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怨恨ノ京 #5 「ちくわの食べ尺」解けない術
#5 「ちくわの食べ尺」解けない術
その日、宇京は街中を散策していた。
商人たちで賑わってはいるものの、数十歩行ったところに、人が倒れていることも、しばしばある。
ちょうど左夜宇も一緒だった。
そうして少し進むと、道の真ん中に人集りがあるのを見つけた。
それもちょっとの数じゃなくて大勢。さらに皆、引き寄せられるようにそこに集まっている。
宇京もついつい、人集りの方へ行ってしまった。
人というものは、何かもわからない列に並んだり、何かもわからない集団に入ったりする様にできている。
「ありゃ、誰だ?」
人集りは円になるようにして、ある二人を囲んでいた。
そしてその二人は、烏帽子を着た若者同士で、なぜかお互い向き合っている。
左夜宇は目を細めて、二人の若者を必死に見ようと、もがく。
「あれは…|安倍晴明《あべのせいめい》殿!?」
「あべのせいめい?」
宇京は当然、有名人の名前も聞いたことがない。
安倍晴明は日の本一の陰陽師とも言われる今や時の人だ。
陰陽師の中でもとりわけ珍しい、怨霊が見えるといわれている。
対するは、安倍晴明よりも若い地方貴族らしき少年だ。
明らかに仕草が京育ちではない。
「あっちのは誰だ?」
「それは、私にも…」
皆が疑問に思ったその時、突然、地方の少年は自ら名乗った。
「我は|安倍晴明《あべの《《はるあき》》》である!ニセ陰陽師、退散!」
その言葉に一瞬のして、人集りはどよめいた。
しかしさすがは、安倍晴明、表情ひとつ変えないでいる。
「何をうつつ抜かしておる。この私こそ安倍晴明である」
安倍晴明と安部はるあきは睨み合っている。
どっちもそっくりだ。
すると晴明は、必死にこちらを見ている左夜宇の視線に気がつき、人集りの真ん中に呼び寄せた。
「では良いところにいらした左夜宇君に、どちらが本物か、お確かめ頂こう」
「術で勝負だ!」
晴明は、左夜宇を無理に連れて来させた。
そこまで関係のある仲ではないのだが、左夜宇も渋々やってくる。
第一、安倍晴明は藤原氏の後ろ盾があり、政敵の綾子氏の出である左夜宇はあまり晴明を快くは思っていないのだがー
「左夜宇君、しかとお見受けなさいませ。術をおかけいたしましょう」
(めんどくさいなあ…こんな素人の私にどうしろと…)
晴明が両手を合わせ目を瞑った瞬間、そばにあったカサカサの枯れ木がぱっと桜を咲かせ、途端に桜の花吹雪が巻き起こった。
晴明は目を開き、穏やかに花吹雪を眺めているようにも見えたが、その目は何か栄華を誇っているようだ。
周りからも、歓声が響き渡る。
「今は冬なのに、桜を咲かすことができるとは…」
左夜宇は、いい気分ではないが、どうしても桜に目が言ってしまう。
「あたしは、桜とか興味ねえや」
面白くさそうに宇京が横からひょっと出てきた。
満開の花を今か今かと待つような乙女心みたいなものはないのか、と左夜宇は心の底で苦笑いを浮かべている。
思いっきり顰め顔をして、晴明を睨みつけるのに、数秒もかからなかったはるあきは、大きな声で叫んだ。
「なんの!皆の衆、しかと見ておれ!」
はるあきは目を閉じ、一旦落ち着きを取り戻してから言った。
「時留術、『ちくわの食べ尺!』」
するとー
「何にも起きねえじゃねえか…てえっ!」
宇京は驚いて隣にいる左夜宇を見た。
花吹雪も散ったというのに、瞬き一つせず、まだ宙を見つめている。
はるあきはふふんと笑って、
「どうだ!我の力、思い知ったか!我こそが本命の陰陽師である!」
と大きく胸を張って、晴明にドヤ顔を見せつけた。
「時を止めることができるのですか。それはすごい。」
ところが晴明は特にオロオロする風もなく、冷静で余裕のある態度を見せた。
それが癪に触って反論しようと思ったはるあきを、宇京の質問が遮る。
「そもそもなんで、『ちくわの食べ尺』なんだ?」
「ちくわの食べ尺はちくわの食べ尺。呪文の言葉は、馬縞でも寝不足不眠症でもなんでもいいのだ」
「適当だなぁ、早く左夜宇の術を解いてやれよ」
宇京の返事を聞くと、はるあきはこくりと頷くが、何もせずに立ち尽くしている。
宇京がはるあきの顔をのぞくと、はるあきは首を宇京の方へゆっくりうごかして、
「解けない。」
と無表情で言った。
「解けない!?嘘言え!」
「第一初めて使った技だからな〜」
他人事のように、はるあきは焦る様子もない。
すると
「その術、私が解きましょうか?」
晴明が、微動だにしない左夜宇を見ながら容易く言ってのけた。
それがはるあきにカチンときて、ついつい
「我を誰と思うておる!術ぐらい解ける!」
と本心にはないことを言ってしまった。
晴明ははるあきの言葉が本心じゃないと知りながらも、
「そうですか」
とそのまま左夜宇を見るばかりである。
「早く解けよ!」
気がつくと、もう夕暮れ。
あれから数時間、はるあきは諦めない、というより晴明と睨み合っていただけである。
しびれを切らした晴明ははるあきを押し退けて、手を合わせ念じると、左夜宇は瞳に輝きを取り戻した。
「あれ?もう夕暮れですか?そのように長居したようには思いませんでしたが…」
左夜宇が全てを言い終えるまでに、晴明はいなくなってしまった。
はるあきは未だに癪と思いながらも、引き分けにしておいてやる、と勝手に鼻を鳴らした。
「はるあき殿、勝負はついたのですか?」
他人事のように何も知らない左夜宇は興味深そうに聞いた。
しかしはるあきは気分を害すことなく、
「我が勝ったのだ!」
と誇らしげに嘘を語った。
「本当かぁ?」
「本当だ!これでわかっただろ!我こそ、陰陽師なり!」
宇京は、からかうように笑っているが、はるあきは潤んだ目をしていた。
どこか先程の無駄な熱気を帯びた目とは違い、怒りや悲しみを抱いた目をしているのであった。