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フィナーレ
凪「久しぶり.」
夕日が窓から差し入る夕暮れ.スーツを身にまとい,緑色の卒業証明書の筒を手にしたまま,凪は目の前で背を向けながら歩く憂を呼び止めた.凪と同じく緑色の筒を持ちながら振り向く.その顔は,弱化戸惑っているようにも見える.
憂「凪,?」
憂「急にどうしたんで」
こうして2人が言葉を交わすのは話すのは2年ぶり.こうしてしっかり顔を合わせるのも,2年ぶりだ.かつての二人は親友で,共に笑い合い,泣き合った仲だ.
凪「声変わりしたんじゃの」
憂「うん,.」
凪「身長も前までうちより低かったんのに.」
「でも,昔と全然変わっとらん.」
凪は憂の前に立ち,自分と身長を比べるような仕草をする.
憂「…凪は,ぶち変わったよね」
「最近,凪が笑いよるとこ,見とらんもん.」
凪「…うち,ちゃんと憂の眼中におったんだ.」
「忘れられたゆぅて思うとった」
凪はそっと憂から目を離し,斜め下に目を移した.憂は真剣な眼差しで俯く凪をじっと見つめている.
しばらく時が流れれ,夕日はさらに赤くなり,部屋はオレンジ色に染まっていく.窓の外を見ても先程まではしゃいでいた卒業生たちもいつの間にか姿を消していた.
その窓を見つめる憂に凪が顔をあげる.
凪「ごめん.友達といにたかった?」
凪の謝罪に憂はとんでもないと言わんばかりに首を振った.
憂「あとで連絡取り合えるから.」
ちょうどそのタイミングで憂のスマホが鳴った.ズボンに手を突っ込み,スマホを取り出したと思うとそのまま電源を切ってしまった.凪も呆然としている.
凪「出のぉてえかったの?」
一瞬詰まってから憂は,
憂「うん.」
と頷いた.
憂「今は,凪の話が聞きたい」
凪「…憂は変じゃの,昔から.そがぁなこゆってくれるん,憂だけで.」
涙声になる凪を見つめる憂.
憂「焦らのぉていいよ.ぼちぼち話して.」
憂の気遣いに凪の目からは思わず涙が溢れ出てくる.次から次へとあふれる涙を飲み込んで,凪は声を出す.
凪「うち,認められんかった.」
「ずっと苦しゅうて.でも,誰にも話せんかったし,憂にゃあ迷惑かけとぉなかったんじゃ.」
凪「だから…」
憂「凪」
話を引き裂くように憂が凪の名前を呼ぶ.が,凪は俯いたままで気づかない.
凪「うちなんか…」
憂「凪」
凪がはっと気がつく.
憂「歌お」
凪の顔は唖然としている.何を言い出すかと思えば,いきなり「歌おう」だなんて.
憂「一緒に音楽やっとったじゃん.」
凪「もう,歌えんよ」
憂「嘘つけ.あがぁに歌うまかったんじゃん」
言葉に詰まる凪を気にかけもせずに憂は音楽室へとかけていく.戻って来た憂の手には2本のギターが.
憂「ごめんアンプ持ってきてくれん?」
凪はわけがわからないまま音楽室でアンプを探す.憂は何をどんな意味で「歌おう」なんて言ったのか.なぜ憂は2年以上話していない俺に「俺の話が聞きたい」なんて言葉をかけてくれるのか.
凪「そういうとこで.好きになっちゃうの」
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凪「げに歌うの?」
憂「あたりまえじゃん.まだ歌えるじゃろ?」
凪「でも…何で」
憂「あのまま話しぉっても凪,笑顔になれんじゃん.」
「凪の歌,聞かせてよ.」
凪はギターを持ち上げる.アンプの電源を入れ,音が鳴ることを確かめた.
じゃーんという心地よい音が部屋中に響く.続けて色々な音を出してみた.
凪「まだ覚えとったんだ.」
少しだけ笑顔になる凪に,憂も微笑む.
憂「合わせてよ」
「1,2,3,4」
音と音が重なり合い,新たな音が生まれる.憂がリズムを取り,凪がそれに合わせてメロディを奏でていく.そして,タイミングを掴んだ凪が,歌い出す.2年間全く歌っていないとは信じがたい,キレのある美声を部屋全体に響かせた.それを見た憂は驚きと嬉しさでニヤけさを隠せない.2年ぶりに聞いた凪の歌声は変わることなく綺麗で迫力があった.
波に乗ったのか凪は夢中で弾き語る.
気づけば,曲も終わりを迎えた.憂が完璧なテクニックで音を奏で,凪は最後のロングトーンへと,最高のフィナーレで憂はギターから手を離す.
憂「凪うますぎ.聞き入っちゃった.」
凪「正直自分が一番驚いとる.」
憂「あがぁなロングトーンよう出せるよな.」
凪「…憂のおかげじゃけん.憂がうちの得意な曲覚えてとってくれたけぇ.」
「ありがとう.こがぁなうちに構ってくれて.でも,うちのこと忘れてもえかったんで.逆に忘れてくれんと…」
途切れる凪.
凪「…わかっとるんのに,憂が頭から離れんのんで,.」
その言葉の意味を理解した憂はなんて言えばいいのかわからず,突っ立ってしまう.
憂「ごめん.凪の気持ちにゃぁ応えられりゃせん.」
凪「知っとった.」
想像もしなかった凪の返し.凪ははじめから知っていた上で,憂に恋をしてしまったのだ.
凪「高校どこ行くんだっけ?」
憂「…林翔」
本当に伝えたい気持ちを抑え,凪は上書きする.
凪「頑張っちんちゃいや!憂なら何でもできること,俺が一番知っとる.」
これが,二人の最初で最後の会話になった.