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陽だまりと眼
⚠️虫の描写あり
「ぎゃあ」ぎょっとして飛び退いたのと同時にそんな声が出た。箒が手から滑って床に倒れた。少し恥ずかしかった。
なぜそんな声が出たのかと言えば、目の前を羽虫が飛び去ったように見えたからだ。クガネは背を丸めて辺りを伺い、誰もいないことを確認する。今のおかしな声は誰にも聞かれていないようだ。
ほっとすると同時に、溜息が出る。
クガネは幼い頃から飛蚊症を持っている。飛蚊症の原因は眼の中で剥離した網膜がどうたらこうたらというのだが、詳しいことは知らない。命に関わる病気でもないし、十五年来の奇妙な相棒であるので、すっかり慣れきっていた。
ただし慣れてはいても、今のように不意打ちで見えるとそれなりに驚く。飛蚊症で見える形は人それぞれ、さまざま、である。クガネの眼をただようそれはどうにも気味が悪かった。小さくて歪な丸が二つ常に連れあって、視界の端から端をすっ飛んでいく。
暇で暇で仕方ないときは、目玉をきょろきょろ動かしてそれがすっ飛ぶのを眺めていることもあった。稀に見えないときがあったけれど、大抵は眼を上下に動かせば現れた。自分の意思で見るそれは、さほど気持ち悪いと思わない。
水平線上を見ているときには現れず、上を見上げたときによく現れるそれを無視して、クガネは落とした箒を拾いあげた。廊下の掃除をクガネと共に担当しているはずのシロは来ない。きっと早々に帰ってしまったのだ。徹底して自分のしたいことをし、したくないことは避けて通るシロの生き方に不満を持つことは多々あるが、今ばかりはいなくてよかった。何もないところでクラスメイトが突然叫んで後ろに飛び退いたら、クガネだって誰かに言いふらしたくなるに決まっている。
はあ、とまた一つ溜息がこぼれた。
五月のうららかな日差しは、クガネから一人での掃除と飛蚊症の不快を消し去り、なんとなしに陽気な気分にさせる力がある。ふんふんと調子外れの鼻歌を歌いながら、クガネはずんずんと帰路を行く。
人のいない路地はうすく埃がたち、しかし春という季節の持つ大らかさとやわらかみがそれを見事に覆い隠している。電柱、ブロック塀、屋根瓦、身長150センチのクガネには世界の多くのものが大きく映る。
クガネはふと、コンクリートの路にできたうす黄色の陽だまりを見つけた。飼い猫のアズキをそこに置いておきたくなるような見事な陽だまりだ。足を入れたら気持ちが良いかな、と思いながら、クガネは学校指定の白い靴下とローファーに包まれた片足を陽だまりに差し込んだ。
一瞬間、陽だまりの中でもぞりと小さな塊が動く。
ああもう、またあれか。仕方ないな。飛蚊症ってほんとやんなっちゃうよな、と思いながら、クガネは気にせずもう片方の足も陽だまりに突っ込んだ。
そのときだ、塊が飛蚊症ではあり得ない、びくりと不穏で細かな動きをしたのは。
「ぎゃあっ」クガネは今度こそ背筋が粟立って飛び退いた。距離を取ってもなお、一度焼きついた虫の記憶は脳内から離れない。とんだ災難だった。