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    君の声がする
    
    
        ざかざか一発書きするのが一番楽しい
    
    
    「大丈夫?」
 懐かしくも吐き気を催す声に、私は息を詰まらせた。苦しみが襲い掛かる。心臓が早鐘を打つ。
 暗闇の中に縮こまり、目を瞑る。両手で耳を塞ぐ。涙が瞼の隙間から流れて、膝に落ちた。
 駄目だ。安心してはいけない。分かっているのに胸を締め付けられてたまらない。
「怖かったね」
 囁くようなのに、耳を塞いでいるのに、微かに聞こえるあの人の声。私の前に現れるはずもない声。扉越しにカリカリと引っ掻く音。
「迎えに来たよ」
 縮こまって震える。神様。神様、神様。喉の奥ですらバクバクと音が打ち付ける。
「ね」
 ――私の名前。私の名前が聞こえる。何度か呼んでくれた記憶の中ですら聞いた事のないような、ほんの少し甘い意味を持った呼び方だった。
 私は思う。……この声は、本物のあの人かもしれない。
 それと同時に否定する。本物なら私の目の前に居るはずがない。あの人は……あの人には。
 私が好きになるより先に、あの子が居たもの。
「ねえ」
 また名前を呼ばれる。私を連れて行こうとする声部屋の本棚から一冊落ちる音。カリカリ引っ掻く音。
「早くおいで」
 優しい声。本物のあの人よりも。
「会いたいよ」
 心臓が逸る。逸ると同時に私は落ち着き始めていた。そして少しずつ、思い出す。……そもそも、怖がることなんてあっただろうか。
 だって、私は。私は。
「ねえ」
 耳を塞ぐ手を退けて、問い掛ける。引っ掻く音が止まる。
「そっちに行ったら、どんなこと、してくれる?」
 喉が渇いている癖に汗が噴き出す。少し笑うような声がして、彼が答えた。
「なんでもしてあげるよ。君が望むこと、全部ね」
 夢でも見ているような心地に陥りながら、私はドアノブへ手を伸ばす。
「…………嘘でしょう?」
「……嘘じゃないよ」
 一拍して答える声。私は笑いかける。幽霊だってなんだって良かった。
 「嘘でもいいの」恐怖が収まる。どころか涼やかな風になだめられるような心地すらある。手の震えが収まって、息が漏れた。
「連れてってくれるなら……何も感じなくなるなら……なんだって」
 あの人の傍に着いていくのを止められるなら、死んだっていいって思ったから。むしろそれが正しくて、だからここへ来たんだねとすら思う。私を迎えに来たんだねと。
 もう、邪魔にならないねと。
「迎えに来て。――」
 あなたの名前を呼ぶ。目を瞑るとあの横顔が強く思い浮かぶ。口角が上がる。涙が流れる。大丈夫だと思う。幻だとしても。
 立ち上がる。ドアノブに手を掛ける。
 よくよく聞き慣れたキィと押し出す音が、スローモーに。
『君の声がする』
    
        正式なタイトルは『君の声がする』です。最後に書いてあるものは描写ではなくタイトルとして記載した感じ。
書く習慣というアプリからいただいたお題をそのままタイトルにしました。