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第二話:帳場の影女
二夜目の怪談は、町の古旅館「霧ノ宿(きりのやど)」を営む女将・和泉千代が語り部となった。
「帳場にね、夜中にぼんやりと立ってる女がいるんです。髪は濡れてて、顔は見えない。うちの祖母の代から、ずっと現れるんですよ…」
霧ノ宿では、ある決まりがある。「夜中に帳場で名前を呼ばれても返事をしてはいけない」。応じると、その人は翌朝、鍵のかかった客室で倒れているのだという。
千代の話によると、数十年前、宿に泊まっていた若い芸者が失踪した。その日も、深夜に帳場から誰かが彼女の名を呼ぶ声がしたという。芸者は名を呼ばれ、部屋の外に出てから戻らなかった。
語り終えた千代は一瞬黙り込み、皆に向かってこう言った。
「昨晩、久しぶりに声が聞こえたんです。呼ばれていたのは、“大澤”という名でした。」
その名は、第1話で行方不明になった郵便配達員と同じだった。
住人たちの間に、静かな不安が広がる。その夜、霧ノ宿の帳場に千代は一人で立っていた。時計が深夜二時を回ったころ——
「大澤くん…いますか…?」
帳場に響いたその声に、女将は震えながらも口を閉ざした。
翌朝、宿の帳場の前に雨で濡れた足跡が残っていた。しかし宿泊者は一人もいないはずだった。
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