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蜈蚣
普段通りの朝礼になるはずだった。少なくとも、俺はそう思っていた。部長が話しを終えようとした直後、膝から崩れ落ちた。床に手をついた瞬間、赤いものがぽたりと落ちる。血だ、と思った。だがそれは涙のように、目の縁から流れ落ちていた。
何だ何だ、と周囲がざわめく。怪訝そうな視線が集まったそのとき、部長の口が不自然に開いた。中から、ムカデが這い出てきた。一つではない。次々と、押し出されるように。口だけじゃない。耳、目、鼻――そして、見てはいけない場所からも。人の形をした何かが、内側から壊れていく。もう人間のなりをしていない。ただの異形だった。
恐怖と焦りが一色になり、誰も動けない。その“部長だったもの”は、普通の人間が出せるはずのない、不快な音を喉の奥から絞り出し、耳が潰れそうな声量で叫んだ。俺は反射的に耳をふさいだ。次の瞬間だった。そいつは真っ直ぐに走り出し、ためらいもなく窓へ向かい、そのまま飛び降りた。叫び声は、なかった。一歩、二歩と後ずさるだけで、誰も現実を理解できていない。
昨日まで、いや、ほんの数分前まで笑っていた人間が、十四階のオフィスから飛び降りるなんて、考えられるはずがない。ただ話を締めようとしただけだ。それだけで、人はこんなふうに壊れるのか。違う、あいつは、欠陥品だっただけだ。
原因なんて、俺たちに分かるはずがない。原因を探るなんて、俺たちにできることではないとわかっていたから。