「それなら尚更スラグホーンに言いなさいよ」
どうして言わないのか、と言いたげな私の目線から逃れるように、ダフネは目を逸らした。
数秒後、観念したように彼女が話し出す。
「……失礼かもなんだけれど、スラグホーンと一緒なの一年間だけだったし。不安じゃない?」
その裏にある真意を読み取って、私はそれに肯定の意を示した。
きっと、彼女はあの人が死んでいなければ良かったのに、と言う言葉を飲み込んだのだ。
先の戦いで、私達は多くのものを失った。
平和の代償は大きい。
お金は勿論、地位、時間、自由……そして何より、人だ。
私達の寮監も、失われた一人だった。
暗く、厳しい人だったが、どのスリザリン生からも信頼されていた。
その性格からかもしれないし、優秀さや地位からかもしれない。
とにかく、OWLやNEWTを控える私達にとって、それが失われたことは大きな不安材料だった。
おそらく、このダフネにとっても。
もう2、3年前の話になる。私が5年生の頃の進路相談のときだった。
『ミス・パーキンソンは、如何なりたいのか』
何に、ではなく、如何。あのとき初めて、私は将来を真剣に考えた。
何になりたいか分からないという私に、先生はさぞ困った筈だ。
だから、あんな質問をした。
言葉に詰まった私を、先生は鼻で笑った。
『何もないのか。これは、由々しき事ですな。そんな状態でOWLを受けることができるのかね』
ムッとした私に素知らぬ顔をして、先生は続けた。
『だが、どんな将来も良薬であり麻薬……兎に角、2年後にそのようなことがないことを願いますな。』
そこまで言うと、帰るように、と告げ、次の人物を呼んだ。
今から思えば、あの先生はスリザリンに、死喰い人の中にいたくせに一度も家系的な話をしなかった。あの先生は、たとえ私が闇祓いになりたいと言ったとしても普通の対応をしたのだろう。それが、何と優しいことなのか。
先生が最後に言った言葉の真意は、未だに分からない。
ふうっと息をつき、ダフネに訊く。
「5年生の時はなんて言われたのよ」
「別に。『では、今の魔法薬の成績を如何にかすることですな。優を取れるように努力しなさい』って言われた。まあ、良は取ったから、可能性はある」
ふーん、という返事をする。そこまで考えているのならアドバイスも何もないと思うのだが。
「他の成績も悪くないんでしょう?」
「それは……そうだけど。でも、そう言う問題じゃないんだよ」
ダフネはそこで俯くと、誰に聞かせるでもなく、ひとりごちた。
「母様が何て言うかなぁ」
「……」
今度はまた私が口籠る番だった。
自分もその方法を模索中なのだから、アドバイスも何も無い。
昔の自分なら、じゃあ結婚しちゃえばいいじゃ無い、と一蹴したのだろうが。
もう、今の私はそんなことを言えなくなっていた。
「じゃあ、どうして|慰者《ヒーラー》になりたいの?」
そう聞くと、彼女は今度は口籠ることなくはっきりと言った。
「人を、救いたいから」
目に光を宿して、きっぱりと言う彼女に、理由を尋ねるのは野暮な気がした。
私もこんなふうになれたらいいのに。
その思いを押し留めた。
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カラン、カラン
ドアのベルが鳴る音で、ふと私は過去から引き戻された。
ついぼんやりとしてしまっていたらしい。
「いらっしゃいませ」
と言おうとした言葉は、半分も声にならずに消えた。
「……アストリア……」
「……パンジー……」
立っていたのは、私の2年後輩のダフネの妹、そして、ドラコの、妻となったアストリア・グリーングラス……否、アストリア・マルフォイだった。子供もいると、風の噂で耳にした。
信じられなかった。あのドラコが、結婚するなんて。
ホグワーツで少なくとも五年間は、私の隣にいた人。
信じられない。
そんな考えを振り払い、アストリアに口を開く。
「あんた、何しにきたのよ。……あと、それダフネのお古? 派手すぎて似合ってないわ」
ここぞとばかりに嫌味を口にしてしまう。それに対してアストリアはくすくすと笑った。
「まあ、ひどいわ!ふふっ、あははっ……ッ」
笑いが障ったのか、咳き込み始めてしまう。
「アストリア!?」
つい、眉を顰めて身をカウンターから乗り出すと、アストリアは手を振った。
「いえ、大丈夫。大丈夫よ……」
どう見ても大丈夫な状態では無いのだが。その言葉を飲み込み、私は尋ねた。
「どうしたのよ……あんた一人な訳?」
「ドラコとスコーピウスは書店よ。少し、無理を言って……」
彼女は少し寂しそうに、切なそうに笑った。
私はその笑みを直視することができずに、目を逸らした。
「服、仕立ててあげるわ」
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ダフネが|慰者《ヒーラー》を志したきっかけは、アストリアだったそうだ。
アストリアは、グリーングラス家の呪い、血の呪いにかかっており、体が弱く、そして短命だと見込まれていた。
ダフネは、そんな妹を治したかったのだろう。そして、働く彼らに憧れたのだろう。
そんなことを思いながら、アストリアを眺める。
(しかし、まあ、姉に似ていないわ)
昔、開店当初の頃。ダフネの服を仕立てたことがある。
彼女は癖のある長い黒髪に、大きな目、少し厚い唇と、派手な顔立ちをしていた。
そのため濃い色を取り入れても着こなしていたのだが。
対照的に、アストリアは柔らかい顔立ちだった。
うねりのない黒髪に、整っているけれど、はっきり言うと、特に特徴もない顔立ち。
色白で線の細い彼女は、ホグワーツの黒いローブが本当に似合っていなかったのを思い出す。
「本当に黒がいいの? 似合わないけど」
アストリアのサイズを測りながら、再度口にする。
「似合わないのはわかっているけれど……」
そう言ってアストリアは笑った。
まあ、確かに、純血家系の当主の妻だ。黒や緑の服を着ることが多いだろう。
「まあ、分からなくもないけど。本当は薄い色の方が合うわよ。水色とか、ピンクとか」
そう話しながら、頭の中に思い描く。薄く、軽い素材で体型をあまり目立たせないワンピースはどうだろうか。ウエストの切り替えだけ別布で締めて、襟ぐりはフリルカラーにすれば、とても似合うだろう。
そこまで考えてから、そのワンピースの図案を頭から打ち消した。
そんなものを純血の奥様が着たら噂の種になってしまう。
そんなことは望まれていないだろう。
そこからは、私たちは軽い雑談をしながら進めていった。
日が沈む前に、彼女は店を出て行った。
ドラコが店の前に迎えに来ていた。おそらくスコーピウスであろう子供も。
柔らかく微笑むドラコを見て、私はそっと、背を向けた。
数日後、出来上がったドレスを私はそっと包んだ。要望通り、シックな形のブラックドレス。
でも、どうしても合う気がしなくて。
つい作ってしまったライトブルーのロングワンピース。フリルカラーで、ウエストは少し締めた、きっと、彼女に本当に似合うもの。
それも共に包んで、祝福のカードを添える。
ドラコをあんな風に笑わせるようにしてくれた、ダフネに夢を与えた、そして、私にも、過去という贈り物をしてくれた。
『どんな将来も良薬であり麻薬』
そう言ったスネイプ先生が思い出される。
今なら、少し分かる。その言葉の真意が。
どんなことも、過去を一時は忘れさせてくれる。でも、その代わり、思い出さないようにするにはそれにずっと頼っていかなければならない。いつかは目を合わさなければならないが、その踏ん切りはつきにくく、再び頼ってしまう。
そんなことを言いたかったのでしょう?
私は、2階で星が瞬く空を眺めながら問いかけた。
眠り姫です!
私、実はパンジーちゃん好きなんです。だって7巻で(死の秘宝パート2)「ポッターがあそこにいるじゃない!」という言葉を言う時、きっと彼女は恐怖と自己防衛しか思っていなかったはずなんです。
そこまでの話の中では、気楽にハリロンハーをいじってたのに、ですよ
戦争っていうのが大きく現れているのではないかなーって、思ったり。思わなかったり。
それに、アストリアもです。彼女は、呪いの子では女神のように言われてますけど、あの人、ホグワーツの戦いでスリザリンの子たちと一緒に逃げてますからね??
残ってませんよ??
逃げてんですよ??
そういう人間味もあるはずなので、ローリング女史が短編書いてくれたらいいのになーって思う今日この頃です。(書ききれなかった人の願い)
では、ここまで読んでくれたあなたに、心からの祝福と応援を!