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パパゲーノの不全骨
人はみな、自分の網膜と画面の内側だけで世界を切り取る。
どれほど他人に共感する振りをしてみても、手のひらの上の小さな端末に映る世界の中心には、いつだって浅はかな自分が座り込んでいる。
自分がスクロールした通知と、自分が呑み込んだ不快感しか本当の質感として知る術がないのだから、それは仕方のない理屈だった。
それならいっそ、聴覚も視覚も機能させるのをやめてしまえばいい。
外界から絶え間なく鳴り響くSNSの通知音と他人の生活音をすべて無機の遮音耳栓で埋め立て、自分という狭隘なワンルームに鍵をかけて閉じこもってしまえば、それだけで済むはずだった。
なのに、どうして私たちは絶えず他人の青い光と己の影を比べ合わせては身を削り続けるのだろう。
画面の向こうの肉が、どれほど誇らしげに熟しているか。
己の生活が、どれほど惨めに腐敗しているか。
比較するためのアルゴリズムに数値化された価値など、この世のどこを探しても本物など存在しないというのに、誰も正解の生き方すら判らぬまま、ただ互いの承認欲求の残り香を舐め合い、優劣という数値の幻影に怯えて自尊心を削ぎ落とし合っている。
深夜三時、24時間営業のコインランドリーの隅。
乾燥機の重い回転音と洗剤の甘ったるい匂いが充満する蛍光灯の下で、冷えたパイプ椅子に二人、死体のように背中を丸めて沈み込む。
互いに青白く発光する画面を伏せ、相手の首筋に熱を帯びた指先を押し当てる。皮膚のすぐ下で跳ねる脈拍すら、相手の「いいね」の数より価値があるか否かを引き比べたくなる酷い悪癖は、この脳味噌がデジタルスクラップと化すまで消え失せることはない。
塞がれた耳の奥、無機質な機械音の狭間で自他の境界線がゆっくりと溶け崩れていく。
どちらの体温かも判らないぬるい脂汗だけが指先を濡らし、誰も答えを知らない現代の夜の底で、ただ歪に重なり合ったまま冷えていった。